コミュ障の魔術師見習いは、バイオリニスト志望?の王子と魔物討伐の旅に出る

きりと瑠紅 (きりと☆るく)

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終章 賢者との邂逅

賢者との邂逅①

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 軍事演習に召集された兵士たちは、先発隊、本隊、後発隊の三つの隊に分けられ森の中を進む。
 先発隊は、腕の立つ若手兵士に魔物討伐経験のあるベテラン兵士、サーチャーと呼ばれる魔物探知を主業務とする軍属魔術師2名の総勢20名で構成され、定められたルートを先行し、ゆらぎに弱いとされる魔物マッドキャタピリア――カブトムシの幼虫が巨大化したかのような生物で、身をくねらせて進み、強い顎で何でも噛み砕く上、危険を察知すると臭いガスを放って敵を悶絶させる――以外を討伐し、本隊に合図を送る。本隊は、ロレンツィオ王子、ベルナンド王子、アナイスの職場体験学習参加者3名とそれぞれの専属護衛、全隊を指揮する総隊長、総隊長補佐、サーチャー2名の総勢10名。先発隊から合図が出たら、合流し、ロレンツィオ王子中心にマッドキャタピリアの討伐をする。後発隊は、腕の立つ若手兵士に魔物討伐経験のあるベテラン兵士、サーチャー、伝令の総勢20名で構成され、本隊の後ろから付いていき、不測の事態に備えると同時に、最悪の事態には、アナイスたち3名を、優先的に森の入り口に設けられた討伐隊本部まで連れて行く役割を、与えられている。この後発隊には、表向きは三隊を自由に行き来する伝令役、実際には陰でアナイスたちの警護に当たる裏護衛が5名いて、その中にオーギュストが名を連ねている。ちなみに、オーギュストが専属護衛ではなく裏護衛なのは、アナイスがオーギュストを見ると固まるという情報が共有されたからである。
 初日の討伐は、面白いくらいに、上手くいった。先発隊から合図が出て本隊が森の奥へ進むと、マッドキャタピリアが数体、ルート上でうごめいている。気づかれないように、ロレンツィオ王子がバイオリンを構え、心を込めてビブラートを効かせた演奏をする。すると、マッドキャタピリアが、ぴたりと動きを止める。その隙に、ベルナンド王子が一体一体、計測し、記録。たまに王子が近づいただけで派手に動くものもいたが、その場合は、アナイスが杖を出して「待て」と命じれば、動きを止めた。マッドキャタピリアにとどめを刺すのは、後発隊の仕事。本隊が次のポイントへ移動を開始してから、行う。体験学習参加者に、魔物を殺害する場面を見せないためだ。
 この方法で、最初の野営地に辿り着いたときには、合計15体、マッドキャタピリアを狩ることが出来ていた。ただ、そのためにロレンツィオ王子は合計7回、バイオリン演奏を行っており、緊張も手伝って左腕や左肩が硬くなり、気持ちも乗らなくなってきていた。
 野営地で、本隊のメンバーと共に焚き火を囲み、温め直されたパンと何も具が入っていないスープを口にする。これが妙においしい。スープは、携帯用に乾燥させたものを、焚き火で沸かしたお湯を注いで作る。味が何種類か用意されているので、次はキノコのポタージュにしようなどと先の楽しみが出来る。
 オーギュストは、アナイスの視界に入らないように、こそこそ動いているが、楽しそうだ。いつの間にやらカブトムシやクワガタなどの昆虫を採集し、伝令(実は裏護衛)仲間と戦わせて、盛り上がっている。ロレンツィオ王子も参加したそうにしてはいたが、大儀なのか、その場を動かなかった。
 アナイスが、うつらうつらし始めた。イザベラがアナイスを促してテントへと消える。ロレンツィオ王子とベルナンド王子は、香りの良いお茶が入ったコップを手に、焚き火の側に座っている。チロチロと揺れるオレンジ色の炎。それにあぶり出されるように、王子二人のそれぞれの想いが、言葉になって溢れ出る。
 先に口を開いたのは、ベルナンド王子だ。彼には、婚約破棄宣言をした兄王子の本音を聞き出すという使命があった。だが、今となってはどうでもいいこと。心は、既に、翌日の討伐に向いている。
 「今日のは、恐らく小手調べだと思う。明日は、もっとマッドキャタピリアが出てくると思うけど、腕は大丈夫?痛むんだろ?」
 「う……ん。大丈夫と言いたいところだが、どうだろうか?」
 「リタイアする?」
 「したくないけどな」
 「そんなにプロになりたいの?」
 「う――――ん。それ程でも。でも、試験には合格したい。表向きはニコニコしていても、心の中で馬鹿にしている奴らに、一泡吹かせてやりたいのが本音かな」
 「そのためにこれだけの人数が動いているんだよ?酔狂だよね?」
 「発案したのは、理事長だろう?本当にいけ好かない奴だ、軍まで巻き込んで。私が、泣いて許しを請うのを期待したのだな。そうは行くものか。絶対に合格してやる。そして、やり返す。理事長に、『今度は、お前がマッドキャタピリアの前で演奏し、20体以上狩ってみろよ』と言ってやる」
 「理事長も、バイオリン弾くんだったね。それで――兄上は、どっちなの?」
 「どっち、とは?」
 「婚約者のことだよ」
 「私に選ぶ権利があればの話だが……あれだけ冷たくあしらわれても私を支えるというならユリアナ・バートンか な。そうでなければ、ロザリンド。あれは、男の手垢が付いていないいい女だ。自分好みに教育できる」
 「王家による花嫁教育は、今後、行われないらしいよ。兄上が育てたロザリンド王子妃を見たい気がするけど――怖いな」
 「女に翻弄される第一王子のレッテルが貼られてしまっているからな。女って、大人しい顔して男を操縦しようとするのだよ。それがね……」
 「ユリアナ・バートンの嫌なところ?」
 「そうだね。バートン公爵も嫌だしね。あの日、しずしずと花束を持ってきたユリアナを見て、かっとなってしまったのは事実だ。泣いてすがるならまだしも、あのように陰湿なやり方で責めてくるなどと……」
 「学院長の配慮だったらしいよ」
 「どっちにしても、だ。あの場面は、ロザリンドにとって大切な場面だった。晴れの舞台だったのだよ?人々から拍手喝采を浴びて……。だから、それぐらい大人しく祝ってやれよ、と言う気持ちかな、自分は後々盛大に祝ってもらえるのだから……私と結婚したらね。後付けだけどね」
 「牢の中で考えた……?」
 「そうだね……あれはいい経験だったな」
 いい経験か。何事もポジティブに乗り越えていく兄王子は、名君の器だ。今回の婚約破棄宣言騒動を上手く納めたら、新しい時代の幕を開けるのだろう。そのために、必要なのは……。
 ベルナンド王子が深い思考の海に沈みかけたとき、突然、アナイスのテントが発光し、遅れて闇夜をつんざく悲鳴がした。イザベラだ。
 「ぎゃああー、アナイス様がいなくなったぁぁぁ」
 伝令部隊が駆けつけ、テントの中をくまなくチェックする。
 「自動転移したかも知れない。イザベラは、振り出しに戻って待機して」
 オーギュストの言葉に「ぇええー嫌だあ」といいながらもイザベラは、呪文を唱えて魔法陣を出し、その中に飛び込む。
 総隊長も駆けつけ、てきぱきと指示を出した。
 「非常事態発生。全員、十分に警戒のこと。サーチャー、周辺に魔物がいないかチェックしろ」
 魔物探知の任を与えられた軍属魔術師たちが、両手を掲げ、周辺の気配を探る。やがて彼らは、互いに顔を見合わせ、首を左右に振ると、困った様子で総隊長に報告した。
 「結界を張ってありますし、それらしいものは、いないようです」
 「そうか、では合図を送れ」
 本隊付のサーチャーが重々しく頷くと人差し指を立て、夜空を指す。と、その指先から発光弾が上がり、夜空の高いところで、ぱあん、と大きな音を立てた。
 待つこと数分、焚き火の側の小さな空き地に魔法陣が出現した。その中央に、アナイスとイザベラが現れる。びっくり眼のアナイスと手をつないだイザベラは、肩で大きく息をしていた。
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