時々、僕は透明になる

小原ききょう

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くすぐっているのか、それとも揉んでいるのか?③

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「僕は、中学一年の時の女先生のせいで、さらに影が薄くなったんだぞ。みんなに見えないくらいに」
 いや、そこまでは薄くはなっていないか。
「その後、何か、鈴木くんに、ステップアップの兆しはなかったのかしら?」

 ステップアップの兆し?
「女先生のホームルーム・・その後日、他の生徒さん達は鈴木くんをほったらかしにしていたのかしら?」
 小清水さんが「みんなはそんなに鈴木くんに対して冷たかったの?」と訊いてくる。

「・・言われてみれば、確かに・・」
 僕は中学一年の時の記憶を手繰り寄せた。
 途中、小清水さんが、
「わたしだったら、鈴木くんに話しかけるかなあ」と優しく言った。
 そうだ。
「そんな女の子がいたな」小清水さんのような人が・・
 小清水さんが「どんな女の子ですかあ?」と個人的関心度をアップさせながら訊いてきた。
「やたらと、僕に話しかけてくる女の子がいた・・」
 名前は・・・確か、松沢悠子・・いつも学級委員長に選ばれていた子。

「ほら、ね」と勝ち誇ったような顔をする速水部長。
 そんな速水さんを見て、なんか悔しいな・・と思いつつ、
 その子の思い出がよみがえった。

 その子は話しかけてくるだけでなかった。
 僕がみんなの牛乳を運ぶ当番の時、廊下で転んで牛乳かごごと溢した時、慌てて雑巾を持ってきてくれて、一緒に片づけたり、廊下を拭いてくれたりした。
 他の子はそんな僕たちを見ているだけだった。
 それだけではない。
 あの女先生が・・
「誰か、鈴木くんと風紀委員ができる人・・いないかなあ?」
 ・・それは僕が先生に無理やり、「鈴木くん、これからは積極的に委員とかやるようにした方がいいよ。どんな委員でもいいから」とそそのかされた時だった。
「じゃ、風紀委員を」と僕がしぶしぶ立候補した時だった。
 委員は男女のペアでする。
 誰も僕の相手をしたくないらしく、女の子は誰も名乗り出なかった。
 女子の声がチラチラと聞こえてくる。
「鈴木となんて、やだよね」「こっちまで影がうすくなりそう」
だから、こういうの厭なんだ。先生、責任とってくれよ、と先生に文句を言いたかった。
 そう思った時だった。
「はい!・・私、風紀委員を・・」
 大きく手を挙げたのは、その子、松沢悠子だった。彼女は委員長の座を降り、風紀委員に立候補したのだ。
 
 けれど、僕にはその子に対して、何も返せなかった。
「ありがとう」の言葉一つ言えなかった。
 あの子、今頃、どうしているだろう・・

「その先生・・やる気満々の女先生は、ある程度、そんな生徒が登場することを予想していたのじゃないかしら?」
 そうだったのか?・・本当かよ? あの先生が?
 僕はずっと先生を恨んでいたぞ・・恨みっぱなしだった。

 だが、今となってはわからない。
 本当にあの松沢悠子が先生のホームルームで言ったことで心が動いたのか。
 それとも、元々僕に対して、そのような好意を抱いていたのか。

「何事も決めつけるのはよくないし・・物事を片方だけから見て判断するのもよくないのよ」
 速水沙織は哲学口調でそう言った。
 物事は多面的・・裏側に真実が隠れていることもある。

「けど、そんなことを言ったら、その乳揉み先生、どっちかわからないじゃないか」
 男性教師は、女子生徒の体をくすぐっていたのか? それとも胸を揉んでいたのか?

「ええ、私にもわからないわ。永遠の謎よ」と速水さんはきっぱりと言った。
「あんまり、たいした謎じゃない気がするけどな」
「揉んでたことに変わりはないんじゃないですか」とバッサリとぶった斬る仏の小清水さん。

 そして・・
「今日は黙読会が成立しなかったわね」と話を締めくくる速水部長。
「でも、話を聞いていて、面白かったですよ」と全体的感想を述べる小清水さん。

 更に小清水さんは「私と速水部長の二人だけの時は、ずっと黙読会だったのに、鈴木くんが入部してからは、本当に文芸部は変わりましたね」と言った。
「沙希さん、文芸部じゃなくて、文芸サークルよ」と澄まし顔でいつものように訂正する速水部長。
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