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序章
イリュージョン
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「ぴゅー太、おうち、見に行こう」
ご主人様が、我輩を抱き上げて、いそいそと車の助手席に乗り込む。そのちっぽけなネイビーブルーの車の中では、ご主人様の彼氏が運転席の背もたれを倒し、退屈そうに待っていた。ご主人様は、このドラッグストアとやらに勤めるナ~ンチャッテ薬剤師の彼氏と結婚予定。我輩には、わからん。この不可思議な臭いをふりまく貧相な男のどこがいいのか。ネット動画を参考に詐欺まがいのメイクをしまくり、モテ女服とやらを着て回遊し、それなりに成果があったご主人様が最後に選んだのがこの男。緑の芝生がどこまでも続く広大なお庭を駆け回り、三度の食事は最高級クリスタルガラスに入れて出される専属シェフが腕によりをかけて作った料理、夜は専用のお部屋のふかふかのベッドでお気に入りのオモチャに囲まれて眠り、天気の良い日は育ちの良い可愛いオトモダチとお散歩デート、という生活を夢見ていた我輩としては、つまらん。本当につまらん。何を好き好んで、こんな冴えない男とくっつかねばならんのか。薬剤師と言うから、我輩、てっきり医者のようなものと思い、つい興奮して尻をフリフリしてしまったが、ご主人様と散歩がてら職場をのぞきに行ったら、あろうことか、彼氏は薄汚れた白衣を着てダンボール箱に入ったカップラーメンを運んでいた。それも、POPとかいう手描きのビラがベタベタと貼られ、雑然と積み上げられた雑多な物で構築された森の中を、買い物カゴを手にした人もどきが目を血走らせさまよう異次元空間で。彼氏は、我輩に気付くと、「よう、ぴゅー太」と声をかけ、我輩の頭を撫でようとしたが、我輩は嫌悪の念を覚えて後ずさりし、逃亡を図った。ご主人様にリードを、がっちり抑えられていて、未遂に終わったが。その異様な店での彼氏の冴えない姿を見た途端、我輩の甘い夢がことごとく消えた。広大な庭、おいしい食事、ふかふかのベッド、可愛い彼女……。イケメンでなくても、チビでもデブでもハゲでも年寄りでもいい、もっと金持ちの男はいなかったのか?アンニュイな栗色に染めた髪は毛先がくるん、メイクでお目目はパッチリ、唇はもっちり。風が吹くとふわりと浮き上がる軽やかなスカートに、細すぎる足を強調する厚底靴。K-POPアイドルを明らかに意識したその姿を、我輩はなかなか可愛いと思うのだが、やはりモリチチでは金持ちゲットは無理なのか。
我輩は、知っている。ご主人様の胸は、偽物である。ぶららーとかいう秘密兵器に脇肉を詰め込んで、盛り上げているのである。その証拠に、ぶららーを外した途端、丸く盛り上がった豊満な胸はどこかへ行ってしまう。これはもう、マジックとしか言い様がない。いつかテレビで見た美人マジシャンのイリュージョンよりも素晴らしいと、我輩はいつも感心している。恐るべし、人類が編み出した最強の秘密兵器、ぶららー。
我輩は、このぶららーの仕組みを解明するため、カップの内側に鼻を突っ込み、においをかいだり爪で引っかいたりした。そうこうするうちに、カップの内側から出てきた、出てきた、何やら丸いふかふかした物が。その正体を暴くため、我輩は、それを抱え込み、奥歯で懸命に噛んだ。ハグハグハグ。すると、「何、やってるのよ、このバカ犬!」というご主人様のヒステリックな声と共に首根っこをむんずとつかまれ、股の間に押さえ込まれて尻をバシバシ叩かれた。マジックの仕掛けを我輩に見破られそうになったご主人様は、カンカンだ。その剣幕に、すっかり恐れをなした我輩は、その謎のふかふかした物体を口から離した。ご主人様の手が伸び、それを、さっと引ったくる。取り返そうとしたら、バゴッと頭を叩かれ、ものすごい目で睨まれた。怖い。我輩は、あきらめた。ご主人様は、プンプン怒りながら、それを手に部屋を出て行った。
あれは一体何だったのか?今もって、謎である。だが、ご主人様にとって宝物であることだけは、確かだ。だから、それ以来、我輩はぶららーを見てもじゃれつかないように心がけ、連日のように繰り広げられるワンダフルなぶららーマジックショーを、見て楽しむだけにとどめている。
我輩のご主人様は、K-POPアイドル風モリチチ美人。そして、ご主人様のマジックは、本当に素晴らしい。まさにイリュージョンである。
ご主人様が、我輩を抱き上げて、いそいそと車の助手席に乗り込む。そのちっぽけなネイビーブルーの車の中では、ご主人様の彼氏が運転席の背もたれを倒し、退屈そうに待っていた。ご主人様は、このドラッグストアとやらに勤めるナ~ンチャッテ薬剤師の彼氏と結婚予定。我輩には、わからん。この不可思議な臭いをふりまく貧相な男のどこがいいのか。ネット動画を参考に詐欺まがいのメイクをしまくり、モテ女服とやらを着て回遊し、それなりに成果があったご主人様が最後に選んだのがこの男。緑の芝生がどこまでも続く広大なお庭を駆け回り、三度の食事は最高級クリスタルガラスに入れて出される専属シェフが腕によりをかけて作った料理、夜は専用のお部屋のふかふかのベッドでお気に入りのオモチャに囲まれて眠り、天気の良い日は育ちの良い可愛いオトモダチとお散歩デート、という生活を夢見ていた我輩としては、つまらん。本当につまらん。何を好き好んで、こんな冴えない男とくっつかねばならんのか。薬剤師と言うから、我輩、てっきり医者のようなものと思い、つい興奮して尻をフリフリしてしまったが、ご主人様と散歩がてら職場をのぞきに行ったら、あろうことか、彼氏は薄汚れた白衣を着てダンボール箱に入ったカップラーメンを運んでいた。それも、POPとかいう手描きのビラがベタベタと貼られ、雑然と積み上げられた雑多な物で構築された森の中を、買い物カゴを手にした人もどきが目を血走らせさまよう異次元空間で。彼氏は、我輩に気付くと、「よう、ぴゅー太」と声をかけ、我輩の頭を撫でようとしたが、我輩は嫌悪の念を覚えて後ずさりし、逃亡を図った。ご主人様にリードを、がっちり抑えられていて、未遂に終わったが。その異様な店での彼氏の冴えない姿を見た途端、我輩の甘い夢がことごとく消えた。広大な庭、おいしい食事、ふかふかのベッド、可愛い彼女……。イケメンでなくても、チビでもデブでもハゲでも年寄りでもいい、もっと金持ちの男はいなかったのか?アンニュイな栗色に染めた髪は毛先がくるん、メイクでお目目はパッチリ、唇はもっちり。風が吹くとふわりと浮き上がる軽やかなスカートに、細すぎる足を強調する厚底靴。K-POPアイドルを明らかに意識したその姿を、我輩はなかなか可愛いと思うのだが、やはりモリチチでは金持ちゲットは無理なのか。
我輩は、知っている。ご主人様の胸は、偽物である。ぶららーとかいう秘密兵器に脇肉を詰め込んで、盛り上げているのである。その証拠に、ぶららーを外した途端、丸く盛り上がった豊満な胸はどこかへ行ってしまう。これはもう、マジックとしか言い様がない。いつかテレビで見た美人マジシャンのイリュージョンよりも素晴らしいと、我輩はいつも感心している。恐るべし、人類が編み出した最強の秘密兵器、ぶららー。
我輩は、このぶららーの仕組みを解明するため、カップの内側に鼻を突っ込み、においをかいだり爪で引っかいたりした。そうこうするうちに、カップの内側から出てきた、出てきた、何やら丸いふかふかした物が。その正体を暴くため、我輩は、それを抱え込み、奥歯で懸命に噛んだ。ハグハグハグ。すると、「何、やってるのよ、このバカ犬!」というご主人様のヒステリックな声と共に首根っこをむんずとつかまれ、股の間に押さえ込まれて尻をバシバシ叩かれた。マジックの仕掛けを我輩に見破られそうになったご主人様は、カンカンだ。その剣幕に、すっかり恐れをなした我輩は、その謎のふかふかした物体を口から離した。ご主人様の手が伸び、それを、さっと引ったくる。取り返そうとしたら、バゴッと頭を叩かれ、ものすごい目で睨まれた。怖い。我輩は、あきらめた。ご主人様は、プンプン怒りながら、それを手に部屋を出て行った。
あれは一体何だったのか?今もって、謎である。だが、ご主人様にとって宝物であることだけは、確かだ。だから、それ以来、我輩はぶららーを見てもじゃれつかないように心がけ、連日のように繰り広げられるワンダフルなぶららーマジックショーを、見て楽しむだけにとどめている。
我輩のご主人様は、K-POPアイドル風モリチチ美人。そして、ご主人様のマジックは、本当に素晴らしい。まさにイリュージョンである。
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