上 下
34 / 330

海辺の水族館④

しおりを挟む
「でも、お邪魔だったようね」
「お邪魔って・・」
「鈴木くんの厭らしいにやにや笑いの原因は水沢さんだったのね・・沙希さんが気にしていたわよ」
「ず、ずっと見ていたのか?」
 すごく恥ずかしい。
「文芸サークルの部長として、部員が不純異性交遊をしないか、チェックもしないといけないもの」
「おい、不純交友って・・それ、冗談だろ」
「うふふっ、とりあえず、二人の会話までは聞いていないわ。一応、私にもマナーはあるつもりよ」速水さんはそう言って、
「ちょっと、その珈琲を飲ませて」
 紙コップが、速水さんが手にしたのか、透明になった。
「おい、それ」・・それ、間接キスだろ!
 再び、僕の前に紙コップが現れた。
「冗談よ。口はつけていないわ。キスは本命さんにとっておいてちょうだい」

 そんな速水さんとのやり取りで、僕はこう思った。
 あの読書会の本「冬の夢」のヒロイン、ジュディは速水沙織のような子なのではないだろうか? 蠱惑的・・小 悪魔的な女の子・・やはり違うかな。でも水沢純子とも違う。
 
「それと・・・余計なお節介かもしれないけれど」
「何だよ。言えよ」
「加藤ゆかりさん・・ちょっと可哀想ね」
 加藤が?・・何かあったか?

 その理由を訊こうとすると、
「あら、水沢さんが戻ってきたわよ。お邪魔な私は消えるわね」
 そう言ったかと思うと、僕の隣から速水沙織が去っていくのがわかった。
 速水さんの体温が退いていくのがわかったのだ。

 速水さんの姿は最後まで見えなかったけれど、私服姿はどんなだったのか、少し知りたく思った。

 トイレから戻ってきた水沢さんが、
「あれ、鈴木くん、今まで、ここに誰かいなかった?」
 僕は慌てて、「誰も座ってないよ」と答えた。
「おかしいわ・・私の気のせいかしら?」と水沢さんは言った。
「だと思うよ」
 水沢さん、感が鋭すぎ・・
 もしかして、速水さんの体温が残っていたとか・・

 再び、二人で館内巡りを始めると、加藤が「佐藤くんとお茶をしてる」と言っていた喫茶店らしきものがあった。まだ中にいるのかどうかはわからないが、どのみち、イルカショーで落ち合うのだから、入らないでおこう、ということになった。もちろん水沢さんと話した上で。

 昼食はイルカショーのステージ近くの屋台めいた所でたこ焼きを買って簡単に済ませた。
 これは僕がお金を出そうとすると、「割り勘ね」と言って水沢さんは自分の分を出した。
 やっぱり、僕はダメだ。

 ステージの観覧席は家族連れや、カップルで賑わっていた。
 もう一時前だ。
 水沢さんが「ゆかりがいるわ」と言ったので、その視線の先を見ると、
 遠くから加藤が「こっち、こっち」と大きく手を振っているのが見えた。
 約束通り、加藤は席をとってくれて・・
 席をとっていたのは、僕と水沢さんの分だけだった。

 加藤ゆかりは一人だった。
 佐藤はトイレにでも言っているのかな?

 水沢さんが「佐藤くんは?」と訊ねると、加藤ゆかりは、
「私が佐藤くんを帰したの・・『佐藤くん、帰っていいよ』って」
 笑顔で、加藤は説明した。
 加藤は紙コップのコーヒーを手にしている。
 加藤の膝の上の・・コップの丸い形が加藤の手の中で崩れ始めた。
「だって、佐藤くん・・」
「ゆかり、佐藤くんと何があったの?」
 水沢さんの問いかけに、
「佐藤くん。全然、私の顔を見て話さないんだもの・・ううん・・見ないのなら、まだいい。佐藤くん。他の人の話ばっかりするんだもの。純子の話をしたかと思えば・・速水さんが鈴木と仲がいい、とか・・自分のクラスの子の話をし始めたり・・」

 そう堰を切ったように話し始めた加藤の両手の中で、紙コップはその形を無くし、熱い珈琲がこぼれ出した。
「佐藤くん。水族館に来てるのに、お魚も見ないんだもの・・私、それが腹立たしいやら、悲しかったりで・・もういいや、って思って・・」

 やっちまったな、佐藤・・
 お前は陰では加藤のことを悪く言ったとしても、もう少し、女の子の気持ちが分かる奴だと思っていたよ。
 速水さんが言っていたのは、このことだったんだな。
 ・・加藤さん、ちょっと可哀想ね。

 理由を話し終えた加藤は座ったまま俯いた。
「もうっ・・ゆかりったら・・」水沢さんが加藤のスカートの上に零れたコーヒーを見て、慌ててハンカチを取り出して拭った。
「ごめん、純子・・私、今日は、こんなはずじゃなかったの」
「もういいから」
「でも、悲しくなんかないよ・・どっちかというとスッキリした」
 そう言って顔を上げた加藤の顔は泣き笑いの表情だった。
「何を言っているのよ・・どう見ても泣いてるじゃないの」

 そんな二人のやり取りを見ていて何も言い出せない僕が不甲斐なく思えた。
 そして、僕は、
「ごめん!」
 混乱している二人に聞こえる大きな声で僕は言った。
「僕が悪いんだっ!」
 横の水沢さんが僕を見る。加藤は座ったまま僕を見上げる。
 すぐ近くのカップルが明らかに迷惑そうな顔をしているのがわかる。

「どうしたの? 鈴木くん」水沢さんが訊き、
「鈴木?」加藤が涙を拭いながら言った。

「僕、佐藤が『ああ』なのを知っていて・・」
 あんな奴だとわかっていて・・僕は二人に言った。
 あんな奴、友達じゃない。そう思っていたのに。加藤が佐藤に告白するのを黙って見過ごしていて・・僕は僕で、水沢さんと近くになれて、浮かれていて、加藤の恋心のことなんて考えていなかった。
 僕は・・僕は、どうしようもない奴だ。

「鈴木はいい奴だよ」加藤がそう言って微笑んだ。「悪いのは、私・・」
「そうよ。鈴木くんは全然悪くないわ」
 そんな僕を庇う水沢さんの言葉に、分かってはいても、心が浮いてしまう。

 三人の会話はそこで終わった。
 イルカショーの開始の案内が放送されたからだ。
 僕の横に水沢さん、水沢さんの横に加藤が座った。
 ショーの間は、加藤の表情は先ほどとは違って、たぶん、佐藤のことは忘れてはいないだろうけれど・・輝いて見えた。
 おい、佐藤よ。加藤ゆかりは、けっこう可愛いんだぞ。
 
 そんなことを考えていると、目の先のイルカがザブンッと水槽で跳ね、その飛沫が飛んできた。
「きゃッ」と水沢さんが飛んできた水をかわそうと体を傾け、水沢さんの顔と体が、僕の肩に触れた。
 慌てて水沢さんは「ごめんなさいっ」と笑いながら言った。
 一瞬だけど、僕と速水さんの顔がまともに向き合った。
 水沢さんの髪がイルカの飛ばした水で濡れ、水は僕の頬にもかかっていた。
 水沢さんが微笑み、僕も合わせて笑う。

 ああ、これは夢なんだな・・素敵な夢だ。
 この瞬間、僕は佐藤のことなんて、どうでもよく、さきほどの加藤の涙のことも、頭から消えていた。
 僕はなんて薄情な男だ。
 誰かを好きになれば、他の誰かを忘れてしまう・・そんな薄っぺらな男だ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

5分くらいで読めるハッピーエンド

皆川大輔
青春
現代をメインに、思いついた舞台で小説を書きます。 タイトルにもあるように、ハッピーエンドが大好きです。 そのため、どんな暗い物語でも、登場人物たちは幸せになりますので、その点だけご了承いただけたらと思います。 あくまで自分が幸せだな、と思うようなハッピーエンドです。 捉えようによってはもしかしたらハッピーエンドじゃないのもあるかもしれません。 更新は当面の間、月曜日と金曜日。 時間は前後しますが、朝7:30〜8:30の間にアップさせていただきます。 その他、不定期で書き上げ次第アップします。 出勤前や通学前に読むもヨシ、寝る前に読むのもヨシ。そんな作品を目指して頑張ります。 追記 感想等ありがとうございます! めちゃくちゃ励みになります。一言だけでもモチベーションがぐんぐん上がるので、もしお暇でしたら一言下さいm(_ _)m 11/9 クリエイターアプリ「skima」にて、NYAZU様https://skima.jp/profile?id=156412に表紙イラストを書いていただきました! 温かみのあるイラストに一目惚れしてしまい、すぐに依頼してしまいました。 また、このイラストを記念して、一作目である「桜色」のPVを自分で作ってしまいました! 1分くらい時間ありましたら是非見に来てください! →https://youtu.be/VQR6ZUt1ipY

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

不満足氏名

音喜多子平
青春
 主人公、乙川仁の通う私立喜田平学園高等学校は、入学した一部生徒の名前が変わるという一風変わった制度があった。  キラキラネームやDQNネームと呼ばれる、珍名が人権的な社会問題に発展した社会において、政府はそう言った名前を『不満足氏名』と定め早期的解決策を執行する。それが『不満足氏名解消法案』である。仁の通う高校は、その一環で認められた特別行政指定校だった。  だが仁が喜多平高校へ入ったのは、母親が強く推し進めていたためであり、本人の希望ではなかった。不満足氏名を変えるという意思のもとに入学してくる生徒が多い中、改名に明確な理由を持っていない仁は、長らく居心地の悪さを感じていた。  しかし、名付けのプロとしてやってきた公認命名士との出会いによって、仁の名前に対する意識は徐々に変わっていく・・・・・

血を吸うかぐや姫

小原ききょう
ホラー
「血を吸うかぐや姫」あらすじ 高校生の屑木和也の家の近くには、通称お化け屋敷と呼ばれる館があった。 大学生が物置に使っているという噂だが、どうもおかしい。 屑木の友人がある日、屋敷に探検に行ったその日から、屑木の日常が崩れ始める。 友人の体の異変・・体育教師の淫行・・色気を増す保険医 それら全てが謎の転校生美女、伊澄瑠璃子が絡んでいるように思われた。 登場人物 葛木和也・・主人公 小山景子・・お隣のお姉さん 小山美也子・・景子さんの妹 伊澄瑠璃子・・転校生 伊澄レミ・・瑠璃子の姉 神城涼子・・委員長 君島律子・・元高嶺の花 佐々木奈々・・クラスメイト 松村弘・・主人公の友達 黒崎みどり・・伊澄瑠璃子の取り巻き 白山あかね・・伊澄瑠璃子の取り巻き 吉田エリカ・・セクシー保険医

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...