コミュ障の魔術師見習いは、バイオリニスト志望?の王子と魔物討伐の旅に出る

きりと瑠紅 (きりと☆るく)

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第二章 アナイスの魔法

アナイスの魔法③

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 「何が起きたっ?」
 部屋の外で待機していた兵士たちが、扉を開け、なだれ込んできた。その中にはオーギュストの姿も見える。騎士団長は、彼らに向かって叫んだ。
 「陛下を!」
 兵士たちは、すぐさま反応し、国王の避難経路を確保する。王妃が何かしたことは間違いない。陛下を、彼女から引き離し、安全な場所へ誘導せねば……。
 「ルクシア、一緒に来るのだ。ルクシア!」
 国王が、王妃を呼ぶ。慌ただしさを増す部屋の中に、一人静かに佇んでいたルクシアは、その呼びかけに反応したかのように、ゆっくりと国王に目線を移した。その姿は、この世のものとも思えないほど、凜として美しい。ただ、王妃の周りに、バチバチと不穏な音を立てて弾ける白く細い筋のようなものが見え隠れしているのが気になった。
 「ルクシアを、早く!」
 国王には、分かっていた。今の爆発は、ルクシアが原因だと。だが、彼女を罰するつもりは毛頭ない。早く彼女を鎮め、この事態をなかったことにしなければ。
 国王の命に一早く反応した兵士が、王妃に近づく。と、王妃の周りの白い筋が、バチンと音を立てた。それと同時に、兵士が片手を押さえてうずくまり、呻き声をあげる。
 見え隠れする白い筋は、強い静電気を帯びた結界のようなものなのだろう。それに触れた兵士が、手に火傷を負ったと考えれば説明はつく。
 ルクシアの祖国には、超常現象を操る術者がいたとされる。彼らを祖先とするのが、現王家。その王家に生まれたルクシアに、彼らが持っていた力の一部が表出したとしても何ら不思議はない。だが、そのきっかけとなったのが、己の妃たちに対する慢心――庇護という大義名分のもと手に入れた他国の姫と何の罪悪感も持たずに快楽に耽る行為――だと考えると、とても冷静ではいられない。恋い焦がれ、望んで手に入れた妃。それは、ルクシアだけ。そのルクシアを、己の不始末から罪人にし、失脚させるのは忍びない――。
 「ロレンツィオ!きちんと謝りなさい。母を、あんな風にしたのは、其方だ」
 自分のことは棚に上げ、国王は、放心状態で床に座り込んでいる王子に命じるが、王子は、ぎゅっと組んだ両手を細かく振りながら、何やら、ぶつぶつつぶやくだけで、事態は一向に好転しない。涙混じりに「ごめんなさい、ごめんなさい……」とひたすら繰り返しているようなのだが、蚊の羽音よりも小さい声では、王妃の耳には一生届くまい。
 (一体、どうしたものか?)
 思案に暮れる国王の前で、何かが弾けた。それをきっかけに、そこかしこで次々と弾けていく、何かが。
 「部屋が崩れる!全員、待避――」
 騎士団長が叫ぶ。
 (ルクシアを残していくわけにはいかぬ)
 国王は、側仕えの魔術師に向かって吠えた。
 「結界を張れ!部屋が崩れるのを防げ!」
 「できません……」
 魔術師は、情けない声を上げる。
 「先ほどから何度も試しましたが、どうしても魔法が発動しないんです。残された手立ては、王妃様のお心を鎮めることですが……」
 ここで、オーギュストが割って入った。彼は騎士だが、王族付の近衛騎士ではない。警備計画に沿って、その時々で王宮を訪れる国内外の要人の警護を担当する護衛騎士だ。表向きは要人の護衛でも、裏の役目は、見張りと止め役。彼らが、王族に危害を加えないように付いて回り、場合によっては身を挺して止める重要な役どころで、王族にも顔を覚えられている。それが、今回、呼ばれているのは、王子が要人扱いとなったからに他ならない。
 「陛下、恐れながら申し上げます。ダルトン卿を呼ばれるのは、如何かと?」
 国王の目が輝く。
 「おお、そうじゃ。レオニーがいる。レオニーを呼べ」
 「はっ」
 魔術師は、口の中で何やら呪文を唱える。と、程なくして暗赤色のカーペットの上に、黄金色の魔法陣が浮かび上がった。中央に、ローブの広袖で顔を隠した人影が見える。
 やがて、魔法陣が消え、影が実体化してその容貌を明らかにすると、室内にいた者たちから「おおーっ」と感嘆の声が上がった。
 神秘的なオーラを身にまとい現れたのは、赤紫がかったダークブラウンの髪の男。そのたなびく髪は、フクシアピンクや群青、ピーッコックグリーンのメッシュが入っていて、まるで夜空に浮かぶオーロラのようだ。顔を隠したローブの袖の下からのぞく、夜空の月のように輝く外縁を持つ二つの瞳は生気に満ちあふれ、自然のことわり全てを知り尽くしたかのような聡明さを感じさせる。
 (これが、この国の筆頭魔術師、レオニー・ダルトン卿の真の姿。何と幻想的で美しい)
 オーギュストは、息を飲んで見つめた。先ほど会ったレオニーとは全く違う。
 体内に魔力が満ちたとき、彼の容貌が変貌することは知っていた。だが、目の当たりにしたのは、初めてだ。普段の気さくで感じの良い、可もなく不可もない男から、思わずひれ伏したくなる絶対神のような神秘的で美しい分類不能な存在に、瞬時にして変わるとは――。
 魅入られているのは、オーギュストだけではない、この場にいるほぼ全員が、呆けたように彼を見つめている。ただ、国王だけは別だった。彼の心は、王妃ルクシアのことでいっぱいだったからだ。
 「レオニー、王妃を止めてくれ」
 懇願するように、国王が言う。
 「承知いたしました」
 レオニーは、にこやかな笑みを浮かべてそう答えると、王妃に向き直った。王妃を取り巻く空気が、ぴりりと張り詰める。警戒しているのだろう。
 レオニーは、舞踏会で貴婦人に挨拶するときのように、片手を前に丁寧にお辞儀をすると、口上を述べた。
 「王妃陛下には、ご機嫌麗しゅう存じます。当方、考案したての魔術がございますれば、王妃陛下には是非、披露いたしたく存じます。お目汚しの機会をいただけますでしょうか?」
 レオニーを猜疑心に満ちた瞳で見つめていた王妃は、つんと澄まして答える。
 「構わぬ」
 「では」
 レオニーが、何やら唱える。と、薄桃色の薄く小さなものが、王妃の目の前に、はらはらと舞い落ちた。王妃は、不思議そうにちゅうを見つめる。これは、一体?  
 「満開の桜の花が風に吹かれて花片はなびらを散らす様をイメージしたものです。題して、『振れ振れ、桜』。私の弟子のアナイスが考案いたしました。何だか胸がワクワクしませんか?――花片の量を増やしましょう。風も、起こしますね」
 レオニーが、オーケストラの指揮者がタクトを振るように手を動かすと、柔らかな風が起き、何もない宙から次々と現れる花片が、軽やかに舞った。頬に感じる風は、ほんのり温かく、花片を散らしはしても、王妃の髪やドレスの裾は乱さない。
 「香りもつけられます。桜、胡蝶蘭、バニラの三種からお選びいただけますよ」
 王妃は、少女のように、うふふと笑いを漏らす。
 「バニラって、あの甘い香りよね?」
 「はい、焼き菓子の香り付けに使われる甘いあまーい香りです。満開の桜の木の下でのお茶会をイメージしました」
 両手を合わせ、小首を傾げて「それを考えたのは……?」と言いながらレオニーの顔をのぞき込む王妃。
 「アナイスです。ちなみに、胡蝶蘭は、仮面舞踏会をイメージしたそうです」
 「出席者は、どのような仮面をつけているのかしら?」
 「リスや狸です」
 「あらあら、それは楽しそうね。森の舞踏会といったところかしら?」
 王妃は、想像を膨らませる。月明かりに照らされた森の広場で、ドレスやタキシードに身を包みダンスを踊る動物たち。彼らがステップを踏む度に、足下から桜の花片が飛び出して、風に乗って舞い上がり、やがてはらはらと頭上に落ちる……。
 「夢があっていいわね。行ってみたいわ、そういう世界……」
 王妃は、うっとりとつぶやく。
 「でも、今の気分は、お茶会かしら?」
 「バニラでございますね。では」
 レオニーが、パチンと指を鳴らす。と、ほんのりと甘い香りが広がった。
 王妃は、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
 「するわ。甘いお菓子の香りが……紅茶が欲しくなるわね」
 そう言って、うふふと笑い、くるりと回る。その姿は、朗らかでおとぎ話が大好きな少女そのものだった。
 「では、お部屋へ参りましょう。温かい紅茶を飲んでおいしいお菓子をつまんだあとで、お部屋の床に、桜の花片をたくさん敷き詰めて、女官の方々と一緒に遊びましょう。花片の中に飛び込んだり花片をすくって掛け合ったり――楽しいですよ」
 「うわあ、いいわねえ。エスコートしてもらえるかしら?」
 「もちろんです。お手をどうぞ、王妃様」
 王妃は、差し出された手を取り、導かれるままにレオニーの腕に手を添えて、並んで立つ。その頬は上気し、瞳は喜びに満ちていた。
 二人の足下に、魔法陣が現れる。レオニーは、横目で国王の様子を観察した。そして、国王に止める気がないのを確認すると、その柔らかな笑みをその場に居合わせた者たちの記憶に残し、王妃と共に消えていった。
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