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第三章 夢の続き
夢の続き④
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王子二人の同意は取り付けた。だが、国王には、それだけで終えるつもりはなかった。これを期に、弱冠14歳とは思えない思慮深さがあるベルナンドとは、もっと突っ込んだ話をし、先々への布石にしたい。
「それで……兄上はどうなりますか?」
「まだ、分からん。何も言わんからな。王家が教育を施した結果、ユリアナ嬢がロレンツィオに疎まれるようになってしまったのだとしたら、王家としては何らかの補償をせねばならんし、あのようなことをしでかしたロレンツィオ自身も何らかの罰を受けねばならん。ロザリンド嬢は、会ったことはないが、魅力的な女性なのだろうな。バートン公爵が大人しく引いてくれたら、彼女と結婚させてもいいのだが……。そう上手くは行かんだろう。……其方たちは、ロレンツィオから何か聞いていないか?」
「特に何も。聞いても答えてくれないでしょう。誰か兄上の真意を知る者はいないのですか?」
「友人と呼べるような者が周囲にいないようなのだ。だから芸術学院など……我が、最初に勧めたのは他国への留学なのだが」
「ユリアナ様が先に進学を決めて、『それなら自分も』ってなったのでしたね。治世に関することは後で学べるからと」
「当時は、彼女と一緒にいたいのだと思って許したが、その実、留学が嫌で、ユリアナ嬢を隠れ蓑にしただけかも知れん――。気の早い彼奴の祖母に言われて彼女と心置きなく過ごせるように学院の近くに屋敷を用意したのはいいが、結果として、別の女と過ごすのに使われてしまった……。そうか、真意を知る者がいないなら探らせればいいのだな……そういったことが得意なのは誰か。軍師?騎士団長?それとも――」
「魔術師?」
国王の心臓が、どくん、と跳ねた。ぴたりと当ててきた、そんな気がする。
国王は、ベルナンドの顔を改めてみる。表情に変わりはない。話の流れで言ったに過ぎないようだ。だが、――本当に?
「魔術師か……魔術師を使うのは、禁忌ではないのか?」
国王の問いに、レナートは、深く頷きながら答える。
「魔法を使って働きかけなければ、問題ありません」
「魔法を使わずに相手に心を開かせる魔術師……」
考え込む程のことではない。国王の脳裏に、すぐさま浮かんだのは、小花柄のワンピースを身につけたお団子頭の少女の姿。庇護欲をそそる、痩せこけたリスのような魔術師見習い。
「あの娘はどうか?桜の花片の……」
「アナイスでございますか?あの魔法は見事でございましたね。ですが、あの娘は無理でしょう」
「ダルトン卿が許さんか?」
「恐らく。彼女は、極度のコミュ症――他者と上手くコミュニケーションをとることが出来ない人物で、人前では固まってしまうので、ロレンツィオ王子から話を聞き出すなどとてもとても……ダルトン卿が人に慣らそうと腐心していますが、上手くいかないようです」
「ルクシアは、ペラペラ喋っておったが?」
「アナイスも、珍しくリラックスしていました。あれは、例外中の例外かと。王妃様のお人柄によるものでしょう。ダルトン卿もいましたし……」
「そのアナイスというのはどなたですか?」
ベルナンド王子が、話に加わる。表情に大きな変化はない。が、興味を引かれているのは明らかだ。
「ダルトン卿の弟子の魔術師だ。エミリオくらいの年齢の……」
国王の説明に、レナートが補足する。
「アナイスは、確か14です。ベルナンド様と同じ年かと」
「私と同じ年の魔法が使える女の子……?」
「魔法は使えません。ダルトンが封印しています。感情制御ができなくなって暴走すると厄介ですから。魔法陣に興味があり、あれこれデザインしてはダルトンに見せています」
「あの娘か……」
国王は、遠い目をして、言葉をこぼす。
「あの娘が考案したという桜の魔法は見事じゃった……。興奮したわ」
レナートが、コホンと咳払いする。国王は、「にはは」と笑った。途端に立ちこめる生温かい空気……。ベルナンドは、エミリオを見る。その瞳をエミリオが不思議そうに見返す。
しばしの静寂のあと、ベルナンドは、何事もなかったかのように、柔らかい声音で言った。
「分かりました。私が、その娘に会いましょう。その上で判断すればいいのでは?」
「其方が?」
驚いたようにベルナンド王子を見る国王。
「母上と心を通わせることができたのなら、兄上とも上手くいくかも知れません。私が行って見てきます。その時の礼をしに来たと言えば、警戒されることもないでしょう」
ベルナンドが動く。これが意味するものは?答えは、まだ国王の胸の内にはない。だが、会いに行くぐらいなら許してもいいような気がした。
「そうだな……前向きに考えておこう。それと……これだけは確認しておきたいのだが――、其方たちの母は、特殊能力を持っているか?」
「特殊と言いますと?」
「ルクシアが怒ったとき、何やらチリチリと音がすることはなかったか?何かが爆ぜる音がして物が壊れたり……」
「特には……」
考え込むベルナンドに「僕、知ってる!」と意気込むエミリオ。
「エイダがいるとき、チリチリしてた!エイダが僕に近づくとね、母上がチリチリってして、バンバンって音がするの」
「それか!見たことがある。私は中庭にいて、母上は室内にいた。母上の醸し出す空気が冷たくて、何だろうって思って窓越しに見ていた。エイダも、怖い顔していたな……そのあとすぐにエイダが辞めて――彼女が何か粗相をして母上がやめさせたのだと思っていたけど……母上が怒るなんて、あまりないことだから記憶に残っていた。何があった?」
エミリオは、ぶんぶんと首を振る。何かを強く振り払うかのように。と――。
「僕、怖いんです!そういうの、母上にしか分からないんです。だから、僕は、母上がいないと不安で……だから早く返してください、母上を、元気なままで。僕、弟なんて要りませんから!」
涙目になって必死に訴えるエミリオの周囲で、パチッパチッと何かが弾ける音がする。
「「これか!」」
国王とベルナンドは、両目を見開き同時に叫んだ。ルクシアとエミリオには何か特殊な能力が備わっていて、それを知っている何者かが、エミリオを狙ったことがある。気づいていたのはルクシア唯一人。そして、エミリオを守ったのも……。
「我は、この20年間、一体、何を見ていたのだろう……」
国王は、ぼやく。恋い焦がれ、一緒になった女と見ている景色が違う。歩んでいる道も、また。同じ景色を見たい、共に歩みたいと思って結婚したはずなのに――。だが、それに気づいた今、変えることは出来るはず。共に歩んでいけるようにと。王妃ルクシアが疲弊し、壊れてしまう前に。
それぞれが歩む道を方向だけでも近づけて、あの頃の夢の続きを、妻や子供たちと共に見たい。誰一人欠けることなく……。そんな想いが、彼を内から激しく揺さぶった。
「それで……兄上はどうなりますか?」
「まだ、分からん。何も言わんからな。王家が教育を施した結果、ユリアナ嬢がロレンツィオに疎まれるようになってしまったのだとしたら、王家としては何らかの補償をせねばならんし、あのようなことをしでかしたロレンツィオ自身も何らかの罰を受けねばならん。ロザリンド嬢は、会ったことはないが、魅力的な女性なのだろうな。バートン公爵が大人しく引いてくれたら、彼女と結婚させてもいいのだが……。そう上手くは行かんだろう。……其方たちは、ロレンツィオから何か聞いていないか?」
「特に何も。聞いても答えてくれないでしょう。誰か兄上の真意を知る者はいないのですか?」
「友人と呼べるような者が周囲にいないようなのだ。だから芸術学院など……我が、最初に勧めたのは他国への留学なのだが」
「ユリアナ様が先に進学を決めて、『それなら自分も』ってなったのでしたね。治世に関することは後で学べるからと」
「当時は、彼女と一緒にいたいのだと思って許したが、その実、留学が嫌で、ユリアナ嬢を隠れ蓑にしただけかも知れん――。気の早い彼奴の祖母に言われて彼女と心置きなく過ごせるように学院の近くに屋敷を用意したのはいいが、結果として、別の女と過ごすのに使われてしまった……。そうか、真意を知る者がいないなら探らせればいいのだな……そういったことが得意なのは誰か。軍師?騎士団長?それとも――」
「魔術師?」
国王の心臓が、どくん、と跳ねた。ぴたりと当ててきた、そんな気がする。
国王は、ベルナンドの顔を改めてみる。表情に変わりはない。話の流れで言ったに過ぎないようだ。だが、――本当に?
「魔術師か……魔術師を使うのは、禁忌ではないのか?」
国王の問いに、レナートは、深く頷きながら答える。
「魔法を使って働きかけなければ、問題ありません」
「魔法を使わずに相手に心を開かせる魔術師……」
考え込む程のことではない。国王の脳裏に、すぐさま浮かんだのは、小花柄のワンピースを身につけたお団子頭の少女の姿。庇護欲をそそる、痩せこけたリスのような魔術師見習い。
「あの娘はどうか?桜の花片の……」
「アナイスでございますか?あの魔法は見事でございましたね。ですが、あの娘は無理でしょう」
「ダルトン卿が許さんか?」
「恐らく。彼女は、極度のコミュ症――他者と上手くコミュニケーションをとることが出来ない人物で、人前では固まってしまうので、ロレンツィオ王子から話を聞き出すなどとてもとても……ダルトン卿が人に慣らそうと腐心していますが、上手くいかないようです」
「ルクシアは、ペラペラ喋っておったが?」
「アナイスも、珍しくリラックスしていました。あれは、例外中の例外かと。王妃様のお人柄によるものでしょう。ダルトン卿もいましたし……」
「そのアナイスというのはどなたですか?」
ベルナンド王子が、話に加わる。表情に大きな変化はない。が、興味を引かれているのは明らかだ。
「ダルトン卿の弟子の魔術師だ。エミリオくらいの年齢の……」
国王の説明に、レナートが補足する。
「アナイスは、確か14です。ベルナンド様と同じ年かと」
「私と同じ年の魔法が使える女の子……?」
「魔法は使えません。ダルトンが封印しています。感情制御ができなくなって暴走すると厄介ですから。魔法陣に興味があり、あれこれデザインしてはダルトンに見せています」
「あの娘か……」
国王は、遠い目をして、言葉をこぼす。
「あの娘が考案したという桜の魔法は見事じゃった……。興奮したわ」
レナートが、コホンと咳払いする。国王は、「にはは」と笑った。途端に立ちこめる生温かい空気……。ベルナンドは、エミリオを見る。その瞳をエミリオが不思議そうに見返す。
しばしの静寂のあと、ベルナンドは、何事もなかったかのように、柔らかい声音で言った。
「分かりました。私が、その娘に会いましょう。その上で判断すればいいのでは?」
「其方が?」
驚いたようにベルナンド王子を見る国王。
「母上と心を通わせることができたのなら、兄上とも上手くいくかも知れません。私が行って見てきます。その時の礼をしに来たと言えば、警戒されることもないでしょう」
ベルナンドが動く。これが意味するものは?答えは、まだ国王の胸の内にはない。だが、会いに行くぐらいなら許してもいいような気がした。
「そうだな……前向きに考えておこう。それと……これだけは確認しておきたいのだが――、其方たちの母は、特殊能力を持っているか?」
「特殊と言いますと?」
「ルクシアが怒ったとき、何やらチリチリと音がすることはなかったか?何かが爆ぜる音がして物が壊れたり……」
「特には……」
考え込むベルナンドに「僕、知ってる!」と意気込むエミリオ。
「エイダがいるとき、チリチリしてた!エイダが僕に近づくとね、母上がチリチリってして、バンバンって音がするの」
「それか!見たことがある。私は中庭にいて、母上は室内にいた。母上の醸し出す空気が冷たくて、何だろうって思って窓越しに見ていた。エイダも、怖い顔していたな……そのあとすぐにエイダが辞めて――彼女が何か粗相をして母上がやめさせたのだと思っていたけど……母上が怒るなんて、あまりないことだから記憶に残っていた。何があった?」
エミリオは、ぶんぶんと首を振る。何かを強く振り払うかのように。と――。
「僕、怖いんです!そういうの、母上にしか分からないんです。だから、僕は、母上がいないと不安で……だから早く返してください、母上を、元気なままで。僕、弟なんて要りませんから!」
涙目になって必死に訴えるエミリオの周囲で、パチッパチッと何かが弾ける音がする。
「「これか!」」
国王とベルナンドは、両目を見開き同時に叫んだ。ルクシアとエミリオには何か特殊な能力が備わっていて、それを知っている何者かが、エミリオを狙ったことがある。気づいていたのはルクシア唯一人。そして、エミリオを守ったのも……。
「我は、この20年間、一体、何を見ていたのだろう……」
国王は、ぼやく。恋い焦がれ、一緒になった女と見ている景色が違う。歩んでいる道も、また。同じ景色を見たい、共に歩みたいと思って結婚したはずなのに――。だが、それに気づいた今、変えることは出来るはず。共に歩んでいけるようにと。王妃ルクシアが疲弊し、壊れてしまう前に。
それぞれが歩む道を方向だけでも近づけて、あの頃の夢の続きを、妻や子供たちと共に見たい。誰一人欠けることなく……。そんな想いが、彼を内から激しく揺さぶった。
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