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差し出された傘③

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 校庭に出た・・走った。濡れる。
 とにかく水沢さんに追いつかないと、彼女はもう校門近くまで進んでいる。
 びしゃびしゃと泥がズボンに跳ね上がる。
 水沢さんに遠くから声をかけるのも恥ずかしい。呼び止めるのもおかしい。
 やはり、近くまで行って、その名を呼ぶしかない。
 どうする? 水沢さんになんて言う? こんな雨の中を追いかけてきて、何て言う。
 考えている間に、もう追いつく。

 傘から顔を出しているポニーテール。間違いなく水沢さんだ。
「水沢さん!」と声をかけよう。そうすれば、水沢さんは振り返る。
 話す内容は、その時、考えればいい。

 だが、次の瞬間、
 僕は全く別の行動をしていた。なぜだかわからない。
 今は必要のない行動・・僕は旧校舎の方を振り返っていた。
 二階の部室のある窓、そこにはカーテンにその半身を隠した速水沙織が佇んでいた。
 
 僕は絶対にそこには速水さんの姿があると思っていた。
 速水さんは僕の行動を暖かく見守ってくれているのだろうか?・・
 それとも応援?・・
 違う・・速水さんはそんな人じゃない・・
 
 ダメだ。意識が・・別のことに飛ぶ・・僕が好きな人は・・
 僕は走ることをやめ、ゆっくり歩いていた。
 こんな迷いの中、僕は水沢さんに声をかけることはできない。
 だったら、どうすればいい?
 水沢さんはもう10メートル先にいる。
 このままだと、水沢さんは人の気配で振り返る。僕に気づいて「何の用?」と訊かれるだろう。
 僕は言葉を用意していない。言葉が消えていた。

 こんな時、体が透明だったら・・
 水沢さんに会わず、引き返せる。
 けれど、こんな状況だ。絶対に眠くならない。
 速水さんのように、何かの意識と同調できれば・・
 やってみよう!
 念ずるんだ。
 こんな不甲斐ない僕は・・
 影の薄い僕は、好きな人を目の前にして何にも言えない僕は・・
 そんなマイナス的な言葉を心の中に並びたてるのと同時に、
 あの透明化する時の、自己の存在を保とうとする、睡魔と闘う時の状況を頭に取り込んだ。

 なれ! 
 影のうすい僕は、透明になるしかない!
 全てを同調させる。腕を見る。足元を見る。
 ゼリー状だ。思念の同期化成功だ!

 透明状態のまま、水沢さんに会わず、引き返せばいい。
 透明だから気づかれない。
 僕は体を反転させた。
 と、その時、

「誰かそこにいるの?」
 僕の心臓が一瞬跳ね上がった。
 僕はその声に静かに振り返った。
 合うはずのない目が合った・・ような気がする。
 じっとしていろ!
 水沢さんには僕は見えないはずだ。
 しかし、
 おかしい・・
 水沢さんの目は正確に僕の方を見ている。 

 すぐにその理由がわかった。
 水沢さんは僕の姿が見えているわけではなかった。

 ・・それは雨だった。
 水沢さんは雨を見ているのだ。
 雨が僕の体に当たって・・その撥ねる雨が人型を作っているのだ。
 腕を見ると、雨がしきりに撥ねている。そして、それは腕の形となっている。

 水沢さんから見れば、僕は怖い姿をしているのだろう。本当の化物だ。
 ごめん・・水沢さん・・こんなことをして。水沢さんが怖がるようなことをして。

「鈴木くん?」
 傘を少し上げて水沢さんは僕の名を口にした。
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