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中学時代の詩集

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◆中学時代の詩集

「ねえねえ、兄貴、私、見っつけちゃったよ!」
 一人、部屋で受験勉強に励む夜、そう言って、ノックもせずに入ってきたのは、ショートパンツにタンクトップのわが妹のナミだった。

「何を見つけたんだ?」と僕は言い、「部屋に入る時は、ノックくらいするもんだぞ」と戒めた。
「えへへっ、ごめんね・・」とナミは素直に謝り、
「前に言ったじゃん。兄貴が中学の時に詩を書いて、私によく見せてくれた話だよ」
 ああ、そういえば、そんな話をしたな。
「それがなんだ?」
「だから、見つけたんだよ」ナミはノートをぺらぺらと目の前にかざしながら言った。
「それ・・ナミに渡していたのか?」
 無くしたのかと思っていたノートだ。
「そうだよ。兄貴が、読め、って言ったんじゃん。引き出しの奥から出てきたんだよ」
 すごく恥ずかしい過去だな。
 更に恥ずかしいのは、その内容だろう。
 そこには思い出したくない僕の過去が詰まっている。

 そう思っているとナミはノートをひろげ、僕に読み聞かせようとする態勢をとった。
「おい、そんなもの読むんじゃないだろうな。こっぱずかしいぞ」

「だって、面白いじゃん!」
 そう言ってナミは僕の言葉を無視して適当にページを繰り出し、
「草原を駆けていく君と手をつないで・・・」と朗読し始めた。いや、朗読なんてものじゃないな。僕の書いた詩もどきの文章を小ばかにしながら読んでいる。
「君の眼差しの向こうには、何が見えているのだろう・・」
 ナミは読みながら時折「ぷっ」と吹き出す。
「ほんと、これ、結構こっぱずかしいかもね。よくこんなの書いたよね」
「だから、読むのやめろって」
 僕が抵抗するとよけいにナミは面白がる。
「これって、一応、恋愛詩なんだよね?」
「一応も何も、恋愛の唄だ」
 僕がそう言うと、ナミは更にけらけらと笑い出した。何かムカついてきたぞ。

「この詩の中の・・兄貴が『君』と呼んでる人って・・兄貴の初恋の彼女さんなんじゃないの?」
「ちがう!」
 大きな声で真っ向から否定した。
 その声にナミは少し怯んだ様子だった。
「そんな大きな声を出さなくても・・今は、この前の彼女さんが好きなんだから、別にいいじゃん」
 ナミは僕が水沢さんに片思いをしていると確信している。
当てずっぽうで見破られた僕も悪いのだが。

 そう、僕の初恋は水沢純子、教室の窓辺に座っている水沢さんだ。
 他に誰もいない。
 本来、初恋というものはそういうものだ。
 初恋の人は一人だ・・僕の場合は水沢純子ただ一人・・純子という名の。
・・初恋の人は二人いてはいけない。
 それは当たり前のことだ。
「純子」も二人いてはいけない。
 ・・そう思うと、なぜか頭が痛くなってきた。

 そんな悩んでいる僕の顔を見てかどうかはわからないが、ナミは、
「兄貴ってさあ・・昔っから、深く考えすぎなところがあるんだよね」と言った。
 え? 「そっかぁ?」と適当に返事をする。
「恋愛に関してじゃなくってさあ、友達とかさ・・それにスポーツのできないこと・・何て言うんだっけ・・そうそう運動音痴」
「運動音痴はよけいだ」
「スポーツもさあ。あれって気にすると、益々、体が動かなくなっちゃうもんね」
「それは、わかってる・・でも、どうしようもないだろ。そんな弱い性格なんだから」
 僕のひねくれた論理にナミは、
「ま、私にとっては、別にかまわないんだけどね。結局のところ、優しい兄貴なんだからさ」と言ってぷッと吹き出した。
「・・おい、恥ずかしいことを言うなよ」
 ナミは今の恥ずかしい会話を無視して、
「兄貴・・なんか、こだわってる?」と問いかけた。
「何にだよ?」
「だから、このノートの彼女のことだよ。兄貴、さっき、必死で否定してたじゃん。ここに書いてある女の子は、初恋の子じゃないって」
「だって、違うからさ」
「・・違うったって・・兄貴はこのノートに何ページも、恋の思いをぶちまけてるじゃん」
 ナミは全部、読んだのか・・すごく恥ずかしい・・燃やしときゃよかったな。

 僕がそう言うと、ナミは、「別にいいじゃん。好きな人が何人もいたって」とお気軽に笑った。
「何人もいない!・・一人きりだ。お前とは違う」
 何人もいそうなのはナミの方だろ。

「ナミ、そのノート、返してくれ」
 ナミは「いいよ。元々兄貴のなんだし」と言って、ノートを差し出した。
 ノートの表紙には僕の汚い字で「初恋」と書かれてあった。

 そして、ナミは部屋を出る前に、
「なんだか、兄貴って、このノートの彼女のこと・・なかったことにしてない?」 
 そう言ってナミは去った。
 そんなナミに心の中で僕は「もう思い出したくないんだよ」と答えた。

 ・・僕は自分に嘘をついている。
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