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ナミの恋愛観

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◆ナミの恋愛観

「ねえ、兄貴ってさあ・・」
 この前、彼氏なる奴とデートをしていた服装とはうってかわり、いつものだらしない格好で、話しかけてきたのは妹のナミだ。
 いつものようにリビングのソファの上に寝転びスナック菓子を頬張っている。
 Tシャツにショートパンツ。シャツが捲れあがり、へそが丸出しだ。露出が多すぎだろ。

「何だよ」
「好きな人がいるんじゃないの?」
 いきなり。そんな質問かよ。
「この前さあ、わりといけてる人を二人も連れていたよね。ほら、私が兄貴をよろしく、って挨拶した二人だよ」
 水沢純子と加藤ゆかりのことだ。
「あの子たちさあ、兄貴の入ってる文芸部員じゃないよねえ」
「何でわかる?」
「感・・か~んっ・・あの人たち、そういうことに興味なさそうだもん。ショートカットの子はどう見ても、陸上とかやってそうだし・・もう一人の美人系の人は文学よりも勉強一筋って感じだし」
 よくわかならいけど、ナミ、すごいな。
「ということはさあ・・文芸部の女子二人を合わせたら・・兄貴って、モテモテじゃん」
「おい、女の子が周りにいるからといって、モテてるとは限らないんだぞ」
「そうじゃなくってさあ・・私の言いたいのは、そんなに女の子が周りにいるんなら、一人くらい、兄貴の本命の子はいないの?」
 本命?・・意中の女の子・・
 それは、水沢純子・・に決まっている。
 それは本命とか、意中とかの言葉は軽くて、ふさわしくない。
 僕の初恋は、やっぱり、重く、
 そして、片思いに過ぎない。おそらく最後まで。

「それは秘密だ!」
 ここはきっぱりと答えておく。
 口の軽そうなナミのことだ。今度、ナミが水沢さんと遭遇した時、言われたりしたら大変だ。
「秘密ってことは、兄貴、好きな子、いるんだ!」
 しまった!
 この答え方もまずかった。「いない」と言っときゃよかった。

 僕は話をそらそうと、ナミのほったらかしにしているチョコに手を出し、
「それはそうと、この前、会った彼氏さんとは上手くいっているのか?」
 僕が訊くとナミは、
「ああ、あいつ・・」と言って、ほうじ茶を啜りながら、
「もう別れたよ」
 そうナミは新しいスナック菓子の袋を開けながらあっさりと小さく言った。
「は?」
 別れたって、ついこの前、僕とも挨拶を交わしたばかりだそ。
「喧嘩でもしたのか?」
 僕の問いにナミは、
「あいつのさあ、クラブの先輩にもっと格好いい人がいたんだよ。そんなの先に言ってよ、って言う感じだよ」
「何だよ。それ!」
 自分の彼氏より格好いいのがいたら、即、鞍替えというわけか。
 ナミの価値基準は、格好いい、悪い?・・それだけかよ。

「それで、今度、その先輩にアタックしようと思ってさあ」
 それまで僕ら兄妹の会話をキッチンで黙って聞いていた母が、
「ちょっと、ナミ・・それって、節操がなさすぎるわよ」と身を乗り出し言った。
 そうそう、そうだ! お母さんの言う通り。
「いいじゃん。私、まだ若いんだし。何も『この人』って決める必要もないじゃん」
 ナミは反抗期の少女のように抵抗した。
「それに前の彼氏も、納得済みだし」
 もう勝手にしてくれ。
 こんな考え方の子が僕の妹だと思うと情けない。

「だってさあ。兄貴に好きな人がいるよね・・誰かは知んないけど」
 それはさっきばれたな。
「兄貴に今の好きな子より、もっと素敵な彼女が現れてさあ・・」
 そんな女の子は現れない。水沢純子より、素敵な子など・・決して・・
 けれど、それをナミに言えば、また茶化されそうだ。

「素敵どころか、新しく現れた人を今の彼女より、もっと好きになったらどうすんの?」
 勝ち誇ったようにナミは言った。

 確かにナミの言う通り、そんな人が現れないとも限らない。
 だがな、
「ナミ・・人にはな、義理っていうものがあるんだよ。つき合う人は、アイドルじゃないんだから、取っ替え引っ替えするものじゃないんだ」
 母の突っ込みがないところをみると、一応的を得ているのか?
 僕は続けて、
「それにな、結婚して、他に誰かいいのが現れて、そっちへ行ったりしてたら、ただの浮気だし、まるっきしの不倫だろ」
「でも、我慢できなかったら?」
「離婚だな!」僕はきっぱりと言った。
 ナミはそれにまた対抗して、
「だって、私、まだ結婚してないし、いろいろ、選択していいんじゃん。選ぶの自由なんだし」
 僕が「はあ~っ」と深い溜息を吐くと、ナミはドリンクを一気飲みして、
「さっきさあ、兄貴に好きな子がいるってわかったけどさあ・・」
 次は何の話だ?
「兄貴が、中学ん時さあ・・変な詩を書いてるの、見せてくれた時があったよねえ」
 変な詩?・・中学の時の変な・・詩・・??
「ナミ、何のことだよ」
 中学の時って、思春期真っ盛りだ。今みたいにそんなに勉強もしていなかったし、遊んでいる時間も多かった。
 そんな時に僕は詩を書いていた?
 そう言えば、そんな詩もどきを書いて当時、小学生のナミに見せていたな。
 おそらくそれは流行りのシンガーソングライターの真似事のようなものだったのだろうか?
「あの頃は、まだ子供だったんだよ」と僕は言った。
 僕だって色々とある。

「ふーん」とナミは不信そうな顔をして、こう言った。
「兄貴こそ、好きな子を変えたんじゃないの?」
 いや、そんなことは・・ない。
「自分の気持ちに気づいていないことだってあるんじゃない?」
「ナミも気づいてなかったんじゃないのか?」
「私は自分の気持ちに正直なだけだよ」
 と言って、
「兄貴、告白するんなら、ちゃんと自分の気持ちを確かめてからした方がいいよ・・あ、これ、ナミの助言だから・・」 
 空になったペットボトルを揺らしながらナミはそう言った。
 ナミ、すげえエラそうだな。
 そんなことを節操のない妹に言われるより以前に、
 僕は告白なんてしないし、できない。
 このまま、高校生活は受験勉強に明け暮れ、通り過ぎていく。
 ・・しかし、本当にそれでいいのか?
 結局のところ、自分はどうしたいんだ?

 速水さんは言っていた。
「恋は二重にも、三重にも・・上書きされるものよ」
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