上 下
8 / 330

透明化能力を使ってみる

しおりを挟む
◆透明化能力を使ってみる

 僕の能力は稀有なものなのか?
 おそらく、そうだと思う。こんな話、今まで聞いたことが無い。
 そして、僕と同じ透明化になることのできる人間が他にもいるのだろうか?
 それは、わからない・・
 誰かに聞くわけにもいかないし、もしそんな人間がいたとしても隠すに決まっている。
 
 そして、この病気は治るのか?
 これもわからない。まだ数日しか経っていない。

 もし治って、普通の人間に戻ってしまうのなら、
 その前に、治る前に、この不思議な能力、透明化を何かに使ってみるのもありだ。

 どうせなら、人のため、誰かのためになることはないのだろうか。
 
 と・・その前に、僕は健全な高校男子だ。
 銭湯・・女子更衣室・・
 そこまで考えて・・
 いやいや、ダメだ! それはダメだ! と僕は首を振った。
 どこに僕の母や、あの文学少女っぽい速水沙織のような僕が見える人間がいるとも限らない。通報されるぞ。
 何て不便な能力だ!

 そう思いながら僕は既に透明化を試みていた。心と体は一体ではないらしい。 
 古典の次は父の蔵書の百科事典を読み始めた。眠気と戦うことが目的、透明化が目的、そして、眠気の度合いが深いほど、透明化の時間は長くなる・・
 そんな僕の仮説の試みだ。
 
 壁掛け時計を見る。時間は夕方の4時。
 両手を見る。首から下を見る。透明化すると、眼鏡もかけているのかどうかわからなくなる。下半身を見ると頭がふらふらしてくる。
 パンツも見えないし、当然、手が見えないから、トイレに行くことはできないな。
 なにせ体全体が見えないのだから・・
 そう思うと、怖くなるが、そんな時は目を瞑る。
 体全体に力を込める・・すると、血が流れているのが実感できる。
僕は生きている。 

 あれ? 僕は完全に透明化している・・そう思っていたが、よく見ると、体が見える。透明なのに見える。どういうことだ?
 体の四肢がゆらゆらと揺れる半透明のゼリー状のように見え、それが僕の透明化した体だと認識できる。
 神経? あるいは脳が体を意識して、目に体の構造を伝えているのだろうか。
 目に見えないものを脳が補っている。そんな感覚だ。
 手足の動きが分かるし、物も掴めるぞ!
 助かる。これだとトイレに行ける!
 いやいや、それだけではない。他に透明中にもいろんなことができる。

 階下に降りて、玄関の鏡を見ると、完全透明だ。
 手足、胴体は何となく感じるし、目で見ると透明なのにゼリーのように見える。
 靴もちゃんと履けた。すごい! 至極当たり前のことに感動を覚える。
 体が透明になったことを確認すると、僕はこっそりと外に出た。

 行先は決まっている・・
 水沢純子の家だ。
 心臓の鼓動が何割か増す。
 
 水沢純子の家に行ったから、どうこういうわけでもない。
 彼女自身に会うわけでもない。第一、今、家にいるかどうかもわからない。

 透明化を維持している時間を測りたい。そんなこじつけの理由もある。
 だが、時間を計測しようにも腕時計が見えない。腕に巻いているはわかるのに見えない。
 何て不便なんだ!
 これじゃ魂だけが浮遊しているのと同じじゃないか!

 家を出てから30分以上は経っているはずだ。よほど、百科事典の相対性理論が面白くなかったのか、まだ透明化を保っている。
 車にひかれないように、自転車にぶつからないように、歩行者にも気をつけて歩き続ける。
 僕を認識している人はいないようだ。

 住所だけを頼りに水沢さんの家を探す。
 住所の末尾が「501」なので、団地か、マンションなのだろう。少なくとも戸建てやアパートではないはずだ。

 近くに7階建ての高級マンションが見えた。
 オートロック付のマンションだ。外から見てもそれはすぐに分かった。
 かくして、僕のささやかな冒険は終わった。
 これでは、水沢さんの家を見つけて、その前に来てもどうすることもできない。
 いや、何かをするつもりでもなかったが、家の場所がわかっただけに過ぎない

 もう帰ろう・・僕の透明化が終わり、クラスの奴らに見つかって、水沢さんの家の周りをうろついていたと噂されたら大変だ。

 そう思った時だった。
「鈴木くん?」

 声の方向には、学校帰りなのか、塾の帰りなのか、わからないが、
 制服姿の水沢純子が立っていた。
 教室での彼女ように、夕暮れ時の日差しが後光となって彼女を輝かせている。
 こんな間近に水沢さんの顔を直視できたのは初めてだ。
 それよりも・・
 えーっ! 
 水沢さんには速水沙織や僕の母と同じように僕が見えている!
 と、思ったが、
 いつのまにか、僕の透明化は終わっていた。僕の腕、下半身、当然、腕時計は見えている。
 時刻は5時。
 ちゃんとした服を着ていてよかった。といっても、ジージャンにいつもの穿き古したジーンズだったが。
 
「鈴木くんの家って、この辺りなの?」
 訊かれて当然だ。
 声がうまく出ない。こんな時、どんな返事が適切なのか?
 どうしよう、どうしよう・・
 何をしゃべっても舌がもつれそうだ。

「純子~っ・・ごめん、ごめーん」
 西の曲がり角からそう言って現れたのは僕の左隣の加藤ゆかりだ。体育会系の彼女はお決まりのショートカット、短めのスカート。快活なイメージの女の子だ。
 ボーイッシュというのは加藤のような女の子を指すのだろう。
 後ろの席の速水沙織とは正反対のイメージがある。

 水沢さんとの二人きりの時間はあっけなく終わった。

 加藤は学校帰りの鞄に買いだしのような袋、スナック菓子が顔を覗かせている。
 おそらく、二人は寄り道をしていて、加藤ゆかりが何かの用で遅れて来たのか・・
 そして、二人は寄り道をするほどの仲だったのか。あんまり共通点もなさそうだが。

 そんな憶測をしていると、
「あれ、鈴木じゃん。何してるの? こんな所で」
 僕を認識する時間に遅れがあったぞ。僕は透明でなくても、透明のようなものだ。

「かっ、加藤さんは? どうしてここに?」
 加藤ゆかりは「今から純子の家で勉強会だよ」と言って、
「と言っても、教えてもらうのは私ばっかりなんだけどねえ」と笑った。
 加藤は今日は陸上の部活がなく、親友の純子にわからない箇所を教えてもらうという。ことだ。
そして、「このマンション、純子の家だよ」とマンションの上部を指した。

「それで・・鈴木はここで何してるの?」
 加藤の責め立てるような質問に、水沢さんも僕の顔をじっと見る。

 これまで女の子に顔をまじまじと見られることなんてなかった。影の薄い僕がクラスメイト二人の女子にじっと見られる。
 それも片方は僕の片思いの相手、水沢純子だ。

「さ、散歩だよ」
「はあっ? 散歩って、なんか、じじ臭い。私たち、まだ高校生だよ」
 加藤の呆れ顔を見て水沢さんが微笑む。
「ここ、僕の散歩のコースなんだ。昨日もここを歩いていたんだ。明日も、きっとここを通る」
 苦しく、ひどい言い訳だ。この辺りを歩くのは初めてだし、散歩なんて僕の日課にはない。
 いや、そうでもないぞ。この言い訳だと、また水沢さんに見つかっても行動の正当化ができる。

「ふーん、何か嘘くさあい」と加藤は納得できない様子で言い、
 水沢さんは
「鈴木くんって、健康志向なのね」と言った。
 水沢さんの口から出た2回目の「スズキクン」という言葉だ。

 そして、加藤は何か考えたような顔を見せた後、
「あのさあ。鈴木、このまえさあ、おかしかったよね」
「何が」思いっきり僕はうろたえる。

「ゆかり、鈴木くんがどうかしたの?」
 水沢さんは加藤の顔を見て、次に出る言葉を待つ。
「鈴木、何か、影が薄いんだよねえ」
 改めて、しかも目の前で言われると、むっとする。
 水沢純子が「ちょっと、ゆかり」と制した。
 少し、嬉しくなる。
 おそらく、加藤は昨日の出来事を言っているのだろう。目を凝らして見ていたからな。
 もしかすると、透明になった瞬間を見ているのかもしれない。

「目の前で消えたような気がしたんだよね」
 やはり、
 水沢純子が「ゆかりったら、おかしい」くすりと笑う。
「純子、本当なんだってば」
 僕が「それって、透明人間みたいだな」と先回りして言うと、
 加藤は大きな声で、「そうそう、透明人間・・」と言って、
「だんだん透明に・・」と言いかけたかと思うと、「そんなわけないかあ・・」と話をストップした。
 加藤は「鈴木に限ってね」と付け足した。

 加藤は確かに「だんだん透明に」と言った。
 瞬間ではなかったのか? 自分でもそこまで確認していなかったけど、他人から見ればそう映るのか?

 そんなハラハラするような、夢のような時間はどれくらい続いたのだろう。
 水沢さんが加藤に「そろそろ」と言ったのを皮切りに、
「じゃあねえ・・鈴木」と加藤が元気よく手を振り、
「鈴木くん、また学校で・・」と水沢純子がまた優しく微笑み、
 二人は談笑しながらオートロック付のマンションの中に消えた。

 僕は二人を見送りながら、
 やったっ、やったあっ!
 出会いこそおかしかったが、あの水沢純子と話ができたぞ!
 初めてだ!
 それも「また学校で・・」だってさ。
 水沢さんの家に向かった時のドキドキとはまた違ったドキドキがしていた。

 既に僕の足は家に向かっていた。Uターンだ。この先には進まなかったが素敵な散歩だった。
 今頃、水沢さんは加藤と楽しくお勉強会の最中だろう。僕は家に帰って一人勉強だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

思い出の第二ボタン

古紫汐桜
青春
娘の結婚を機に物置部屋を整理していたら、独身時代に大切にしていた箱を見つけ出す。 それはまるでタイムカプセルのように、懐かしい思い出を甦らせる。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

俺のメインヒロインは妹であってはならない

増月ヒラナ
青春
 4月になって、やっと同じ高校に通えると大喜びの葵と樹。  周囲の幼馴染たちを巻き込んで、遊んだり遊んだり遊んだり勉強したりしなかったりの学園ラブコメ 小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n4645ep/ カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054885272299/episodes/1177354054885296354

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。  一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。  かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。  芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。  乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。  その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...