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パラディーゾ
星々にまたがる梯子
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クテラ島南部 20:36 p.m. フランチェスコ
太陽は地平線に沈み、一同は足を止めた。フランチェスコたちはアイディンの指示で風の当たらない木々の間で野宿をすることに決めた。幸い枯れ枝を集めて火を起こすことができ、夜の間は襲われずに済みそうだと安心した。
小さく弾ける火を囲んで6人は座った。これからパラヘルメースによって事件の真相が語られる。フランチェスコは冷静なようで内心は落ち着かず、無意識のうちに右足を揺すっていた。
「さて、これから4人の被害者たちが如何にして亡くなったか、俺の推理を話そう。大前提のことだが、なぜ俺たちは遺跡に来ることになったのか。おい、あんた」
パラヘルメースはフランチェスコを顎をしゃくって促す。当たり前のことをなぜ訊くのか、それはまったく見当がつかない。
「それは…遺跡の調査のためですよ。エンティアとセレーネ、教皇庁の三勢力で協力して」
「その通り。経費の大部分を教皇庁が、人員をセレーネ帝国が、研究員をエンティア帝国が提供した。そして集められた調査団はクロウル・ドラゴンの襲撃によって壊滅、俺たちは遺跡の中に籠城する結果となった」
「それが何だというのですか」
エーレンフリートが素朴な疑問をぶつけた。
「重要なことだ。各国から集められた俺たちには面識がない。それに籠城することになったのも偶然引き起こされたもののはず。だから今回の事件の動機に個人的な怨恨がかかわっている可能性は極めて低い。有るには有るのだが、殺人の動機にするには一貫性がない」
パラヘルメースはフランチェスコを一瞥する。云ってしまうぞ、と訴えているようだった。事件が暴けるというのなら背に腹は代えられない。後ろめたいことであっても洗いざらい明らかにしてくれて構わない。フランチェスコは力強く頷いた。
「俺たちの中で殺人の動機になりそうなものを抱えている人物はフランチェスコだけだ。リュディガーは10年前、フランチェスコを人質に彼の父親を無理やり遺跡調査に派兵させた。そして今回は母親を人質に彼自身を……。調査中の彼らの態度から、フランチェスコがリュディガーを心の底から恨んでいたことが伺えるだろう。
またレアンドロさんは10年前の調査にも同行していて、全滅した調査団のなかで唯一生還した人物だった。フランチェスコは自分の父が死んだ一方レアンドロさんが生還したことに腹を立て、一方的な怨恨をつのらせていた可能性もある」
彼が説明する最中に何度もこちらに視線が刺さる。そんな目で見られても仕方がないと分かっているが、疑いの目は残酷にも恐怖心を刺激する。ラルフが犯人に疑われた時もこうだったのだろうか。フランチェスコの心に罪悪感が影を落とした。
「ですが一貫性がないというわけですね、パラヘルメースくん」
アイディンが云う。喋りながらも彼は憐れむようにフランチェスコを見ていた。
「はい。ノーノさんとラルフに対しては動機が見当たりません。特に事件解決に協力しあっていた彼女を殺すというのは不自然です。以上のことから犯人は、我々の知らない一貫した動機によって殺人を行っている、或いは犯人は複数人いて動機も複数存在する、とこのように考えられます」
云い終えたところでダミアンが手を挙げる。
「そもそも犯人は人間であるという解釈でよかったか?被害者たちは黒獣病にかかっていたが、リュディガーのワインに血液が混ぜられていたことで犯人は人間だという結論になったと思う。けれどモンスターでないと実行できない問題が孕んでいるように思えてならないのだが」
「そう、だから一貫性がないんだよ。事件すべてが同一の存在によると考えていたら答えが出ない。俺の推理はそれぞれの殺人ごとに犯人像をリセットしている。それを踏まえた上で聞いてくれ」
パラヘルメースは口元で指を絡ませた。
「遺跡の地下に閉じ込められた俺たちの中から4人の死者が出た。そして彼らの死にはいくつもの謎が残されていた。
まずはレアンドロ殺し。レアンドロさんは第9階層の彩色壁画の石室で喉を刺され、黒獣病にかかって死んでいた。死亡推定時刻は3日目午前5時前後。後頭部には殴られた傷があり、全身血まみれの状態だった。死体発見時は石室の扉が閉められていて、内側からしか開くことが出来ない密室になっていた」
絡ませた指をほどき、今度はピンと指を天に向けて立てる。
「ここからは俺の独自の情報だ。ノーノさんは傷口を比較してレアンドロ殺しに何の武器が使われたか調べた。結果どの武器とも一致せず、使われたのが食事用のペティナイフだと分かった。そのナイフが第7階層で発見された。それがこれだ」
パラヘルメースは件のナイフを懐から取り出した。まわりからは、おおと感嘆の声が上がる。
「フランチェスコと発見した時、このナイフは血だまりを超えた場所に捨てられていた。血を踏んだ足跡が無かったことから、おそらく犯人は血だまりより手前でこのナイフを投げたのだろう。普通に考えたら上の階に俺たちが来るとは思わないからな」
ナイフを逆手に持つとグサッと地面に突き刺す。
「切れ味は全員食事の時に知っているな。これがレアンドロさんの命を刈り取ったんだ。そして独自の情報をもう一つ。暖炉の灰の中から燃え残った赤黒い布片が見つかった。ラルフが燃やした可能性もあるが、奴の荷物に赤い布なんて着ていた服くらいなものだ。自分の服を燃やす意味はどうしても思いつかない、だからこれはレアンドロ殺しの際に燃やされたものだと仮定した」
そう云うと今度はポケットから小さな布を取り出す。灰を手で払うと確かに赤黒く変色していることが見て取れた。
フランチェスコはラルフの服装を思い出した。彼が石室で発見された時は腕から血を流していた。腕を傷つけられた時に千切れた布が偶然暖炉の中に入り、偶然燃え残った。そんなことがありえるのだろうか。彼の言う通り、犯人が燃やしたものに違いない。ではなぜ。
「さて、レアンドロさんの死体が発見された際、謎は大きく3つあった。①なぜ扉が閉まっていたのか②なぜ黒獣病にかかっていたのか③なぜ階下に降りていった人物が目撃されなかったかだったな」
「そうね。それで犯人が人間かモンスターか断定できなかった」
ロミーが独り言のように呟いた。
「謎①はとても簡単だ、犯人はレアンドロさんを殺害した後に扉を閉めることで現場を見回りに見られないようにしたんだ」
フランチェスコはすぐに口をはさむ。
「ちょっと待ってください。僕が見回りに行ったときには扉が閉まっていました。犯人によって閉められたのだとすると、死亡推定時刻と矛盾するじゃないですか」
「それも問題ない。時間の矛盾は謎③で華麗に解いてやる」
パラヘルメースは得意になって鼻で笑った。
「次に②なぜ黒獣病にかかっていたのか。この謎はリュディガー殺しが行われたことで簡単に気づくことができる。リュディガーは血の混ざったワインを飲み、黒獣病にかかって死んだと考えられる。血はおそらくモンスターのものであり、血液を経口摂取しても黒獣病にかかることが仮説立てられる。
つまり、傷口以外に人間の粘膜からでも黒獣病に感染することが可能であるということだ。
第9階層に安置されたクロウル・ドラゴンの死体、あれには血液がまったく無くなっていて干からびた状態だった。血液は何者かによって持ち出されていた。犯人はリュディガーのワインボトルを持っていき血を混入。それとは別にレアンドロさんの体にかけることで口や傷口を経由して死体に黒獣病を感染させることが出来たんだ」
「なるほど、口に溜まった血にはそういう理由があったのですか」
アイディンは顎に手を当てて微笑んだ。
「では、最後に③なぜ階下に降りていった人物が目撃されなかったのか」
パラヘルメースはナイフを抜くと地面に何かを書き始めた。目を細めて観察すると何やら線や数字が書かれているようだった。
「死亡推定時刻の5時、下に降りる者、そして戻って来る者もいなかった。一見犯行は不可能だが死亡推定時刻そのものが違っていた場合はこの限りではない」
パラヘルメースは引いた二本の線を指さした。
「俺がまず疑問に思ったのは、見張り場所のろうそくが燃え尽きてしまったことだ。ダミアンが見張り開始とともにろうそくに火をつけ、ロミーの見張り開始頃に燃え尽きた。この間6時間だ。しかしフランチェスコはろうそくが持つのは4時間程度だという」
フランチェスコははっとした。なぜベアトリーチェの部屋にろうそくと砂時計が並んで置いてあったのか、言葉に出来なかった疑問が形になった。
「なぜこのような矛盾が起こるのか。考えられる可能性は、ろうそくと砂時計のどちらかが実際の時間通りに進まなかったことだ。
ではどちらが時間通りに進まなかったのか。まずろうそくの方が間違っていた場合。
グノートス遺跡は地下でも空調が効いていて、俺たちが問題なく呼吸できたことから火が燃えにくかった可能性は排除できる。ろうそくを長持ちさせる方法にろうを冷やしておくというものがある。こうすることでろうが溶けにくくなり、燃焼時間が伸びる。なお、これをできるのはろうそくを燃やし始めたダミアンだけだ。
残るは砂時計の方に何か施されていた可能性。砂時計は使い続けると砂の粒が摩耗して小さくなり、実際より早く砂が落ちる」
リュディガーの砂時計を思い出す。あれは確か緑色にガラスが曇っていてかなり使い込まれていたように見えた。
「あんたらも疑問に思っただろう、遺跡の中で計っていた時刻は21時だったのに、外に出てみれば太陽が照っている。この時期の日の入りは20時、少なくとも1時間以上時間がずれていたということだ。その理由は単純、遺跡に入ってからずっとずれた砂時計で時間を計っていたから齟齬が生じた」
砂時計がずっとずれていた。衝撃の事実にその場にいた全員が唖然とする。ダミアンは呆けた顔で質問する。
「えっと、ずれていたって…具体的にどのくらい」
「砂時計は4時間を6時間として計ってしまうから単純計算で実際の時間は計った時間×三分の二。つまり砂時計は1回120分計るところ、実際は80分しか計れていなかった」
すらすらとナイフで計算式を書く。フランチェスコにはそれが何を意味しているのかは分からなかったため、とにかく時間が早く計算されていたと理解した。
「謎③の答え。死体発見時の時刻が大体8時30分。死亡推定時刻の5時前後まで210分だから狂った砂時計だと315分。つまりレアンドロさんの本当の死亡推定時刻は2時15分だったことになる。あんたが見張りをしている頃、犯人は下の階にいたんだよ」
パラヘルメースの眼光がフランチェスコを貫く。僕が見張りをしている最中に殺されたなんて、そんなことがすぐに信じられるわけがない。
「本当に僕が見張りをしている間に下に行った人物がいたのか。見張りをしていたのに見逃すなんて、とても考えられない。一体犯人はどうやって」
「当然の疑問だな。犯人はどうやって見張りに見られず、9階層に降りることができたのか。見張りの目をかいくぐった方法はただ一つ。見張りがいない時間に下に降りたんだ」
感心が唖然に一転する。そんな当たり前のこと云われずとも分かる。問題はそんな時間がなかっただろうということなのに。
フランチェスコはパラヘルメースの云うことを精一杯理解しようとしたが、脳が結論を出すより先に彼の方から口火を切った。
「見張りの取り決めでは、交代の際に次の人を起こしにかなくてはならないことになっている。あんた、まだ分からないのか。自分が起こしに行った時を思い返してみろ」
あきれた様子でパラヘルメースが云う。次の見張りの人を呼びに行く時、見張りの場所には誰もいなくなる。犯人がフランチェスコの見張りの時間に殺したということは、ダミアンがフランチェスコを呼びに行ったタイミングで犯人は下に降りたことを意味していた。
「以上のことから犯人の行動はこういう筋書きになる。
まず見張りのダミアンがフランチェスコを呼びに行った隙をついて犯人は下の階に行きレアンドロさんを殺害。死体には血をかけ、リュディガー殺しのために余った血をボトルに回収。上の階で混ぜる手順を踏まなくてよいし、あとは朝になってリュディガーにボトルを渡せば完了だ。最後に犯行時刻を誤認させるために扉を閉めて現場を密室にした。この時、時刻2時15分。帰りはフランチェスコがラルフを起こしに行く隙をついて自分の部屋に戻ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってほしい」
ダミアンが慌てた様子で質問する。フランチェスコも疑問が浮かんでいたため、彼がどんな質問をするか概ね予想することができた。
「私が交代する時に犯人が下に行ったことは分かった。だが見回りをしている時にそんな怪しい人物を目撃していない。私はレアンドロさんと話したからそれまで犯人は9階層に潜んでいたということになるじゃないか」
「暖炉に潜んでいたんじゃないの。煙突のなかで体を足で固定すれば見つからないはず。うちがダミアンだとして暖炉のなかまで見ようとは思わないから」
ロミーがあどけなく云う。パラヘルメースはすぐに否定した。
「探索の時にラルフが煙突に入ったが、煤で滑ってすぐに落ちてきただろう。あそこの中に潜むことは不可能だ」
「じゃあどこに居たっていうの」
「まさかパラヘルメースくん、それも分かっていて」
アイディンは恐る恐る云った。パラヘルメースは口を緩めると髪をかき上げる。
「お教えしましょう。犯人は水没した階段に潜んでいたんです」
太陽は地平線に沈み、一同は足を止めた。フランチェスコたちはアイディンの指示で風の当たらない木々の間で野宿をすることに決めた。幸い枯れ枝を集めて火を起こすことができ、夜の間は襲われずに済みそうだと安心した。
小さく弾ける火を囲んで6人は座った。これからパラヘルメースによって事件の真相が語られる。フランチェスコは冷静なようで内心は落ち着かず、無意識のうちに右足を揺すっていた。
「さて、これから4人の被害者たちが如何にして亡くなったか、俺の推理を話そう。大前提のことだが、なぜ俺たちは遺跡に来ることになったのか。おい、あんた」
パラヘルメースはフランチェスコを顎をしゃくって促す。当たり前のことをなぜ訊くのか、それはまったく見当がつかない。
「それは…遺跡の調査のためですよ。エンティアとセレーネ、教皇庁の三勢力で協力して」
「その通り。経費の大部分を教皇庁が、人員をセレーネ帝国が、研究員をエンティア帝国が提供した。そして集められた調査団はクロウル・ドラゴンの襲撃によって壊滅、俺たちは遺跡の中に籠城する結果となった」
「それが何だというのですか」
エーレンフリートが素朴な疑問をぶつけた。
「重要なことだ。各国から集められた俺たちには面識がない。それに籠城することになったのも偶然引き起こされたもののはず。だから今回の事件の動機に個人的な怨恨がかかわっている可能性は極めて低い。有るには有るのだが、殺人の動機にするには一貫性がない」
パラヘルメースはフランチェスコを一瞥する。云ってしまうぞ、と訴えているようだった。事件が暴けるというのなら背に腹は代えられない。後ろめたいことであっても洗いざらい明らかにしてくれて構わない。フランチェスコは力強く頷いた。
「俺たちの中で殺人の動機になりそうなものを抱えている人物はフランチェスコだけだ。リュディガーは10年前、フランチェスコを人質に彼の父親を無理やり遺跡調査に派兵させた。そして今回は母親を人質に彼自身を……。調査中の彼らの態度から、フランチェスコがリュディガーを心の底から恨んでいたことが伺えるだろう。
またレアンドロさんは10年前の調査にも同行していて、全滅した調査団のなかで唯一生還した人物だった。フランチェスコは自分の父が死んだ一方レアンドロさんが生還したことに腹を立て、一方的な怨恨をつのらせていた可能性もある」
彼が説明する最中に何度もこちらに視線が刺さる。そんな目で見られても仕方がないと分かっているが、疑いの目は残酷にも恐怖心を刺激する。ラルフが犯人に疑われた時もこうだったのだろうか。フランチェスコの心に罪悪感が影を落とした。
「ですが一貫性がないというわけですね、パラヘルメースくん」
アイディンが云う。喋りながらも彼は憐れむようにフランチェスコを見ていた。
「はい。ノーノさんとラルフに対しては動機が見当たりません。特に事件解決に協力しあっていた彼女を殺すというのは不自然です。以上のことから犯人は、我々の知らない一貫した動機によって殺人を行っている、或いは犯人は複数人いて動機も複数存在する、とこのように考えられます」
云い終えたところでダミアンが手を挙げる。
「そもそも犯人は人間であるという解釈でよかったか?被害者たちは黒獣病にかかっていたが、リュディガーのワインに血液が混ぜられていたことで犯人は人間だという結論になったと思う。けれどモンスターでないと実行できない問題が孕んでいるように思えてならないのだが」
「そう、だから一貫性がないんだよ。事件すべてが同一の存在によると考えていたら答えが出ない。俺の推理はそれぞれの殺人ごとに犯人像をリセットしている。それを踏まえた上で聞いてくれ」
パラヘルメースは口元で指を絡ませた。
「遺跡の地下に閉じ込められた俺たちの中から4人の死者が出た。そして彼らの死にはいくつもの謎が残されていた。
まずはレアンドロ殺し。レアンドロさんは第9階層の彩色壁画の石室で喉を刺され、黒獣病にかかって死んでいた。死亡推定時刻は3日目午前5時前後。後頭部には殴られた傷があり、全身血まみれの状態だった。死体発見時は石室の扉が閉められていて、内側からしか開くことが出来ない密室になっていた」
絡ませた指をほどき、今度はピンと指を天に向けて立てる。
「ここからは俺の独自の情報だ。ノーノさんは傷口を比較してレアンドロ殺しに何の武器が使われたか調べた。結果どの武器とも一致せず、使われたのが食事用のペティナイフだと分かった。そのナイフが第7階層で発見された。それがこれだ」
パラヘルメースは件のナイフを懐から取り出した。まわりからは、おおと感嘆の声が上がる。
「フランチェスコと発見した時、このナイフは血だまりを超えた場所に捨てられていた。血を踏んだ足跡が無かったことから、おそらく犯人は血だまりより手前でこのナイフを投げたのだろう。普通に考えたら上の階に俺たちが来るとは思わないからな」
ナイフを逆手に持つとグサッと地面に突き刺す。
「切れ味は全員食事の時に知っているな。これがレアンドロさんの命を刈り取ったんだ。そして独自の情報をもう一つ。暖炉の灰の中から燃え残った赤黒い布片が見つかった。ラルフが燃やした可能性もあるが、奴の荷物に赤い布なんて着ていた服くらいなものだ。自分の服を燃やす意味はどうしても思いつかない、だからこれはレアンドロ殺しの際に燃やされたものだと仮定した」
そう云うと今度はポケットから小さな布を取り出す。灰を手で払うと確かに赤黒く変色していることが見て取れた。
フランチェスコはラルフの服装を思い出した。彼が石室で発見された時は腕から血を流していた。腕を傷つけられた時に千切れた布が偶然暖炉の中に入り、偶然燃え残った。そんなことがありえるのだろうか。彼の言う通り、犯人が燃やしたものに違いない。ではなぜ。
「さて、レアンドロさんの死体が発見された際、謎は大きく3つあった。①なぜ扉が閉まっていたのか②なぜ黒獣病にかかっていたのか③なぜ階下に降りていった人物が目撃されなかったかだったな」
「そうね。それで犯人が人間かモンスターか断定できなかった」
ロミーが独り言のように呟いた。
「謎①はとても簡単だ、犯人はレアンドロさんを殺害した後に扉を閉めることで現場を見回りに見られないようにしたんだ」
フランチェスコはすぐに口をはさむ。
「ちょっと待ってください。僕が見回りに行ったときには扉が閉まっていました。犯人によって閉められたのだとすると、死亡推定時刻と矛盾するじゃないですか」
「それも問題ない。時間の矛盾は謎③で華麗に解いてやる」
パラヘルメースは得意になって鼻で笑った。
「次に②なぜ黒獣病にかかっていたのか。この謎はリュディガー殺しが行われたことで簡単に気づくことができる。リュディガーは血の混ざったワインを飲み、黒獣病にかかって死んだと考えられる。血はおそらくモンスターのものであり、血液を経口摂取しても黒獣病にかかることが仮説立てられる。
つまり、傷口以外に人間の粘膜からでも黒獣病に感染することが可能であるということだ。
第9階層に安置されたクロウル・ドラゴンの死体、あれには血液がまったく無くなっていて干からびた状態だった。血液は何者かによって持ち出されていた。犯人はリュディガーのワインボトルを持っていき血を混入。それとは別にレアンドロさんの体にかけることで口や傷口を経由して死体に黒獣病を感染させることが出来たんだ」
「なるほど、口に溜まった血にはそういう理由があったのですか」
アイディンは顎に手を当てて微笑んだ。
「では、最後に③なぜ階下に降りていった人物が目撃されなかったのか」
パラヘルメースはナイフを抜くと地面に何かを書き始めた。目を細めて観察すると何やら線や数字が書かれているようだった。
「死亡推定時刻の5時、下に降りる者、そして戻って来る者もいなかった。一見犯行は不可能だが死亡推定時刻そのものが違っていた場合はこの限りではない」
パラヘルメースは引いた二本の線を指さした。
「俺がまず疑問に思ったのは、見張り場所のろうそくが燃え尽きてしまったことだ。ダミアンが見張り開始とともにろうそくに火をつけ、ロミーの見張り開始頃に燃え尽きた。この間6時間だ。しかしフランチェスコはろうそくが持つのは4時間程度だという」
フランチェスコははっとした。なぜベアトリーチェの部屋にろうそくと砂時計が並んで置いてあったのか、言葉に出来なかった疑問が形になった。
「なぜこのような矛盾が起こるのか。考えられる可能性は、ろうそくと砂時計のどちらかが実際の時間通りに進まなかったことだ。
ではどちらが時間通りに進まなかったのか。まずろうそくの方が間違っていた場合。
グノートス遺跡は地下でも空調が効いていて、俺たちが問題なく呼吸できたことから火が燃えにくかった可能性は排除できる。ろうそくを長持ちさせる方法にろうを冷やしておくというものがある。こうすることでろうが溶けにくくなり、燃焼時間が伸びる。なお、これをできるのはろうそくを燃やし始めたダミアンだけだ。
残るは砂時計の方に何か施されていた可能性。砂時計は使い続けると砂の粒が摩耗して小さくなり、実際より早く砂が落ちる」
リュディガーの砂時計を思い出す。あれは確か緑色にガラスが曇っていてかなり使い込まれていたように見えた。
「あんたらも疑問に思っただろう、遺跡の中で計っていた時刻は21時だったのに、外に出てみれば太陽が照っている。この時期の日の入りは20時、少なくとも1時間以上時間がずれていたということだ。その理由は単純、遺跡に入ってからずっとずれた砂時計で時間を計っていたから齟齬が生じた」
砂時計がずっとずれていた。衝撃の事実にその場にいた全員が唖然とする。ダミアンは呆けた顔で質問する。
「えっと、ずれていたって…具体的にどのくらい」
「砂時計は4時間を6時間として計ってしまうから単純計算で実際の時間は計った時間×三分の二。つまり砂時計は1回120分計るところ、実際は80分しか計れていなかった」
すらすらとナイフで計算式を書く。フランチェスコにはそれが何を意味しているのかは分からなかったため、とにかく時間が早く計算されていたと理解した。
「謎③の答え。死体発見時の時刻が大体8時30分。死亡推定時刻の5時前後まで210分だから狂った砂時計だと315分。つまりレアンドロさんの本当の死亡推定時刻は2時15分だったことになる。あんたが見張りをしている頃、犯人は下の階にいたんだよ」
パラヘルメースの眼光がフランチェスコを貫く。僕が見張りをしている最中に殺されたなんて、そんなことがすぐに信じられるわけがない。
「本当に僕が見張りをしている間に下に行った人物がいたのか。見張りをしていたのに見逃すなんて、とても考えられない。一体犯人はどうやって」
「当然の疑問だな。犯人はどうやって見張りに見られず、9階層に降りることができたのか。見張りの目をかいくぐった方法はただ一つ。見張りがいない時間に下に降りたんだ」
感心が唖然に一転する。そんな当たり前のこと云われずとも分かる。問題はそんな時間がなかっただろうということなのに。
フランチェスコはパラヘルメースの云うことを精一杯理解しようとしたが、脳が結論を出すより先に彼の方から口火を切った。
「見張りの取り決めでは、交代の際に次の人を起こしにかなくてはならないことになっている。あんた、まだ分からないのか。自分が起こしに行った時を思い返してみろ」
あきれた様子でパラヘルメースが云う。次の見張りの人を呼びに行く時、見張りの場所には誰もいなくなる。犯人がフランチェスコの見張りの時間に殺したということは、ダミアンがフランチェスコを呼びに行ったタイミングで犯人は下に降りたことを意味していた。
「以上のことから犯人の行動はこういう筋書きになる。
まず見張りのダミアンがフランチェスコを呼びに行った隙をついて犯人は下の階に行きレアンドロさんを殺害。死体には血をかけ、リュディガー殺しのために余った血をボトルに回収。上の階で混ぜる手順を踏まなくてよいし、あとは朝になってリュディガーにボトルを渡せば完了だ。最後に犯行時刻を誤認させるために扉を閉めて現場を密室にした。この時、時刻2時15分。帰りはフランチェスコがラルフを起こしに行く隙をついて自分の部屋に戻ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってほしい」
ダミアンが慌てた様子で質問する。フランチェスコも疑問が浮かんでいたため、彼がどんな質問をするか概ね予想することができた。
「私が交代する時に犯人が下に行ったことは分かった。だが見回りをしている時にそんな怪しい人物を目撃していない。私はレアンドロさんと話したからそれまで犯人は9階層に潜んでいたということになるじゃないか」
「暖炉に潜んでいたんじゃないの。煙突のなかで体を足で固定すれば見つからないはず。うちがダミアンだとして暖炉のなかまで見ようとは思わないから」
ロミーがあどけなく云う。パラヘルメースはすぐに否定した。
「探索の時にラルフが煙突に入ったが、煤で滑ってすぐに落ちてきただろう。あそこの中に潜むことは不可能だ」
「じゃあどこに居たっていうの」
「まさかパラヘルメースくん、それも分かっていて」
アイディンは恐る恐る云った。パラヘルメースは口を緩めると髪をかき上げる。
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