コミュ障の魔術師見習いは、バイオリニスト志望?の王子と魔物討伐の旅に出る

きりと瑠紅 (きりと☆るく)

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第三章 夢の続き

夢の続き③

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 その頃、王妃が王子たちと暮らす離宮では、国王がロレンツィオ王子の弟二人に呼び出され、詰め寄られていた。
 「母上を、本宮のお部屋に閉じ込めて好き勝手していると聞きました。一体、どういうことですか?」
 語気荒く必死の形相で問い質すも、まだまだ可愛らしくて迫力に欠けるのは、第三王子のエミリオ。母譲りのゴールドブラウンの柔らかい髪に父に似た赤紫色が混じった茶色い瞳。丸く張り出した額が愛らしい10歳になったばかりの王子である。
 「それを我に言わすのか」
 ため息交じりにつぶやいた国王は、少し考え込んだのちに、傍らに控えていた魔術師に「説明してやりなさい」と命じた。
 魔術師の名はレナート・アルファーノ。国王付で、近衛騎士と共に常に国王に付き従っている。実年齢よりも老けて見える気弱そうな男だが、生真面目で、職務を放棄することはない。だからこの時も、頬を引きつらせながらも二人掛けのソファーに並んで座る王子二人の背後に回り、両王子の誤解を解くべく小声で囁いた。「両陛下は、子作りに励んでいらっしゃいます」と。
 「え?ええー?僕に弟ができるのですか?」
 驚いて大声を上げるエミリオに対し、小さく挙手をして「私は、妹が欲しいです」と冷静に述べるのは、第二王子のベルナンド。兄ロレンツィオに似た銀の髪に母譲りのアイスブルーの瞳。快活で爽やかな兄と比べると幻想的で物憂げな容姿だが、気丈で才気あふれる14歳。臣下には、兄よりも彼を推す声が強い。
 「そこまでは望んでおらんが……まあ、なんだ、仲良くしたいと思っての」
 頬を赤らめ、目を伏せて話す国王には、トレードマークの威厳が全く感じられない。
 (こんな表情もするんだな)
 珍獣を見るような目で国王を見つめるベルナンド。片やエミリオは、理解が追いつかず、わなわなと震えている。レナートはというと……「無難な言い方が通じたみたいで良かった」と胸をなで下ろしているところだった。
 国王は、言葉を選びながら息子たちに話す。
 「其方たちも知っておきなさい。我が、其方たちの母を囲っているのは、安全上の理由からだ。我のいる場所が、一番守りが強固だからな。夜ごと愛でているのは、まあ、その、なんだ、気持ちの表れである……」
 「気持ちの表れ?」
 不思議そうに聞き返すエミリオの無邪気で愛らしい表情に、国王はとろけそうな自分を感じた。
 「愛しい女の側にいて、そんな気持ちにならない方がおかしいであろう?」
 「そんな気持ちって?」
 「エミー、やめろ」
 ベルナンドが、エミリオの肘を引き、止めに入る。
 「世の中には、聞いていいことと悪いことがある。これは、聞いたら悪いこと。だから、聞くな。そのうちエミーにも分かるようになるから……」
 「そのうちって?」
 ベルナンドを振り仰ぐエミリオの目は反抗的な光を帯びている。だが、それは、捕縛された犯罪者のものとは違い、至極、愛らしい。ベルナンドは、ゴソゴソとソファーに足を上げ、馬に二人乗りをするときのように自分の前にエミリオを座らせると、彼にだけ聞こえるような小さな声であやすように説明する。
 「体が大人になったら、だよ」
 「ベベには分かるの?ベベだって、まだ子供でしょ?」
 エミリオにはベベと呼ばれているベルナンド。その言い方もまた可愛くて、ベルナンドの弟愛は加速する――。
 「年齢的にはね。でも、体は大人だし、婚約者もいるから……、僕には分かるよ。父上の気持ちは」
 天使のように可愛い弟に覆い被さるように後ろから抱きつき、甘い声で説明する精霊の落とし子のような幻想的な容姿の兄王子。国王の頬が緩む。可愛いと幻想的が合わさった至高の芸術品が目の前にある――。
 (すぐにでも画家を呼んで、絵に描いてもらいたい)
 国王の胸の内を読んだのか、魔術師や近衛騎士たち、侍女たちまでも、一様に、うんうんと頷く。そこへエミリオが、「父上、僕も、婚約したいです。もう10歳なんですから、僕だって……」と頬を膨らませ潤んだ瞳で訴えたものだから、(うわああ、可愛い)と声なき声が、そこここから上がる。もだえている者もいる。国王も、一瞬で骨抜きにされた自分を感じた。それでも、必死に立ち直り、言葉を紡ぐ。
 「そのことなのだが……、まだ体も心も出来上がっていない子供のうちから婚約させ、その婚約者を家風になじむように長期に渡って教育するのは、やめようと思う。女性なら16歳、男性なら18歳の結婚できる年齢を過ぎてから、それぞれの家庭で躾けられ健やかに育った相手を選ぶ方が不幸な結果を招かなくていいと思うのだ。だから、エミリオの婚約は、当分、なし。よいな?」
 有無を言わさない物言いに、ベルナンドの腕の中で涙ぐむエミリオ。その頭をよしよしとなでながら、ベルナンドは、「私は、どうなりますか?」と聞く。国王は、「其方の婚約は、継続でいいだろう。だが、王家による花嫁教育は婚姻後に実務的なことだけ行うことにして、基礎的な淑女教育は生家に任せたいと思う」と答えた。
 「それは何故ですか?」
 「個性を尊重したいからだ。王家による花嫁教育は、理想という名の偏った思想を押しつけるだけで、当人の良さを伸ばすものではない。個性がないものは、埋没してしまって本来ならば選ばれない。それなのに、個性のある者を選んで教育した結果、本来なら選ばれないような個性のない人間になってしまった。それでは、教育した意味がない。王家による花嫁教育とは、効き目の強い薬のようなもの。人によっては、毒となり、その人の良さを消してしまう……」
 「それは、誰のことを言っているのですか?ユリアナ様ですか?」
 「ユリアナ嬢も、そうかも知れん。だが、我が言うのは、其方たちの母ルクシアのことだ。我は、幼少期に見初めて婚約したルクシアが、いつの間にかつまらない大人になってしまったため、結婚後は、あまり関わらないようになった。忙しかったこともあるが……。それでも彼女は、王家の一員として立派に振る舞い、我を支えてくれた。そんな彼女が、実は王家が押しつけた理想の王妃という仮面をかぶっているだけで、内面は、我が好きだった朗らかで親切で生気に満ちあふれた夢見る少女のままであると知って……。悔やんだよ。20年の歳月を彼女から目を逸らし、生きてきたことを。結婚したら彼女としたいことが色々あって、その日が来るのを楽しみにしていたというのに。彼女が、王家が望む人物像に自分を合わせた結果、我の望まない疎ましい女になってしまったのだから、忌むべきは王家が施した教育なのに、そこまで考えが及ばず彼女を疎んでしまった。気づかなかったのだ、内面は変わっていないということに。中身は、己が好きになった少女のままなのに。何と愚かなことだ。結婚したら、この人と一緒にしたいと夢見ていたことがたくさんあったのに……」
 「それで、今、一緒にいようとしているのですね」
 「引き留めたいのだ。何としても……ルクシアの心が暗い闇に紛れてどこかへ行ってしまいそうだから……。いつも泰然としている彼女に拒否されて初めて、自分の本当の気持ちに気がついた。我が、愛情を注ぎ、守りたい相手は、ルクシア唯一人だったのだ。そのことを、言葉だけでなく行動で表したくて……我は、恋愛事に関しては、もう年だから時間が惜しくてな……」
 「だって。エミー、父上と母上が仲直りするチャンスだから、少しの間、辛抱しよう?」
 兄の言葉に、エミリオは、渋々うなずく。
 「悪いな、エミリオ。母上ときちんと仲直りできたら、其方たちも呼ぶから……一緒に住んで、毎日、一緒に食卓を囲もう。そういうのが我の子供の頃の夢だった。他にも色々あるが――其方たちと同じ年の頃に考えたことばかりだから、其方たちにとっても楽しいだろう。一緒に実現していこう。だから、今は、其方たちの母と二人で過ごす時間をくれ。絶対に仲直りしてみせるから」
 「分かりました、父上。私の希望は、妹です」
 「僕は、どちらでもいいです」
 冗談めかして言うものの、真意かも知れない王子二人の言葉。そこまでは望んでいない国王も、この二人の下に生まれてくる子はどんな子か見てみたい気がしないでもなかった。
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