上 下
73 / 330

水沢純子に見えるもの②

しおりを挟む
 対して速水部長は落ち着いた物言いで、
「加藤さん、それだけでは、何のことなのか、わからないわ。水沢さんが恋をしているとは限らないし」と加藤に言った。
 僕が「水沢さんに訊かなかったのか? 加藤に何がわかるのかを・・」と訊くと、
 加藤は淡々と、
「そんなの訊かなくても、わかるよ」と答えた。
 二人の暗黙の了解か? それ、本当なのか? 
 それに加藤と水沢さんってそんなに心が通じ合っているのか?
 数々の疑問が頭に押し寄せて来る。

 速水さんがじれったいように「それで水沢さんは、加藤さんに何を相談されたのかしら? 恋の相談かしら?」と言った。
 速水さんの少し苛立つ様子を見ながら加藤は、
「純子はね・・『見えないはずのものが、見える私って・・おかしいのかな?』って言ったんだよ」と言った。

 それは全て僕のせいだ。
 水沢さんは見えないはずの幽霊を見れる自分がおかしいと思い込んでいる。
 ・・あの時、あの激しい雨の日、僕の姿はどのあたりまで水沢さんに見えていたのだろう。まさか、顔の形まで・・いや、そんなことはありえない・・それに、
 ・・そんなこと、水沢さんに訊けるはずもない。

 速水さんが「どうも話がよく見えてこないわね」と言うと、
 突然、それまで黙っていた小清水さんが意を決したように、
「・・好きだから、見えるんじゃないのかな?」と言った。
 幽霊が好きだから見える? だと?・・でもその幽霊は・・

 その小清水さんの言葉に、一番反応したのは加藤だった。
「でしょ! 沙希ちゃん。そう思うでしょ」と加藤は嬉しそうに言った。
 ようやく自分の理解者が現れた感じのような表情だ。
 小清水さんは続けて、
「たぶん、それは水沢さんの守護霊か何かじゃないかと思うんですよ」
 守護霊?
 いや、違うんだ。守護霊じゃなくて、それは、僕なんだ。
 そんなこと言えないよな。こんな時、僕は彼女たちにどう言えばいいんだ?
 
 僕は思考した。
 この現象を利用する方向へ持っていくこと・・
 ・・僕は水沢さんのことをもっと知りたい・・ずっとそう思っていた。
 この会話を利用して僕は水沢純子のことをもっと知ることができるんじゃいないかと。
 僕は加藤に、
「守護霊じゃなくて・・『生霊』かもしれない」と言った。
 この質問なら・・わかる。水沢さんのことを。

 加藤は「イキリョウ・・って何?」と僕と小清水さんの顔を見合わせながら訊いた。
「生きている人間の霊魂のことですよ」と答える小清水さん。
「へえっ、沙希ちゃん、何でも知ってるんだね」と感心する加藤。
 いや、加藤が知らなさすぎるだけだから。
 ついでに速水さんも飽きれ顔だ。

「でも、なんで? 生きてる人って・・それって誰の霊?」と加藤は誰ともなく訊ねる。
 小清水さんは加藤に解説するように、
「ご親族・・あるいは、水沢さんがおつき合いしている人・・いえ、おつきあいはしていなくても、水沢さんを思っている人かも・・」と言った。
 小清水さん、ごめん! 
 僕が意図したように答えてくれて・・
 これで、もし水沢さんにつき合っている人がいるのなら・・
 加藤の返答でわかる。

「あははっ、ない、ないっ」加藤は大袈裟に手をぶんぶんと振りながら、
「純子が男とおつき合いなんて・・絶対にないよお」と言った。
 水沢純子につき合っている人はいない・・
 飛び上がるような喜びを感じた。
 加藤の言葉にどれくらいの信憑性があるのかわからないが、とにかく嬉しかった。
 つき合っている人はいない・・そんな言葉がすごく甘酸っぱく思える。
 同時に僕の恋心が更に燃えてくるのを感じた。
 しかし、
「純子はね・・恋なんて、できないんだよ」と、
 加藤は遠くを見るような目で言った。
 小清水さんは「水沢さんは・・どうして恋ができないんですか?」と単純な質問を加藤にぶつけた。僕もわからない。

「純子のご両親・・厳しいからね・・」
 加藤はそう前置きをして、
「純子が男を次々、ふっているような噂がよく飛んでいるけど・・あれ、違うんだよ」
 加藤は勝手に話を進めた。「純子は、相手に迷惑をかけたら悪いと思って、ふってるところがあるんだよね」
 迷惑?・・水沢さんの両親が厳しいせいで・・なのか?・・よくわからない。

 小清水さんが、
「でも・・それって、水沢さんが仮に・・本当に好きな人に告白されたら、また違うんじゃないですか?」と言うと、
 加藤は「沙希ちゃん・・そう思うでしょ?」と言って。
「純子は誰も好きにならないと思うよ・・だから、見えないものを好きになったりするんだよ」と言い「これはあくまでも私の推測だけどね」と続け、舌をペロッと出した。
 笑う加藤に小清水さんは続けて、
「ということは・・、水沢さんには好きな人って・・いないんですね?」と確認するように訊いた。
 小清水さんがそんな質問をするとは思わなかった。
 小清水さんはどうしてそんなことを訊いたのだろう・・

 そこへイライラしたような速水さんが、
「加藤さん・・さっきから話を聞いていると、加藤さんの推測部分がほとんどを占めているような気がするのだけれど・・」と言った。

「あははっ、ごめんね。速水さん」と謝って「私も何が言いたいのか、よく分からなくなってきたよ」と言った。
 そして、
「でもね・・純子、昔っから・・そういうところがあるんだよ」
「そういうところ?」速水さんが怪訝そうな顔で訊ねる。
「純子には、人には見えないものが見えるんだって」
 え?
 その言葉に驚いたのは、おそらくこの部室にいる二人だ。
 それは僕と、速水沙織。
「そ、それは・・あくまでも加藤さんの想像なのよね?」
 なぜか、動揺したように言う速水さん。
 もし・・仮に水沢さんに見えないもの・・人の魂のようなものが見えるとするのなら、
 速水さんにとっても都合の悪いことなのかもしれない。
 あの水族館の時、水沢さんがトイレに行っている間、僕の前に透明化した速水さんが現れ、そして、去っていった。
 もし、速水さんが去る前に、水沢さんがトイレから戻ってきていたとしたら・・
 どうなっていたのだろう?
 そう考えていると、
 コンコンと部室のドアがノックされ、開いたドアの向こうから女の子の顔が覗いた。
「加藤さん・・お話、まだですか? 部長が呼んでるんですけどぉ」
 どうやら、茶道部の呼び出しらしい。
「あははっ、ごめんねっ、話に夢中になってて、忘れてたよ。私、部活の途中だったんだ」
 と大きな声で茶道部の子に謝り、「この部室、居心地よくってさ」と言った。

 そんな加藤に速水さんは「加藤さん、今度、部室に遊びに来るときは手土産はなしにしてもらえるかしら」と言った。
 そう言った速水さんに加藤は素直に「わかったよ、沙織ちゃん」と速水沙織を下の名で呼んだ。
言われた当の速水さんはなぜか照れている。名前で呼ばれ慣れていないのか?
「沙織ちゃん」・・どうもしっくりこないな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

微炭酸ロケット

Ahn!Newゐ娘
青春
ある日私達一家を裏切って消えた幼馴染み。 その日から私はアイツをずっと忘れる事なく恨み続けていたのだ。 「私達を裏切った」「すべて嘘だったんだ」「なにもかもあの家族に」「湊君も貴方を“裏切ったの”」 運命は時に残酷 そんな事知ってたつもりだった だけど 私と湊は また再開する事になる 天文部唯一の部員・湊 月の裏側を見たい・萃 2人はまた出会い幼い時の約束だけを繋がりに また手を取り合い進んでいく

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

海に向かって

ひふみん
青春
「海に向かって」 ――この言葉の続きは、旅の終わりに待っている。 高校三年生の夏、澤島昇は、中学の同級生四人と、自転車で海に向かう旅を計画する。しかし、そこにはなぜかもう一人、犬猿の仲で幼馴染の芹沢桜の姿があった。 思いがけない参加者に、動揺を隠せない昇と、この旅に一つの決意を抱いてきた桜。旅の中で、さざ波のように変化していく二人の関係だったが、その波は次第に周りも巻き込んでいく・・・ 多くの少年,少女たちが思い描いた夏の想い出を、自転車と共に駆け抜けていく。 海×自転車×夏の物語。

高校デビューした幼馴染がマウントとってくるので、カッとなって告白したら断られました。 隣の席のギャルと仲良くしてたら。幼馴染が邪魔してくる件

ケイティBr
青春
 最近、幼馴染の様子がおかしい………いやおかしいというよりも、単に高校デビューしたんだと思う。 SNSなどで勉強をしてお化粧もし始めているようだ。髪の毛も校則違反でない範囲で染めてて、完全に陽キャのそれになっている。 そして、俺の両親が中学卒業と共に海外赴任して居なくなってからと言う物、いつも口うるさく色々言ってくる。お前は俺のオカンか!  告白を断られて、落ち込んでいた主人公に声を掛けたのは隣の席の女のギャルだった。 数々の誘惑され続けながら出す結論は!? 『もう我慢出来ない。告白してやる!』 から始まる、すれ違いラブストーリー ※同名でカクヨム・小説家になろうに投稿しております。 ※一章は52話完結、二章はカクヨム様にて連載中 【絵】@Chigethi

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

バスケ部員のラブストーリー

小説好きカズナリ
青春
主人公高田まさるは高校2年のバスケ部員。 同じく、女子バスケ部の街道みなみも高校2年のバスケ部員。 実は2人は小学からの幼なじみだった。 2人の関係は進展するのか? ※はじめは短編でスタートします。文字が増えたら、長編に変えます。

処理中です...