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20.嫉妬(sideアセナ)

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セルスを好き。

この気持ちは、リラやロイやグレイスを好きだって思うのとは違うのかな?

ふと、セルスを見てそう思った。

「編入手続き終わるまで、こっちにいるの?」

「え、あぁ、そのつもりだけど。」

違う制服を着て、当たり前のように私の隣に立ってるセルスが言った。

グレイスは、セルスのことを好きだ。

そう、思った。

そのとき、心の中でモヤモヤと何かが動いた。

「おはよう、アセナちゃん。……セルス!」

「おはよう。」

セルスがグレイスに言葉を交わすと、胸が少し痛んだ。

私は唯にっこりと笑顔を作ることしか出来ず、セルスの横に立つグレイスの笑顔を見ると

何故だかとても悲しくなった。

「あ……私、実技訓練だから!!」

「あ、アセナ!」

セルスの声に足を止めて振り返る。

「今日……」

その振り返った先にセルスの隣にグレイスがいる景色があって、私は思わずセルスの眼を反らした。

「ごめん、もう行くね。」

こんな気持ちになりたくない。

誰かの事を嫌に思うなんて、最悪だ。

私はそんな思いで精一杯足を急がせ、その場所を、セルスから離れた。

『どうかしました?』

今日はリリア先生の屋外授業で、私はキルアと外で先生を待っていた。

「…何もないよ?」

『そうですか?私にはセルスさん関係で何かあったように思えますが?』

ズバリと言い当てられて、私は彼女の優しく笑う青い眼を覗いた。

それから小さく笑って、口を開いた。

「隠せないなぁ。…セルスは、たくさんの人に好きって言われてるでしょ?私……グレイスのこと嫌いじゃないけど、もやもやするの。」

自分でも、嫌だなって思うの。

『そうですか。……あ、リリアさんがいらっしゃいましたよ。』

「本当!先生っ!」

遠くから歩いてくる優しげな先生に、大きく手を振る。

先生はそれに返すように手を振って、昼の太陽の眩しさに眼を細めている。

「お久しぶりですねぇ、アセナちゃん。」

「はい」

「いつ見ても綺麗な竜。」

『ありがとうございます。』

「ふふっ、立派だわ。」

先生が笑うとこの辺いったいに春が来たみたく暖かくなる。

そんな先生の竜は、きっと幸せに違いない。

「そういえば、先生の竜さんはどんな竜さんなんですか?」

「私の?」

きょとんとした顔で先生が見てくる。

私はコクンと頷いて、首を傾げてみる。

「……綺麗というよりも、竜には珍しく弱弱しい竜だったわ。」

先生の笑う顔が大好きだった。

けど、今笑っている先生はどこか切なげで。

まるで冬の中に居るような笑顔だった。

その言葉の一部に違和感を感じて聞き返す。

「“だった”……?」

「私にはもう竜がいないのよ。」

リリア先生はそこに座りながら、竜との契約について話し始めた。

「竜がいない教師は私くらいね。でも教師の6・7割は竜を亡くしているの。」

「え?」

「知ってるでしょう?竜は死んでも、主は死なない。」

そう、それは契約コントラクトの中に記されている事。

竜が死んでしまっても、契約している契約主が死ぬ事はない。

でも、契約主が死んでしまうと、契約している竜は死んでしまう。

「他の先生は、新しい竜と契約するのよ。」

「じゃぁ、先生は?」

「………契約するように言われているわ。やはりこうして実習のときには不便だからね。」

先生は柔らかに笑って、少し熱く感じる風に流れる髪を押さえた。

「他の先生方にも言われるのよ。“ドラゴンなんてどれも変わらない”って。」

その言葉は、きっと幾度も先生を苦しめているに違いない。

そして、他の先生は無知だ。

ドラゴンが個体名だと、知らないなんて。

知恵ある竜が聞けば、激昂する言葉。

それでも、私は口を挟むこと無く、聞くことに徹する。

もしもキルアがいなくなったら、私だって絶対に二度と契約コントラクトなんかしない。

私がそう考えていると先生はため息をつきながら、言葉を続けて言った。

「だから、契約コントラクトしようと思ってるの……。いつまでも、彼に縛り付けられているようじゃ駄目よね。」

先生は忘れたくなくて、契約しないんだ。

何が正解で、何が間違いなんか、私には分からない。

だけど、思うの。

不便だから、周りに言われて傷つくのが嫌だからって契約するのは、違う気がする。

「それは、間違いだと思います。」

隣で横たえていた首を上げて、キルアがこっちを見る。

「え?」

先生の小さな声が聞えて、私は言い返すように言った。

「私だって、キルアがいなくなったら絶対にドラゴーネなんかやめます。」

『……アセナ。』

「どうして……主がいなくなれば、竜も死んでしまうのに。竜が死んでも、主は生きていられるのか分からない。」

もしもキルアがいなくなったら、私は生きてなんかいたくない。

生きているんじゃなくて、唯生かされていると思うかもしれない。

「契約令も間違ってるけど、先生も間違ってます。先生は竜に縛られているんじゃなくて、抱えているんじゃないんですか?」

大切な思い出として、覚えていようとする事が縛られているという事なの?

忘れたくないから、新しい竜と契約を結ばないのは間違い?

「大切な思い出を、忘れたくないんでしょ?」

「アセナちゃん。」

「それなのに、新しい竜と契約するなんて。不便だからって、忘れたいからってそんなの違う!!先生も……あの試験官と同じなの?」

先生は違うと思ってた。

他の先生達とは違って、竜の事凄く優しい目で見るから。

先生は、ドラゴーネなんだって。

「罵声を吐いたのは、やっぱりアセナちゃんだったのね。」
竜は道具でも、玩具でも、僕でもない。

私達は竜と一緒に空を飛ぶ。

私達こそ、竜がいなければ何も出来やしないのに。

「忘れちゃ駄目なんです。覚えておかなくちゃ。でも、竜と新しく契約する事も……間違いじゃないと思うんです。もし、先生を待ってる竜がいるのなら、先生は……進まなくちゃならない。」

新しい出会いを、塞ぎこんでちゃ駄目だと思う。竜に抱く感情は、どこか恋に似ているの。

もしもセルスがいなくなったからって、私が他の人を好きにならないとは限らない。

だけど、絶対にセルスを好きだと思った感情は忘れない。

誰よりも彼を大好きだったこの時間を、忘れようとは思わない。

キルアをこんなにも大切に思っている時間を。

私はこの先何があっても忘れはしない。

「本当に……アナタは彼にそっくりね。」

「?」

「伝説のドラゴーネに。」

「?」

先生はそれだけ言うと、静かにその場に立ち上がって言った。

「今日の授業はここまでです。……アナタに教える事は何にもなかったわね。」

そんな事ない。

優しく笑いかけてくる先生を見ながら思った。

「ありがとうございました。」

「明日は一時間目からだから、遅刻しないようにね。」

「あ、はい。」

先生は、教えてくれたよ。

セルスに抱く感情も、仕方ない事。

だからってこのままじゃ駄目なんだよね。

今、このときを大切にしなくちゃいけない。

大切な人がいる、大切な人のことで悩めるこの時を精一杯生きなくちゃいけない。

『・・・セルスさんの所へ行きますか?』

「うん。」

今は好きだと言えなくても、それでもこの気持ちはきっと彼だけへの感情だと気づいたから。

そのことを彼に伝えたい、ずっと抱いていたこの気持ちを。
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