上 下
128 / 330

その二つの胸の感触は?②

しおりを挟む
 運ばれてきた蕎麦を食べながら、
「この部、やっぱりおかしいよ。きっと呪われてるんだ!」
 いつか聞いたような和田くんの決めセリフに、
「いや、部じゃないだろ。おかしいのはお前の方だろ」と僕は返した。
 そう言った僕に速水部長が、
「鈴木くんはやけに和田くんに対して手厳しいわね」と言った。
 いや、辛く当たっているのは速水さん当人だと思うけど。

 怪談めいた話が怖いのか、それまで黙っていた青山先輩は、
「和田くんの話は本当かもしれないわね」と肯定した。
 青山先輩は、部室での速水さんの半透明の姿を見ているせいか、和田くんの話を理解するのが早い。

 小清水さんが「やっぱり、幽霊って実在するんですよ」と断言するように言うと、
 和田くんが「いや、小清水さん、僕が触ったのは、幽霊じゃないんだ。それは人間の・・たとえば・・」と言って和田くんの手が僕の胸に伸びてきた。
「おい、何をするんだよ・・」と言った僕の言葉と同時に和田くんが僕の胸をむんずと掴んだ。
 そして、
「同じだ・・」和田くんは納得したように呟き「ちょうど、こんな感触だったんだ」と興奮しながら皆に説明した。
「おい、はなせよ」いつまで触ってるんだよ。
 僕がそう言っても和田くんは、確かめるように何度か僕の胸を揉んだ後、ようやく手を離した。失礼だぞ!

 青山先輩が「どれ、鈴木くん、私にも触らせてもらえないかな」と男性口調で言った。
 青山先輩、冗談でしょ!
 速水さんが、蕎麦の箸を置いて「あら、青山さん・・私が先よ」と更に煽り立てるように言った。
 小清水さんが「やめてくださいっ! 鈴木くんに触るのはっ」と慌てだした。
 小清水さん、そんなにムキにならなくても・・
 みんな冗談で言っているだけだから。本気では・・
 ・・ん!
 下を向くと、女性のしなやかな手が僕の胸の上にあった。
 それはまさしく青山先輩の右手だった。
「和田くんが触ったのは、こんな感触だったのね」
 さっきの和田くんのガサツな触り方とは違って、青山先輩の手は優しく・・もみもみ。
 ・・って、そんなことに感心している場合かよ!
 青山先輩は「確かに、これは人間の胸の感触ね。それも男性の・・」と言った。
 当たり前ですよっ!
 それを見た速水さんが眼鏡の奥の目を光らせ「青山さん・・悪い趣味よ。感心しないわね」ときつく忠告すると、青山先輩は手を離した。
 青山先輩は速水さんの心をワザと逆なでしているようにも思える。
 小清水さんが「青山先輩、今の冗談ですよね、本気じゃないですよね」と問い質している。
 小清水さん、ごめん。僕には何が本気なのか、冗談なのか、もうわからないよ。

 僕の胸から手を離した青山先輩は、「君の胸はかたい」と言って、
「私の見た幽霊・・部室で見たのは、女性のような胸をしていたよ」と言った。「どう考えても、鈴木くんの胸ではない」
 それは速水さんの体だから。速水さんの胸がどれほどの大きさなのかは知らないけれど。
 それに、比べようもない。
 現実に触れるものと、見たものとでは、比較の対象にはならない。
 そう思いながら僕の視線は自然と速水さんの胸元に移動した。
 目線を速水さんの顔に移すと、その顔は僕を睨んでいた。

 青山先輩の幽霊騒動の経緯を知らない小清水さんと和田くんは、
「ええっ、青山先輩、部室に幽霊が出たんですか? 私、そんな話、知らないですよぉ」
「やっぱり、この部はおかしいよ」と和田くん、本日二度目のセリフ。

 小清水さんは気持ちを落ち着けながら、
「青山先輩・・その幽霊って、僕が触った胸と何か関係があるんですか?」と青山先輩に訊ねた。
 関係あるわけないだろ! 

 青山先輩は小清水さんの問いを否定するどころか、真顔になり、
「沙希ちゃん。意外と関係があるのかもしれないよ」と優しく答えた。
 そして、この場にいる全員に話すように、
「世の中、全く関係のないものが、実は一緒だったりする・・そんなこともあるんだ」と言った。

 青山先輩の言ったことはご明察だった。
 二つの現象・・
 つまり、和田くんが、透明化した僕の体に触れたのも、青山先輩が部室で透明化中の速水さんの姿を見たということも、
 そのどちらも「透明人間という現象」に触れたということでは同じだ。

 ただ、青山先輩の場合は透明化している速水さんの体自体に触れたわけではない。
 遠目に見ただけだ。その時、青山先輩は怖くなって逃げ出した、ということだ。普段の青山先輩を見ている限りでは、ちょっと信じられない。
 すると、小清水さんが、
「青山先輩・・その幽霊さんは女性だったんですよね?」と青山先輩に訊ねた。
 青山先輩は首を横に振って「残念だけど、男か女か、と訊かれたら、わからない・・人であることは分かったけれど・・」と言った。
 和田くんが「でも、さっきは女性のような胸と・・」と言いながら、また僕の胸を横目で見た。女の子の胸と比べるなよ!

 今度は小清水さんが「でも、胸があったんですよね?」と質問した。
「そんな気がした・・そう見えたんだよ」少し自信なさげに青山先輩は答えた。
 和田くんが悪乗りして「そ、それは大きかったんですか?」と訊ねた。
 僕は条件反射でまた速水さんの胸を見た。案の定、また睨まれた。
 速水さんの胸、意外と大きい・・改めてそう認識した。

 小清水さんと和田くんの質問責めに苦慮して、青山先輩は、
「私も、あの時、和田くんのように触ればよかったんだ・・」と言った。「そうすれば、男か、女かくらいはわかったのに」
 ・・青山先輩が速水さんの胸を触る! 今、なんかすごいことを聞いたな。

 その言葉に最も強く反応したのは・・おそらく速水さんで、
 青山先輩に半透明状態で見られたと思っている速水さんの顔を再び見ると、眼鏡の中の目を丸くしていた。
 思わず吹き出しそうになった。もし、青山先輩が透明化中の速水さんの胸を触っていたら・・・と想像しただけで笑える。速水さんにしてみれば、それどころではないだろうが。

 それまで黙っていた速水さんがようやく口を開き、
「ゆ、幽霊に触るものではないと思うけど・・鈴木くんはどう考えるのかしら?」とずいぶん遠まわしに僕に訊いてきた。
「そうだな・・僕もそう思う」僕は速水さんに合わせた。それは二人の共通の考えだ。

 その時、僕は思い出していた。今朝、登った山の上で青山先輩が言っていた言葉を。
「部室で見た幽霊は、沙織の心のような気がしたの・・・」
 まさか・・青山先輩はその時の幽霊・・すなわち透明人間を速水さんだと気づいてはいないだろう。
 それを知っていて、理解しているのは僕だけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

思い出の第二ボタン

古紫汐桜
青春
娘の結婚を機に物置部屋を整理していたら、独身時代に大切にしていた箱を見つけ出す。 それはまるでタイムカプセルのように、懐かしい思い出を甦らせる。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

俺のメインヒロインは妹であってはならない

増月ヒラナ
青春
 4月になって、やっと同じ高校に通えると大喜びの葵と樹。  周囲の幼馴染たちを巻き込んで、遊んだり遊んだり遊んだり勉強したりしなかったりの学園ラブコメ 小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n4645ep/ カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054885272299/episodes/1177354054885296354

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。  一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。  かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。  芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。  乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。  その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...