フジタイツキに告ぐ

Sora Jinnai

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三 残り45分

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 俺達は一列になり、家の中の探索を開始した。
 前方は俺、後方を壮二、真ん中に玄太郎という並びだ。

 探索を推したのは俺と壮二であったし、ビビって何も出来ない玄太郎が犯人と八合わせる可能性を考え、この順番に落ち着いたのだった。

 まずは事件現場となったトイレと浴室。
 鉄っぽい香りが先程より鼻につく。特に争ったような形跡は見当たらない。
 俺は思い切って大河の死体をのぞき込んだ。

「おい、現場に触ったりは」
「わかってるって」
 壮二の注意を俺は適当にあしらう。

 死因はナイフによる出血死。壮二によると首と腹から出血したとのことだが、確かに腹にはナイフが刺さっている。大量の血が流れたのだろう、彼のワイシャツは真っ赤に染まっている。
 首の傷は襟に隠されてよく見えないが、周辺が赤く染まっている。喉をかき切られたあと、腹へのひとつきで死に至った、ということだろうか。

 新津大河。実に頭の切れる男だった。もしここに横たわっているのが俺であったなら、きっと大河は一瞬で事件を看破してくれたことだろう。

 大河は安らかな顔で死んでいる。もしこれが苦悶に歪む表情であったなら、俺はすぐにでも目をそらしてしまうだろう。

 次に倉庫。
 ここは特に変化はなかった。昨晩、俺がバーベキューの道具を片付けていたときのままだった。

 大河の部屋。
 玄太郎の部屋。
 ロッカー。
 死角になるような場所をすべて探しても、人は潜んでいなかった。また、これといって保養所にあったものが盗まれた様子はなかった。

 二階へ上がる。一階に誰も潜んでいなかった時点で、俺たちの緊張はだいぶ緩んでいた。
 二階はキッチンとダイニングがそのほとんどを占め、あとは俺と南来が使っている部屋だけだ。
 確認したが、やはり人は潜んでいなかった。

「やっぱ誰もいないじゃん」
「よかったな、玄。あとは待つだけだ」

 友人が死んでいるというのに空気が和やかになっている。特殊な状況下でおかしくなっているのだろうか。
 ただ、壮二だけは変わらず真剣な態度を崩さなかった。

「家の中が安全なら次は家の外だ。玄関からぐるっと一周見回ろう。」
「えぇ…そこまではいいだろ」
 俺はつい不満を吐露した。

「念の為だよ」

 玄関の鍵を開け、外へ出る。
 曇り空ではあるが蒸し暑い。地面の土から蒸発する水分が広葉樹の葉に遮られ、空気は湿気てジメジメしている。
 俺はこのジメジメが嫌いではない。いやでも鼻に入ってくる土の香りが、カブトムシを飼育していた小学生の頃を思い出させるからだ。

 時計回りに壁に沿って歩く。乗ってきた車も特に異常はない。

 保養所を半周すると広めの庭に出る。
 庭には折りたたみ式のテーブルや椅子、バーベキューコンロが昨日のままそこにはあった。バーベキューの後すぐに麻雀大会を始めたし、片付けるのは酒に酔っ払った俺一人。そのため、昨晩は途中までしか片付けられなかったのだ。

「やっぱ家事やるのが俺だけってきついと思う」
「自分で言いだしたんだからやれよ」
 玄太郎にするどく返された。気遣いができないタイプはこういうことを平然と言う。

「おい、これちょっと見てくれ」
 壮二が俺たちを呼び止める。

「壮二、なにか見つけた」
「これ、これだよ」
 壮二の促すまま、俺はバーベキューコンロの中を見た。

 網の下、灰になりかけの炭のうえに何かが乗っている。
 思わず取り出してみると、それは燃えかけの紙だった。

「紙か、こんなもの俺が片付けてるときはなかった」
「じゃあ犯人が燃やしたってことになるな」
 壮二は冷静に分析する。

「紙なら何か書いてあるんじゃね」
 玄太郎は俺の持っていた紙をひったくって目に近づけた。

「原稿用紙だな。よくある400字のやつ」
「何が書いてある」
 隣に寄ってそう聞くと玄太郎が唸る。

「断片的だから内容はわかんない。あ、待って。ここ、何か書いてある。」

 そこには鉛筆の文字列が三つほど確認できた。

 タイトル:胎に潜むシェイプシフター
 作者:伊谷 番
 制作年:2009年3月

「何が書いてあるんだ」
 壮二が俺の後ろから聞く。玄太郎は壮二に紙を手渡した。

「2009年3月か、最近だな。このイタニバンってやつは聞いたことないな」
「俺もない。原稿用紙だし、出版されたものじゃないだろうね」
「あと、この『シェイプシフター』ってのはなんだ」

 壮二の質問に玄太郎がすばやく答える。
「シェイプシフターは、自分の姿を自在に変えられる化け物のことね。」
 壮二が口を開けて眉をひそめる。頭にハテナが何個も浮かんでいるような表情に俺は思わず笑いそうになった。

 理解できていない壮二に俺は助け舟を出す。
「えーと、つまり、昔話のタヌキやキツネみたいなやつだよ」
 壮二は表情をまったく変えず、「なるほどね」と何度か頷く。俺はまた吹き出しそうになるのを我慢した。

「ん、これなんだ」
 玄太郎が呟く。
 何枚もの焼けた紙の一番後ろ。その紙だけは他のものより損傷が少なく、書かれている文字をしっかり読むことが出来た。


 アシタ 9:30 フロバニ コイ


 なんだ、これは。
 カタカナと数字だけで書かれた手紙だろうか。しかしその内容は郵便で送るようなものではない。
 そして不気味にも、その文字は直線をつなぎ合わせたような書き方がされていた。

「大河は誰かに呼び出された」
 俺の一言で空気は完全に凍りついた。

 強盗は手紙を書いて相手を呼び出したりなんかしない。
 この事実は俺たちの中に犯人がいることを決定的に物語っていた。

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