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25.sideグレン後編

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ちょうど時計が10時を指していたころだろう。

他の部署もそろそろと行動し始め、ようやく国家総堂のほとんどが活動を始めた。

俺はクラッシュ(俺の竜)で『第六課製作本部』から総予省へ戻った所だった。

空の旅は生憎、曇り時々雨という天候により快適だとは言えなかったが、ヒビキ省長官の傍にいるよりはそれはそれは快適だった。

「あの!私の名前はアセナです。」

大量の資料を抱えて廊下を歩き、もうすぐ総予省に着く、という場所でそんな可愛らしい女の子の声が聞えてきた。

その瞬間に、さっき軽くしてきた頭が一気に重みを増し、ため息を漏らした。

「もう……来たのか。」

俺は1人で足を止め、ボソリと呟いた。

今までにないほどに機嫌の悪いヒビキ省長官相手に、新客はどう戦うのだろうか。

そんなことを考えるだけで、頭痛までしてきた。

しかし荷物が重たく手がしびれてきた事も助けて、俺はその重たくなった足を何とか動かしながら部署に入った。

「君、考えて分からない?傍にいる人間に話しかけるのに、そんな大声を張り上げる必要がどこにある?」

機嫌は最悪を見せていた。

その光景に誰もが忙しいからではなく、恐れから足を動かし魅入ったりしていないのが分かった。

「すいません……。」

少しショボくれた少女の背中は、何だか可愛らしかった。

ロングの髪は、いかにも女の子らしくて心が華やぐ。

彼女が今噂の。

「これが白竜の選んだ伝説のドラゴーネかい?」

伝説のドラゴーネと呼ばれる少女。

身長からするとまだまだ幼く、俺と10歳は違っていそうな声をしていた。

「仕事は与えないよ。」

キリッとしていて、それは例えるなら氷柱のような声と言葉と目をしていた。

きっと去年の新客が失態をおかしている所為で、ヒビキ省長官は厳しくなっているのだろう。

そんなことは少女だって分かっているはずだ。

俺はしばらく突っ立っていて、その沈黙の間に我に返り、自分の机の上に資料をドサッと一気に下ろした。

それからペラペラと資料をめくりながら、その神経の全てを2人に向ける。

「でも!」

必死な声が、彼を呼び止める。

その声に足を止めて振り返った彼は突き放すように言った。

「白竜の眼も、落ちたものだね。」

俺は無意識のうちにその資料をグシャっと握っていた。

彼はいつだって冷血で、人使いが荒い、変わり者だと皆から言われていた。

だけど、本当は優しい心を持ち合わせ、人の限界を見通して仕事を与える、まさにリーダーにピッタリな人だと思う。

きっとそう思っているのは、俺だけではないだろう。

そんな彼が放った言葉は竜を侮辱する言葉で、ドラゴーネなら、竜を思う主なら、誰もが激怒するであろう言葉だった。

俺も、あまりのその言葉の酷さにその手を握り締めてしまったのである。

少女は何も言わず、ただ黙り込んでいる。

その様子はまるで去年の少年とかぶって仕方ない。

彼は去年も新客に、同じような言葉を浴びせていた。

彼は黙り込んでいる彼女を見て彼はため息をつくと、また一言呟いた。

「こんな子供に割く時間はないんだよ。」

その瞬間に、手に握られていた怒りに似た感情がフッと消えてなくなった。

その代わりに心の中には、何か温かなものがゆっくりと広がる。

去年の少年は竜のことをそう言われて、同じように黙り込んでいた。

その上、出した結論の言葉は、そこにいる全ての者を凍りつかせるような最悪な言葉だった。

そっと耳の奥で響いた。  

“ドラゴンとは契約しなおせるんで、もっといい奴がいたら契約しなおしますよぉっ!!”

ふざけるな。

そこにいた誰もがそう叫びそうになったことだろう。

竜は一生に一度しか契約できない生き物。

そして主を失うと死ぬという契約を結ぶのだ。

つまり契約しなおすという事は、その竜を殺すという事。

その言葉を聞いてから、彼はより一層新客を嫌うようになり、今ここにいる少女のように扱ってきたのだ。

ここに来る新客は皆、その少年と同じような者ばかりだった。

世界は廃すたっている。

そして、この少女だって同じ。

たとえ、竜が白竜であろうと、主に違いなんてない。
ヒビキ省長官はそれを試している、いや、確認しているだけなのだ。

そしてこの少女だって______そう思ったとき、静かだった2人の間に新たな言葉が飛んだ。

「待ってください!!」

さっきの言葉よりも強く、彼の背中へ呼び止めた。

「なに」

彼は振り向く事もなく、そんな言葉だけを返す。

彼も俺もここにいる人は皆諦めていたんだ。

この世界に生み出される新たな主が、竜を想える主であるということを。

「……今の言葉は、撤回してください。」

小さな声は、ざわついたその部屋を響き渡り、俺達が抱くその諦めという感情に『コン”コン”』と音を鳴らしてノックした。

「ん?」

彼は振り返り、俺の心の言葉を発した。

「今の言葉、撤回してください。」

曲がる事もなく、真っ直ぐに。

それはこの少女の言葉かと疑いたくなるような物言いだった。

「君、僕が誰かと知っての言葉かい?それは。」

ヒビキ省長官はまた試すような事を言ったが、少女は全く気づいていない。

どんな返事を返すのか。

心がドキドキして、湧き出てくる喜びと興味で興奮しているのが自分でも分かる。

「知ってます。でも、ヒビキ省長官もドラゴーネですよね?それなのにそんな事を言うのなら、私は貴方がドラゴーネだとは思いません。」

その言葉に俺の口元は自然と緩み、笑いが零れそうなのを必死で抑えていた。

彼女は俺に休む間も与えずに言葉を付け足す。

「先ほどの“白竜の眼も、落ちたものだね。”って言葉、撤回してください。」

強くて、ゆるぎない、それは彼女の信念だった。

省長官である彼に逆らう事が、どれほど恐ろしい事か。

ここに来る事を禁止されるだけでなく、もちろん退学も含まれる。

彼女はそれを知っている上で、その言葉を放っているのである。

「僕が上司だと知っての言葉だというのか。」

「はい。」

何を捨ててでも、どうなってでも、ドラゴーネには竜が一番大事だと想う気持ちが必要なのだ。

俺ならどうしただろうか。

そう考えると少し心が震えた。

あんな風にいえるだろうか。

たとえ省長官であっても、クラッシュのことをあんなふうに言われるのは許せない。

しかし、こんなにも真っ直ぐに逆らう事ができるだろうか。

その答えはあまりにも難しい。

言い応えしなくても、黙っていればいい。

俺なら黙っているだろう。

答えは………“俺には、言えない。”

「ははっ。」

緊張していたその空気を一気に乱すように、ヒビキ省長官が笑い声を上げた。

「君の竜はさぞ幸せだろうね。すまない、撤回しておくよ。君の竜は良き主を選んだ。」

彼のその言葉と、笑顔に、俺は驚いて言葉も出ない。

ただ口を小さく開けて、その様子を目に写し、それが夢でないことを確かめる方法を探しているだけ。

あの省長官が笑っている。部署の中が驚きに静まり返った。

この子が白竜が選んだ、伝説のドラゴーネ。

一度は耳にした事がある、あの有名な伝説のドラグーンを継ぐべきドラゴーネ。

心の中には何とも例えようがない、そんな感情が入り混じっていた。

そんなこの場所に窓から温かな風が吹き込んでくる。

俺は思った。世界はまだ、廃ってはいないようだ、と。
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