3 / 10
三 残り45分
しおりを挟む 俺達は一列になり、家の中の探索を開始した。
前方は俺、後方を壮二、真ん中に玄太郎という並びだ。
探索を推したのは俺と壮二であったし、ビビって何も出来ない玄太郎が犯人と八合わせる可能性を考え、この順番に落ち着いたのだった。
まずは事件現場となったトイレと浴室。
鉄っぽい香りが先程より鼻につく。特に争ったような形跡は見当たらない。
俺は思い切って大河の死体をのぞき込んだ。
「おい、現場に触ったりは」
「わかってるって」
壮二の注意を俺は適当にあしらう。
死因はナイフによる出血死。壮二によると首と腹から出血したとのことだが、確かに腹にはナイフが刺さっている。大量の血が流れたのだろう、彼のワイシャツは真っ赤に染まっている。
首の傷は襟に隠されてよく見えないが、周辺が赤く染まっている。喉をかき切られたあと、腹へのひとつきで死に至った、ということだろうか。
新津大河。実に頭の切れる男だった。もしここに横たわっているのが俺であったなら、きっと大河は一瞬で事件を看破してくれたことだろう。
大河は安らかな顔で死んでいる。もしこれが苦悶に歪む表情であったなら、俺はすぐにでも目をそらしてしまうだろう。
次に倉庫。
ここは特に変化はなかった。昨晩、俺がバーベキューの道具を片付けていたときのままだった。
大河の部屋。
玄太郎の部屋。
ロッカー。
死角になるような場所をすべて探しても、人は潜んでいなかった。また、これといって保養所にあったものが盗まれた様子はなかった。
二階へ上がる。一階に誰も潜んでいなかった時点で、俺たちの緊張はだいぶ緩んでいた。
二階はキッチンとダイニングがそのほとんどを占め、あとは俺と南来が使っている部屋だけだ。
確認したが、やはり人は潜んでいなかった。
「やっぱ誰もいないじゃん」
「よかったな、玄。あとは待つだけだ」
友人が死んでいるというのに空気が和やかになっている。特殊な状況下でおかしくなっているのだろうか。
ただ、壮二だけは変わらず真剣な態度を崩さなかった。
「家の中が安全なら次は家の外だ。玄関からぐるっと一周見回ろう。」
「えぇ…そこまではいいだろ」
俺はつい不満を吐露した。
「念の為だよ」
玄関の鍵を開け、外へ出る。
曇り空ではあるが蒸し暑い。地面の土から蒸発する水分が広葉樹の葉に遮られ、空気は湿気てジメジメしている。
俺はこのジメジメが嫌いではない。いやでも鼻に入ってくる土の香りが、カブトムシを飼育していた小学生の頃を思い出させるからだ。
時計回りに壁に沿って歩く。乗ってきた車も特に異常はない。
保養所を半周すると広めの庭に出る。
庭には折りたたみ式のテーブルや椅子、バーベキューコンロが昨日のままそこにはあった。バーベキューの後すぐに麻雀大会を始めたし、片付けるのは酒に酔っ払った俺一人。そのため、昨晩は途中までしか片付けられなかったのだ。
「やっぱ家事やるのが俺だけってきついと思う」
「自分で言いだしたんだからやれよ」
玄太郎にするどく返された。気遣いができないタイプはこういうことを平然と言う。
「おい、これちょっと見てくれ」
壮二が俺たちを呼び止める。
「壮二、なにか見つけた」
「これ、これだよ」
壮二の促すまま、俺はバーベキューコンロの中を見た。
網の下、灰になりかけの炭のうえに何かが乗っている。
思わず取り出してみると、それは燃えかけの紙だった。
「紙か、こんなもの俺が片付けてるときはなかった」
「じゃあ犯人が燃やしたってことになるな」
壮二は冷静に分析する。
「紙なら何か書いてあるんじゃね」
玄太郎は俺の持っていた紙をひったくって目に近づけた。
「原稿用紙だな。よくある400字のやつ」
「何が書いてある」
隣に寄ってそう聞くと玄太郎が唸る。
「断片的だから内容はわかんない。あ、待って。ここ、何か書いてある。」
そこには鉛筆の文字列が三つほど確認できた。
タイトル:胎に潜むシェイプシフター
作者:伊谷 番
制作年:2009年3月
「何が書いてあるんだ」
壮二が俺の後ろから聞く。玄太郎は壮二に紙を手渡した。
「2009年3月か、最近だな。このイタニバンってやつは聞いたことないな」
「俺もない。原稿用紙だし、出版されたものじゃないだろうね」
「あと、この『シェイプシフター』ってのはなんだ」
壮二の質問に玄太郎がすばやく答える。
「シェイプシフターは、自分の姿を自在に変えられる化け物のことね。」
壮二が口を開けて眉をひそめる。頭にハテナが何個も浮かんでいるような表情に俺は思わず笑いそうになった。
理解できていない壮二に俺は助け舟を出す。
「えーと、つまり、昔話のタヌキやキツネみたいなやつだよ」
壮二は表情をまったく変えず、「なるほどね」と何度か頷く。俺はまた吹き出しそうになるのを我慢した。
「ん、これなんだ」
玄太郎が呟く。
何枚もの焼けた紙の一番後ろ。その紙だけは他のものより損傷が少なく、書かれている文字をしっかり読むことが出来た。
アシタ 9:30 フロバニ コイ
なんだ、これは。
カタカナと数字だけで書かれた手紙だろうか。しかしその内容は郵便で送るようなものではない。
そして不気味にも、その文字は直線をつなぎ合わせたような書き方がされていた。
「大河は誰かに呼び出された」
俺の一言で空気は完全に凍りついた。
強盗は手紙を書いて相手を呼び出したりなんかしない。
この事実は俺たちの中に犯人がいることを決定的に物語っていた。
前方は俺、後方を壮二、真ん中に玄太郎という並びだ。
探索を推したのは俺と壮二であったし、ビビって何も出来ない玄太郎が犯人と八合わせる可能性を考え、この順番に落ち着いたのだった。
まずは事件現場となったトイレと浴室。
鉄っぽい香りが先程より鼻につく。特に争ったような形跡は見当たらない。
俺は思い切って大河の死体をのぞき込んだ。
「おい、現場に触ったりは」
「わかってるって」
壮二の注意を俺は適当にあしらう。
死因はナイフによる出血死。壮二によると首と腹から出血したとのことだが、確かに腹にはナイフが刺さっている。大量の血が流れたのだろう、彼のワイシャツは真っ赤に染まっている。
首の傷は襟に隠されてよく見えないが、周辺が赤く染まっている。喉をかき切られたあと、腹へのひとつきで死に至った、ということだろうか。
新津大河。実に頭の切れる男だった。もしここに横たわっているのが俺であったなら、きっと大河は一瞬で事件を看破してくれたことだろう。
大河は安らかな顔で死んでいる。もしこれが苦悶に歪む表情であったなら、俺はすぐにでも目をそらしてしまうだろう。
次に倉庫。
ここは特に変化はなかった。昨晩、俺がバーベキューの道具を片付けていたときのままだった。
大河の部屋。
玄太郎の部屋。
ロッカー。
死角になるような場所をすべて探しても、人は潜んでいなかった。また、これといって保養所にあったものが盗まれた様子はなかった。
二階へ上がる。一階に誰も潜んでいなかった時点で、俺たちの緊張はだいぶ緩んでいた。
二階はキッチンとダイニングがそのほとんどを占め、あとは俺と南来が使っている部屋だけだ。
確認したが、やはり人は潜んでいなかった。
「やっぱ誰もいないじゃん」
「よかったな、玄。あとは待つだけだ」
友人が死んでいるというのに空気が和やかになっている。特殊な状況下でおかしくなっているのだろうか。
ただ、壮二だけは変わらず真剣な態度を崩さなかった。
「家の中が安全なら次は家の外だ。玄関からぐるっと一周見回ろう。」
「えぇ…そこまではいいだろ」
俺はつい不満を吐露した。
「念の為だよ」
玄関の鍵を開け、外へ出る。
曇り空ではあるが蒸し暑い。地面の土から蒸発する水分が広葉樹の葉に遮られ、空気は湿気てジメジメしている。
俺はこのジメジメが嫌いではない。いやでも鼻に入ってくる土の香りが、カブトムシを飼育していた小学生の頃を思い出させるからだ。
時計回りに壁に沿って歩く。乗ってきた車も特に異常はない。
保養所を半周すると広めの庭に出る。
庭には折りたたみ式のテーブルや椅子、バーベキューコンロが昨日のままそこにはあった。バーベキューの後すぐに麻雀大会を始めたし、片付けるのは酒に酔っ払った俺一人。そのため、昨晩は途中までしか片付けられなかったのだ。
「やっぱ家事やるのが俺だけってきついと思う」
「自分で言いだしたんだからやれよ」
玄太郎にするどく返された。気遣いができないタイプはこういうことを平然と言う。
「おい、これちょっと見てくれ」
壮二が俺たちを呼び止める。
「壮二、なにか見つけた」
「これ、これだよ」
壮二の促すまま、俺はバーベキューコンロの中を見た。
網の下、灰になりかけの炭のうえに何かが乗っている。
思わず取り出してみると、それは燃えかけの紙だった。
「紙か、こんなもの俺が片付けてるときはなかった」
「じゃあ犯人が燃やしたってことになるな」
壮二は冷静に分析する。
「紙なら何か書いてあるんじゃね」
玄太郎は俺の持っていた紙をひったくって目に近づけた。
「原稿用紙だな。よくある400字のやつ」
「何が書いてある」
隣に寄ってそう聞くと玄太郎が唸る。
「断片的だから内容はわかんない。あ、待って。ここ、何か書いてある。」
そこには鉛筆の文字列が三つほど確認できた。
タイトル:胎に潜むシェイプシフター
作者:伊谷 番
制作年:2009年3月
「何が書いてあるんだ」
壮二が俺の後ろから聞く。玄太郎は壮二に紙を手渡した。
「2009年3月か、最近だな。このイタニバンってやつは聞いたことないな」
「俺もない。原稿用紙だし、出版されたものじゃないだろうね」
「あと、この『シェイプシフター』ってのはなんだ」
壮二の質問に玄太郎がすばやく答える。
「シェイプシフターは、自分の姿を自在に変えられる化け物のことね。」
壮二が口を開けて眉をひそめる。頭にハテナが何個も浮かんでいるような表情に俺は思わず笑いそうになった。
理解できていない壮二に俺は助け舟を出す。
「えーと、つまり、昔話のタヌキやキツネみたいなやつだよ」
壮二は表情をまったく変えず、「なるほどね」と何度か頷く。俺はまた吹き出しそうになるのを我慢した。
「ん、これなんだ」
玄太郎が呟く。
何枚もの焼けた紙の一番後ろ。その紙だけは他のものより損傷が少なく、書かれている文字をしっかり読むことが出来た。
アシタ 9:30 フロバニ コイ
なんだ、これは。
カタカナと数字だけで書かれた手紙だろうか。しかしその内容は郵便で送るようなものではない。
そして不気味にも、その文字は直線をつなぎ合わせたような書き方がされていた。
「大河は誰かに呼び出された」
俺の一言で空気は完全に凍りついた。
強盗は手紙を書いて相手を呼び出したりなんかしない。
この事実は俺たちの中に犯人がいることを決定的に物語っていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~
気の言
ミステリー
いたって平凡な男子高校生の玉宮香六(たまみや かむい)はひょんなことから、中学からの腐れ縁である姫石華(ひめいし はな)と入れ替わってしまった。このまま元に戻らずにラブコメみたいな生活を送っていくのかと不安をいだきはじめた時に、二人を元に戻すための解決の糸口が見つかる。だが、このことがきっかけで事態は急展開を迎えてしまう。
現実に入れ替わりが起きたことを想定した、恋愛要素あり、謎ありの空想科学小説です。
この作品はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。
シグナルグリーンの天使たち
聖
ミステリー
一階は喫茶店。二階は大きな温室の園芸店。隣には一棟のアパート。
店主やアルバイトを中心に起こる、ゆるりとしたミステリィ。
※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました
応援ありがとうございました!
全話統合PDFはこちら
https://ashikamosei.booth.pm/items/5369613
長い話ですのでこちらの方が読みやすいかも
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる