上 下
93 / 330

僕は君のために、彼女は誰のために?③

しおりを挟む
 すると、
「そんなの私たちの勝手でしょ! あなたたちに関係ないじゃないですか!」水沢さんはそう言った。
 びっくりするくらいの大きな声だ。
 そして、
「鈴木くん、こんな人たちにかまわないで行きましょう」と言って、僕の手を握った。
 一瞬で、手が、顔が、心が熱くなる。
「えっ・・でも、加藤さんを待ってるんじゃないの?」と僕は言った。
 しまった!
 ばれた!

「なんだ。やっぱり違うじゃんかよ」
「道理でな・・こんな存在感のなさげな奴が、美人さんの彼氏なわけないもんなあ」
 彼らはそう言うと、腹を抱えるように笑い出した。
 何がおかしい・・
 僕は存在感がないどころか、透明にだってなれるんだぞ! 
 ああ・・僕は激しく後悔していた。
 こんなに恥をかき、問題も解決できないのなら、最初から透明になって、こんな下劣な奴ら、殴ってやるんだった。
 
「いっそ、退屈しのぎに、こんな奴、やっちまおうぜ」
「ああ、そしたら、純子ちゃんが、俺たちに惚れるかもな」
 何かのドラマのように彼らは指をぽきぽきと鳴らし始めた。
 ・・純子ちゃん、だと! こいつら、水沢さんを純子・・と。

「み、水沢さんの名を、気軽に呼ぶな!」
 声が自然と出ていた。
「え、何て言った? 聞こえないぜ、僕」
 男たちはそう言っておどけた。
「隙だらけだぜ!」
 太った方がそう言ったかと思うと、僕の肩をずんと突いた。
 肩にかけた鞄がぶらんと揺れ、同時に体が大きくよろけた。
 僕は足を踏ん張らせながら、
 僕の心は・・僕の狭く小さな心は・・怒りに暴発しかかっていた。

「鈴木くん、もういいわ。いきましょう」水沢さんが声をかける。
「ダメだ!」
 何がダメなのかわからない。僕はこの場から逃げ出したくなかった。 
 足がガタガタと震えてくるのがわかった。
 いっそ、この場で透明に・・
 もうばれたってかまうもんか!
 透明化して、あんな奴ら・・
 
その時だった。
 驚くことが二つ、ほぼ同時に起こった。
 一つは・・水沢さんがこう言ったのだ。
「・・来るわ」
 そう確かに水沢さんは言った。「誰かが来る」と言う意味なのか?

 二つ目は・・考える間もなく、
 僕の左耳に熱い息がかかった。
「ほんと・・世話の焼ける彼氏さんね」
 歌うような速水沙織の小さな声だった。
 僕は「はや・・」と言いかけて口をつぐんだ。
 けれど、速水さんの姿は見えない。速水さんは透明化している。ここに来るとき、部室のドアが開きかけていた。おそらく、僕らの姿を見て降りてきたんだろう。
「鈴木くん、心の暴発はダメよ」
 そう速水さんは耳元で囁いた。
 息遣い、足跡・・速水沙織が肌が触れ合うくらいに近くにいるのがわかる。
 その声は水沢さんに聞こえているのだろうか?

「おい、こら、どうした? どっちを向いてやがる。誰としゃべってるんだ?」
「こいつ、頭がおかしいんじゃないのか?」

 ザクザク・・乾いた地面の砂利を速水さんが踏みしだいていくのがわかった。足跡がぽつぽつと付いていく。
 速水さんが彼らの背後にまわったのが見て取れた。

 そして、速水さんは二人の男にこう言ったのだ。
「あら、頭がおかしいのはどちらかしら?」
 いつもの速水さんの口調だ。

 その声に驚きの声を上げ、男たちは振り返った。けれど、周囲には誰もいない。
「あれ?」
 まるで狐につままれたような顔をする。顔が泳ぐ。
 次の瞬間、痩せた方の男が「うわっ!」と変な声を上げて倒れ込んだ。
 太った男が「おい、どうした!」と呼びかける。

 おそらく、速水さんが渾身の力で突き飛ばしたのだろう。
 相手が見えないと女性の力でも男を倒せるのかもしれない。
 僕と水沢さんはそんな様子を声も出せずに見るだけだった。

 倒れた男は半身を起こし、
「だ、誰かに突き飛ばされたんだ!」と肥満男に言った。
「おい、何を言ってるんだよ。誰もいないじゃないか?」
 そう言っているが、この男も速水さんの声を聞いている以上、ある程度は信じている。

 次にまた速水さんの声が聞こえた。
「あなた・・ちょっと太り過ぎよ」
 速水さん一流の皮肉口調が炸裂する。
 男は「えっ・・今、何て?」と呆けたような口調で言った。
 辺りをキョロキョロする太った男の視線はどこともなく彷徨う。
 動揺した男は、拳を振り上げ、まるで、エアパンチでもするように空気を殴り始めた。
 拳が空を切り、意味のない空振りを繰り返す。
 そんな中、速水さんの悲鳴が一瞬聞こえたような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

俺のメインヒロインは妹であってはならない

増月ヒラナ
青春
 4月になって、やっと同じ高校に通えると大喜びの葵と樹。  周囲の幼馴染たちを巻き込んで、遊んだり遊んだり遊んだり勉強したりしなかったりの学園ラブコメ 小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n4645ep/ カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054885272299/episodes/1177354054885296354

幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。  一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。  かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。  芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。  乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。  その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...