檻の中の少女 ~ 集落で飼われる子供たち

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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商店街の車③

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 当然、集落の人に聞こえていないはずがありません。
 軍服のザミの動きがピタリと止まりました。
 白衣のキリエは、声の方を見て、目を細めてニヤリと笑っています。何か、良い物を見つけた・・そんな顔です。
 その様子を見てか、大男が、
「誰や、今の声は!」と怒鳴り見物客を見渡しました。
 その大きな声に、町の人は悲鳴を上げるようにザザッと後退しました。この場を去ればいいものを、決して家に帰ろうとはしません。

「今、言ったのは、お前か!」大男が、八百屋の御主人を指して言いました。言ったのはうどん屋さんです。八百屋さんではありません。
 指を差された八百屋さんは、勢いよく顔を左右にブルブルと振っています。全くの濡れ衣です。
 ですが、大男は勝手に声の主を八百屋さんだと決めつけたようです。うどん屋さんが名乗りを上げない限り八百屋さんのせいになってしまいます。
「うどん屋のおっさん、おらんで。逃げたんとちゃうか」文哉くんが言いました。
見ると、うどん屋さんの姿は見えません。どうやら逃げたようです。
 ですが八百屋さんは蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くしています。
 カエルは八百屋さんで、ヘビは大男と思いましたが、違ったそうです。
 ヘビは、軍服のザミでした。
 八百屋さんは大男ではなく、双子の姉のザミに見据えられて動けなくなっていたのです。
 おそらくザミの年齢は三〇歳くらいだと思います。そして八百屋さんは50歳くらいでしょう。二〇も下の人に見られて硬直しているのです。
 ザミからは人を動けなくさせるオーラでも出ているのでしょうか。
 姉のザミの後ろで、妹のキリエがニヤニヤと笑っています。服は違っても顔は同じです。この暑い季節に、その顔は真っ白です。

 長いブーツを履いたザミはゆっくりと八百屋さんの方に近づいてきました。
 短いムチを手の平にビシビシと当て、相手を威圧するように鳴らしています。
 こんな人を映画で見たことがありますが、実際に目の当たりにするのは初めてです。

 気がつくと、ザミは八百屋さんの前に立っていました。 
 ザミは息がかかるくらいの距離に顔を寄せ、
「おじさん・・子供らが見てるところで乱暴な口をきいたらあかんよ」と囁くように言いました。
 冷たい声です。冷たいだけではなく、その声には毒気をはらんでいます。
 ザミは、八百屋さんの胸の辺りを人差し指でそっと下から上へと撫で、
「口には気をつけた方がいいわよ」とニヤニヤ笑いながら言いました。笑うと三日月の形の目が更に歪みます。
 八百屋さんは何も言えず、はいはいと頷くだけです。
「言葉には責任を持たんとなあ」ザミはそう言って、
「自分の迂闊な言葉で、家族を危険に巻き込むこともあるんやからねえ」と続けて言いました。
 それは脅かしの言葉です。実際には何もしないと思いますが、言われた方はそうはとりません。自分のせいで家族を危険にさらしてしまうかもしれない。そう思ってしまいます。

 周囲の人も何も言いません。みんな一様にゴクリと唾を飲み込むような表情をしています。
 八百屋さんの身に何かがあれば、町の人も黙ってはいないと思いますが、ザミは何もしていないのです。
 ザミは、脅かしの文句を言うだけ言うと、妹のキリエの元に戻りました。
「ひえっ」
 ようやく八百屋さんが声を出しました。よほど怖かったのでしょう。その場にへたり込んでしまいました。
 明日から、逃げたうどん屋さんと濡れ衣を着せられた八百屋さんは気まずくなることでしょう。

 ザミが男たちの所に戻ると、アケミちゃんの傍らにいた大きな男が、「アケミ、エリコ」と呼び、
「キリエさんが薬局に行っている間、ザミさんが駄菓子屋に連れて行ってくれるぜ」と言いました。
 アケミちゃんの隣にいる髪の長い女の子は「エリコ」という名前のようです。
 問題は男の子です。
 アケミちゃんたちの横には男の子が二人いると思っていましたが、よく見ると全く違いました。
 一人は、集落の檻の中にいた男の子で、僕がアケミちゃんと話をしていたら、怒鳴っていた子です。
 その横にも同じような男の子がいると思ってましたが、大きく違ったのです。
 その顔を見ると、子供ではありません。れっきとした大人です。
 顔は大人ですが、背丈は僕らと同じくらいです。小人のような背格好なのです。
 服もザミのような軍服を着ています。彼女の部下なのでしょうか? いずれにしろ、アケミちゃんの周りには、大きな男と小人のような男がいて近寄れません。
 ですが、大男はさっき言っていました。「駄菓子屋に連れて行ってもらえ」と。
 ならば、行かない訳には行きません。
 僕たち子供が駄菓子屋に行くことは悪いことでも何でもありませんから。

「駄菓子屋に行こう!」
 僕は文哉くんたちに声をかけました。彼らが来なくても、僕一人で行くつもりです。
「もちろんや」文哉くんが強く同意しました。「僕も一緒に行くよ」と松下くんも言いました。ここには僕らを引き留める大人はいません。

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