時々、僕は透明になる

小原ききょう

文字の大きさ
上 下
78 / 327

小清水沙希の別の顔①

しおりを挟む
◆小清水沙希の別の顔

 期末テストに向けて勉強をしている。時刻は10時。
 少々眠くなってもいい。透明化にも慣れてきた。
 仮に透明になっても約20分から30分程度だ。母がお茶を持ってきても、母には見えるから問題ない。
 それに眠くなればうたた寝でもすればいいだけだ。
 初めて授業中に透明化した頃、速水さんは言っていた。
 ・・「眠くなれば寝ればいいのよ」と。
 
 期末テスト向けの勉強をし終えると、受験科目の勉強に移る。
 時折、クラスの集合写真の水沢さんの顔を見る。見たところで何かあるわけでもない。
 ただの習慣に過ぎない。
 水沢さん・・水族館・・学校の裏庭・・そして・・雨の日に差し出された傘・・
 あの時、どうして水沢さんは「鈴木くん?」と言ったのだろう?
 僕の姿は見えていなかったはずだ。
 駅前で偶然出会った時も、水沢さんは・・突然、現れたようで驚いた、と言っていた。

 ・・話したい・・水沢さんと。そして、確かめたい。
 加藤ゆかりは言っていた。「純子には人に見えないものが見えるんだよ」
 そんなこと確かめようがない。
 いや、ある。
 確かめる方法があるではないか!
 それは、僕が透明になったまま水沢さんの前に現れることだ。
 ・・だが、そこまで考えて頭を強く降る。
 いや、だめだ。
 水沢さんが僕の姿が見える・・完全に見えるのならまだいい。
 だが万が一、妹のナミや、小清水さんのように、
 もし、上半身半裸に見えたりしたらどうするんだ!
 上半身だけなら、まだいい。最悪、その下も見える・・そんなことだって考えられる。
 もしそんな現象が起きたら、僕はただの露出狂だ!
 速攻、これまでのおつき合いはなかったことに・・いや、つき合いも何もないが。

 だったら、どうやって・・確かめればいいんだ。
 そんなことを考えていても時間は過ぎ、日も過ぎる。
 日は過ぎても、相変わらず、僕の存在は薄く、加藤もあれっきり部室に訪れることはないし、サークルでは数少ない読書会を行い、他の日には黙読会をして過ごす。
 速水さんは僕と小清水さんが下校した後も、以前と同じように部室に残っているようだ。受験生の僕はそこまではつき合えない。
 成績優秀な速水さんのことだ。おそらく部室で受験勉強をしているか、それとも、余裕で本でも読んでいるのだろう。

 そして、梅雨は明け、期末テストが始まる。
 僕は例の苦手な英文法の参考書を求めて駅前の本屋さんに向かった。以前、小清水さんと読書会の本を決めるのに行った本屋だ。
 そういえば、通りのケーキ屋さんに入る前、水沢さんと出会ったのもこの近くだ。

 本屋さんに入り雑誌のコーナーを抜け、高校の参考書関連のコーナーに向かう。
 どちらかというと、小説本にお金を使うよりも、参考書、問題集に金をつぎ込まなければならない、そんな受験生の悲しい性だ。
 何とか、英文法を克服しないと、英文解釈にもついていけなくなる。目当ての問題集を買い求めると、本屋を出た。
 駅前の通りを少しぶらぶらと歩き、また、家路へと向かうために引き返した。
 一人で駅前に来ても行くところもない。
 サークルメンバーだと本屋さんの文庫のコーナーに行ったり、喫茶店に寄ったりもできるのだけど、今日は一人だ。
 そんなことを考えながら、ふと前を見ると、高校生らしいカップルが仲良く手をつないで歩いている。しかも、結構いちゃつきながらだ。
 そんな経験のない僕には眩しい光景だ。そんな眩しさは性格も暗く、その姿も薄い僕には毒だ。
 二人を追い越すか、僕の方が別の道を歩くか・・

 それにあの制服、うちの高校のものだ。
 え? ちょっと待てよ・・・あのカップルの女の子の方って・・
 あの三つ編み・・見覚えが・・
 見覚えがあるのは、当たり前だ。
 あれは小清水さんだ。
 時折、彼氏らしき男の方を見上げる横顔、はっきりとわかる。
 同じ文芸サークルのメンバー、小清水沙希じゃないか!
 小清水さんはクラスの中では大人しく、僕と同じように影が薄い方だ。
 そんな小清水さんが・・
 いや、小清水さんに彼氏がいたって別に不思議じゃない。
 ちっとも不思議じゃない・・健全な女子高生なら、ごく普通のことだ。
 これまでそんな浮いたような話もしなかったから、少し驚いただけだ。

 だが僕が驚いた理由はそれだけではなかった。
 カップルで手を繋いで歩くのだから楽しそうに見えるのは至極当たり前のことだ。
 けれど、小清水さんって・・あんな側面があったのか。
 すごく積極的というか・・とてもクラスで目立たない女の子の感じには見えない。
 ・・まるで別人のように見える。
 少なくとも影は薄くない。僕とは異なる種類の人間に見えた。

 それに、あの男の方は・・確か、隣のクラスの・・あまりいい評判は聞かない男だ。けっこう遊んでいるという噂もあった。
 ここからは話し声は聞こえても、その内容まではわからない。だが、小清水さんの口調は、あの部室での会話とは程遠いものに感じられた。

 これ以上、見ていると気づかれる。僕は慌てて別の方向に歩き始めた。何か悪いことでもしているみたいに。

しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...