時々、僕は透明になる

小原ききょう

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足湯・・青山先輩は美しい

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◆足湯・・青山先輩は美しい

 午前の部の読書会を終えると、夕方の部の読書会までは自由時間だ。
 池永先生は、一人でぶらり散歩・・また変な男に声をかけられても知らないぞ。

 自由時間と言っても有馬の地はそれほど広くない。町の中心を流れる川の周辺に大型のホテル、旅館、土産物屋、お食事処等が立ち並んでいる。
 中でもその中心に公衆浴場「金の湯」という有名な外湯施設があり、その外側に10数人ほどが入れる足湯がある。
 まだ若い高校生の僕たちは、そこに素足を浸けた。これが結構気持ちいい。
 僕たち以外にも観光客らしい男女や、地元の人が湯に足を浸けている。

 僕の両サイドには、和田くんと小清水さん。和田くん、悪いな。この順はたまたまだよ。
 そして、向かいには速水部長と青山先輩が少し間を置いて足を湯に伸ばしている。特に会話もなく、湯の効能を楽しんでいる。
 僕の伸ばした足が、向かいの青山先輩の素足に当たった。青山先輩、脚が長い!
 青山先輩は僕の足に触れたことに気づくと脚をのけて「君は足が長いね」と笑った。それ、違いますからね。逆ですから。
 そう言った青山先輩の言動に、青山先輩の横の速水さんは不機嫌そうな表情を見せる。
 小清水さんは、「どこが当たったんですか?」と細かく訊いてくる。

 目の前の青山先輩の笑顔が眩しい・・実際に彼女自身の体を差す陽が後光のように見えるせいもある。
だが、そんなこと以上にオーラが強いと思う。その光の中に吸い込まれそうだ。
 何てきれいな・・
 青山先輩の神々しさに吸い込まれる・・そう思った瞬間、
 僕は気づいた。
 ・・・しまった、油断していた。
 青山先輩の美しさに見惚れていて、僕は気がつかなかったのだ。
 僕が眠くなっていたことに・・何という失態・・カフェインも飲み忘れている。

 これはまずいぞ!
 ここは外湯、しかも足湯だぞ・・僕の足は湯に浸かっている。もしこのまま透明化したりしたら、部員全員がその目撃者となる。
 速水さんには僕が見えているが、小清水さんは又僕の体が半透明に見え、青山先輩と和田くんの視界からは完全に消える。
 そして、速水さんとの「二人の秘密」は終わりを告げ、部員からも「化物」扱いされることになる。当然、退部という結果が待っている。ま、それもいいか・・じゃないっ!
 どうする? 僕はどうしたらいいんだ。
 透明化まで、いつものように約3分だ。

 とりあえず・・僕は速水さんに目配せした。わかってくれるかな? いや、わかってない・・速水さんは「何かしら?」と言いたげな顔だ。察してくれよ。
 そして、同時に湯から足を出し、スニーカーを履いた。
「速水部長・・とうめ・・いや、ちょっと遠くに行ってくるよ」
 そう言い残し、その場を去った。
 背中で速水さんが「あら、みんな見て、イノシシよ」と言っているのが聞こえた。おそらく気をきかせて、部員たちの注意をそらしてくれたのだろう。
 速水さん、ありがとう! 恩に着るよ。
 小清水さんが「速水部長、イノシシ、どこにいるんですか?」と言っているのが聞こえた。

 この後は、お決まりのトイレ駆け込みだ!
 ここから一番近いトイレ・・それは公衆浴場「金の湯」の中のトイレだ。すぐに駆け込む・・それしかない。
 急いで歩き出すと、僕についてきた者がいる。
 和田くんだ。早い! いつのまに!
 和田くんが僕の横を歩き始め、「鈴木くん、読書会って・・すごいね・・面白いよ」と小さく言った。それはいいが・・
 おい、ついてくるのかよ! 今は和田くんにかまってられない・・読書会はすごい、それは僕も思う・・けど、今はそんな話はあとだ!
「悪い、僕、トイレに行くんだ。じゃあな」と言って和田くんを荒くあしらった。

 そのまま「金の湯」に駆け込んだ。施設の女性が「中湯ですか? お食事ですか?」と笑顔で訊ねてくる。まだ透明になっていないということだ。僕は「トイレです!」と断って、すぐ近くのトイレのボックスに入った。
 ふーっ・・これで一安心。
 余裕だな。まだ透明になっていない・・
 と、言うか、今回は透明にならないじゃないか?
 僕の取り越し苦労だ。眠くなっていなかった。
 あれは、青山先輩の眩いばかりのオーラで、眠いと感じていただけだったのかもしれない。僕は青山先輩の美的オーラにうっとりしていた。ただそれだけのことだ。

 僕は安心して、トイレを出た。
 すると、出たところに和田くんがいた。僕を待っていたのか?
 僕は「さっきは悪かったな」と声をかけた。
 ん?・・
 和田くんの様子がおかしい・・目を丸くしてあらぬ方向を見ている。キョロキョロとしているのだ。僕の声に僕 自身の姿を探している。
 そう・・おかしいのは僕の方だった。
 体を見ると、ゼリー状・・透明化していた。
 しまった! 判断ミスだ。いつもより少し遅い透明化だっただけのことだ。

 和田くんには僕の声はおそらく聞こえただろう。
 ま、あとで、どうにか誤魔化せばいいことだ。「気のせいだろ」とか言えばいい。

 と、思って、じっとしていると、
 ありえないことが起きた。和田くんが僕の体に手を伸ばしてきたのだ。
 和田くんが目を細めながら僕に近づき、その体と手が僕に向かってくる。
 動くとかえって気づかれる。ここはじっとすることにする。
 目が合う・・その瞳を見ると、僕が全く見えていないのがわかる。視線は僕の脇をすり抜けているようだ。
 あっ・・和田くんの手が僕の胸に触れた。さすがに僕は身を引いた。
 触れた瞬間、和田くんは「ぎゃ」と変な声を出して、すぐに退き、慌てて施設を出て行った。
 男に体を触れられると、こうも気持ち悪いものなのか、それとも相手が和田くんだからなのか、それはわからないが、しばらく体が元の状態に戻るまで、ここにいるしかない。

 透明のままの状態で、いろいろ見るのも悪くないな、と思い僕は施設内の土産物屋を見ながら歩いた。
 それにしても、和田くんに胸以上の部分を触られなくてよかったな・・などと変なことも想像したりしながら、有馬名物、炭酸煎餅の試食用のせんべいを手に取ってみたりした。
 すると、手に取った瞬間に炭酸煎餅が目の前から消えた。
 当たり前だ。流れ出る血とは逆の現象で、体が透明化すれば、触れた物は消える。
 けれど、触れられた場合は消えない。
 さっきの和田くんの手しかり、プールでの加藤ゆかりの水着の体もそうだ。
 検証したわけではないが、経験上、それだけは分かっている。

 消えた煎餅は食べにくい。食べられそうにもないので仕方なく元の位置に戻した。すると煎餅はその姿を現した。

 その時、僕の後ろで、
「あら、鈴木くん」と呼ぶ声がした。
 驚いて振り返ると、ジーンズに眼鏡の速水沙織が立っていた。わっ、いつの間に!
「鈴木くん、そんなにお腹が空いていたのなら、言ってくれればいいのに、おやつを持ってきているわよ」
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