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スポーツ少女、加藤ゆかりの誘い

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◆スポーツ少女、加藤ゆかりの誘い

「あれえ、鈴木じゃん」
 快活そうな声が廊下に響き渡った。 
「何やってんの? こんな所で」
 まさか、加藤に透明化を冷まして元に戻るのを待っているところ、とも言えない。

 けれど、旧校舎の廊下で加藤ゆかりに声をかけられた時には透明化は終わっていたようだった。睡魔と戦う時間が短いほど、透明している時間も短いらしい。
「鈴木、どっか部活に入ってるの?」
 ショートヘアの加藤ゆかりのくりくりした目が好奇心で輝いている。

「文芸サークルに・・入ったばかりなんだ」
 何か部活名を出すのが後ろめたい気がした。入部動機があれなだけに。
「へえっ・・鈴木は文学青年なんだ・・道理で・・」
「影が薄いだろ」僕は加藤さんの先を読んで言った。
「そうそう。鈴木って、影が薄いよねえ」
 何がおかしいのか、そう言って加藤ゆかりはけらけらと笑った。失礼な奴だ。

「加藤は陸上じゃないのか?」僕がそう訊ねると、
「ああ、私ね。茶道部と兼部してるんだよ」と加藤は言った。
「茶道部?」
「ああ、今、似合わねえ、とか思ったでしょ」
 思った。思った。全然イメージがない。
「仕方ないじゃん。お母さんの意向で、茶道をする条件で、陸上をやらしてもらってるんだから」
 いろいろ、あるもんだな。陸上に、茶道に、水沢さんと勉強会・・
 できれば、勉強会の方は変わってやってもいいぞ。
 無理かあ・・

 加藤は「ちょうどよかったわ」と言って、
「部活って、まだやってんの?」と僕に訊ねた。
 わが文芸サークルには始まりの時間もなければ終わりの合図もない。
「いや、とくに終わりがないというか」
 曖昧な返事をしていると、加藤は。
「それならさあ・・このあと、時間、作れない?」と言った。
 え?
 時間を作る・・どういうこと?
「帰りに、お茶、できないかなあって?」
 お茶?・・茶道か何か?
「お茶って?」と加藤に訊くと、
「お茶って、喫茶店のことじゃない!」
 そんなこともわからないのか、という顔をされ「女の子が誘ってるんだよ」と言った。

 わからないよ。僕は女の子と喫茶店なんて言ったこともないのだから。まず、こうして加藤のような活発スポーツ系女子と話すことさえ稀なことなんだ。
 
それに、何で、僕が加藤と学校帰りに喫茶店に・・

「鈴木、いいよね」
 加藤が念を押すように問う。
「でも、一応、部長に言わないと・・」僕が渋っていると、
「それは、まかせなさい」
 僕の言葉を無視するように加藤の体は文芸サークルの部室の向かった。
 気がつくと、加藤は部室のドアを開いていた。
「お邪魔っしま~す」
 加藤の元気かつ大きな声のあとに続いて、僕は部室に入った。

「鈴木くん、ずいぶん長いトイレだと思ったら、加藤さんと遊んでたのね」
 速水さんが呼んでいた文庫本から顔を上げ、眼鏡をいつものようにくいと上げ、皮肉たっぷりに言った。

「あれえ、速水さんじゃない・・それに・・・・ええっと、小清水さん・・」
 小清水さんの名前を言うのに時間がかかったぞ。僕と同じく影が薄いからか。
 小清水さんは加藤のようなタイプが苦手なのか、俯いている。

「あら、加藤さん?」
 速水さんが訝しげな眼で加藤に言った。おそらく場違いな人種が入ってきたと思ったのだろう。
「スポーツバリバリの加藤さんがこんな薄暗い、いえ、影の薄い人が集まっている部屋に何か用なのかしら?」

 速水さんはすごく丁寧に話しているが、加藤のような人種を撥ねつけるような雰囲気を醸し出している。

「速水さん、ここの・・文芸部?・・ここの部長は誰なの?」
「私よ」
 速水さんが眼鏡をくい上げし答えると、加藤は、
「ちょっと、鈴木くんを貸して欲しいなって思って・・いいかな?」
 加藤の言葉に速水さんは、
「いいわよ。好きに使ってちょうだい」と答えた。
 小清水さんは「ええっ」と声を出した。
 
 加藤は僕の方に向き直り、
「というわけで、鈴木くん、お茶・・喫茶店に行きましょ!」と言った。

 加藤の「喫茶店」という言葉に、いち早く小清水さんが反応を示した。不安そうな顔をしている。速水さんは再び読んでいた文庫本に顔を戻した。
 そんな二人を残して、僕は加藤ゆかりと喫茶店に行くことになった。
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