時々、僕は透明になる

小原ききょう

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山手の廃墟洋館①

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◆山手の廃墟洋館

 ダブルデートは、よくわからない集まりに終わった。
 けれど、佐藤に思いを寄せていた加藤には申し訳ないが、僕としては満足していた。
 こんな影の薄い僕にも、こんな幸運が来るのだ、ということが実感できた。

 妹にもあれから「兄貴、結構やるじゃん。見直したよ」と言われ、「私は水沢さんが好みだなあ」と勝手に批評する。
 
 僕と水沢さん、加藤・・この三人の関係は今度どうなるのか? そんなことも漠然と考える。
 しかし・・
 そんなことよりも、僕には気になることがあった。
 それはわが文芸サークルの部長、速水沙織のことだった。
 速水さんは面白半分に、不純異性交遊とか、言っていたが、それはたぶん嘘だ。

 場所は部室・・
 珍しく小清水さんが早く退室した。隣のクラスの友達と遊びに行く予定らしい。

「鈴木くん、それで・・話というのは?」
 速水沙織は手を組み言った。
「この前の、水族館のことだよ」
「ああ、あれね・・」と言って「文芸サークルの部長として、部員の成長も見届ける義務があるのよ」そう速水沙織は言った。
 それは嘘だ。
「あの時、速水さんは透明になる必要があったのか?」
「それは・・みなさんのお邪魔になると思ったからよ・・何か不自然だったかしら?」
 不自然と言えば、速水さんの行動の全てがそう思える。
 僕の透明化を知り、自らもその能力を見せている。そして、文芸サークルに誘い込み、水族館では僕ら3人の前に現れた。

「教えてくれよ。速水さんはどうやったら、透明化できるのか?」
 僕とは違って、速水さんはその能力が自由自在に思える。
 そう訊ねると、
「沙希さんもいないことだし、今日は早めに切り上げて、お散歩でも・・いえ、一緒にある場所まで歩かない?」
 お散歩は、水沢さんに誘われた時の言葉を引用したつもりなのか? 相変わらず速水沙織らしい。
「ある場所って? どこだよ」
「この校舎の山手側・・歩いて20分くらいの所かしら・・坂道が続くから、いい運動になるわよ」
「そこに何があるんだ?」
「それは、行ってからのお楽しみ・・」

 僕らのいる場所・・
 ここは須磨ほど山と海が隣接してないが、やはり、ここも北は六甲山系の山々、南は二キロも歩けば海に出る・・
 校の校舎は、そんな地形の山の斜面に立っている。
 正直、通学にもしんどい場所だし、体育部のランニング等の練習にはもっときつい。そんな勾配のある場所に立っているのが僕らの高校だ。
 それより北は、交通の便はかなり悪いが、高級住宅街が広がっている。
 一般庶民とは大きく異なる人種が住んでいそうな場所だ。
 
 そんな場所に向かって僕と速水さんは部活を切り上げ、歩き始めた。
 速水さんのいうある場所に行って、何を見せてくれるのか、何をするのかわからない。
 速水さん好みのお洒落なカフェでもあるのだろうか?
 僕が知りたいのは、速水さんの能力のことなのに、いつもの速水さんのペースにのまれているような気もする。
  
 想像した通り、坂を上がり続けると、大きな一戸建ての家が左右に上にと続く。
 専用のガレージには車が3台というのはお約束らしい。アウディ、ベンツ等、他にも名前もわからない見るからに高級車だと言わんばかりの車が収められている。
 それぞれの家が、私たちは金をたくさん持っていますと言わんばかりの建物だ。庭も大きく、ミニパターゴルフの設備もあったりする。皆がそれぞれ自己主張をしているようだ。
 
 家の表札や窓には「幸福」とでも書いていそうだ。
 ここはそんな場所だ。

「すごいな、金持ちの家ばかりだぞ」
 僕は左右を見ながら歩いているが、速水さんは真っ直ぐ前を向いている。
「そうとも限らないわよ・・たまに、そんな家の間に挟まれたように昔ながらの家もあるわ」
 確かに速水さんの言う通り、昔からこの場所に立っているような木造の家も所々見受けられる。でも住みづらそうだな。中の人は意外と気にしていないかも。

「速水さん、ところで、どこに向かってるんだ?」
「鈴木くんをわが家にご招待するわ・・」
 我が家?・・速水さんの家?
「我が家って・・速水さんの家はあの水族館近くの須磨だろ」
「いいじゃない、別に家が何軒かあっても・・」
 何軒だと!
 ひょっとすると、速水さんはこの辺りに住む大富豪の令嬢・・とか・・
 須磨の家は別荘?・・とか・・まさかね。

 でも、そうじゃないとも言い切れない。速水さんのあの知的な雰囲気はそんな家柄から醸し出されているのかもしれない。
 そう思ったせいか、前を進む速水さんの方から芳しい香りが流れてきた気がした。

「もうすぐよ」
 速水さんの声に改めて前方を見ると、こんな場所に相応しいお洒落なカフェレストランがあった。
 あのカフェか、と思った時、「あの店じゃないわよ」と言われた。
「あの店の向こうよ」
 速水さんが指す場所は・・洋館・・かなり大きな建物だが、蔦の葉がかなり生い茂っている。
 この雰囲気、神戸三宮の異人館みたいだな。
「廃墟よ」
 辿り着いた門扉には「空き家・管理」と看板が結わえつけられてあり不動産会社の連絡先が印字されてある。
 よくわからない・・速水さん、わが家って言ってたよな?

「この家・・以前、私が住んでいた家よ」速水さんはそう言った。
 この豪邸を売って須磨に引っ越したのか?

「大きな家だな」僕は感慨深く言って「速水さんって、ご令嬢なんだな」と持ち上げた。
 僕の言葉に速水さんはくすりと笑って、
「正確には・・令嬢だった・・よ」と言った。
 そんな速水さんの顔は初めて見たような気がする。
 いつもの理知的な顔ではなく、少し、少女に戻ったかのような顔だった。

「令嬢だった・・って、どうして、過去形なんだ?」
「単純よ・・今はそうじゃない、っていう意味」
 深く突っ込むのは止めた。速水さんの方からその理由を話してくれる。そんな気がしたからだ。

「さあ、鈴木くん、中に入るわよ」
 速水さんはそう言った。
「いいのか? 今は持ち家・・速水さんの家じゃないんだろ?」
「どうせ、誰か入っても何の問題も起きないわ」
 意味がわからない・・わからないが、既に速水さんは洋館の裏手に回っていた。
 仕方なく速水さんについていくと、通用門みたいなところがあった。
 キイっと鉄の軋む音を立て扉は開いた。
 扉の向こうは洋館の大きな庭だった。
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