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パラディーゾ
火の星は友の墓
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グノートス遺跡 第8階層 21:09 p.m.(推定) フランチェスコ
頭を働かせるとお腹がへる。当然のことだが、彼らにとってはひどく死活問題だった。残された食料は、犠牲者によって頭数が減ったとはいえ最低限しか残されていなかった。フランチェスコはこぶし大のパンを小さくちぎって、よく噛んで飲み込んだ。不思議と味はしなかった。
砂時計が半分ほど落ちた頃だった。
どこからか、ドンドンと低い音が鳴った。驚いて皆の顔が上がる。
「ちょっと、何これ」
「わからない、上から聞こえるのか」
ロミーは素早く矢を手に取るとクロスボウにつがえて力いっぱいクランクを回した。フランチェスコとダミアンは武器を手に通路へ出ると、すぐに音の正体が分かった。
第7階層へ通じる階段、その上にはめられた石畳が、これまでになく大きく振動しているのだ。
ドンドン。ドン、ドンドンドン。
「なんなんだ、一体どうしたっていうんだ」
そう云ったダミアンの声は震えていた。フランチェスコも動揺を隠せなかった。
この音はまるで、建物の上階で子供がはしゃぎまわっているような。ちょうど飛び上がっている音に聞こえる。
最悪の想像が頭に浮かぶ。
まさか、モンスターがこの石畳は破壊して中に入ろうとしているのではあるまいか。フランチェスコは自分で語ったクロウル・ドラゴンの特徴を思い出した。
『あのモンスターは大飯喰らいで、狩りの期間はどんなものでも襲うらしいです。水中や木の上にいても執拗に追いかける』
フランチェスコは二度、石畳の下に逃げ込んだところを見られている。狡猾な狩猟者としての本能か、モンスターの執拗な追跡はフランチェスコたち人間の施す防衛策を無残にも打ち砕いた。
みるみるうちに石畳はひび割れていき、ガラガラという音と共に崩れ落ちた。ろうそくの光に照らされ、クロウル・ドラゴンの灰色の巨体が姿を現す。
「うわあああああああ」
ダミアンはあまりの恐怖に腰を抜かしてへたり込む。何をやってる、ここで死にたいのか。フランチェスコはしゃがんで肩を貸した。
このままでは全滅だ。そう思った瞬間、ふと故郷の荘園の風景が目に浮かぶ。
ああ、これが走馬灯というものか。生まれて、育って、戦った、今も自分の帰りを待つ故郷の姿。
どん、と横からぶつかられる。ロミーだ。クロスボウを構え、モンスターに狙いを定めている。
フランチェスコはぶつかられた衝撃で一気に冷静さを取り戻した。落ち着け。焦った時は何をやってもうまくいかない。今までその後悔の連続だったじゃないか。
いいかフランチェスコ、確実な行動を心がけるんだ。思い出せ、あいつからどうやれば生き残れる。自分自身に何度も言い聞かせる。
「ロミー、撃つな」
叫ぶでなく、かといってささやくでもなく、落ち着いた声でフランチェスコは彼女を呼び止めた。ロミーは目を見開いてこちらを向く。よかった、彼女は説明を聞く耳を持ってくれそうだ。
「落ち着いて、目を合わせずにゆっくり後退するんだ」
ダミアンの腰を引っ張って自分の後ろに下がらせる。そして部屋の中に向けて云った。
「僕たちが南通路で時間を稼ぎます。モンスターが過ぎたら部屋を出て第9階層に降りてください。ああ、閉めないでくださいよ」
「どうするつもり」
ロミーが険しい顔で訊く。
「石室を目指します」
石室は唯一扉があり、一度閉じてしまえばモンスターは入ってこれないはずだ。侵入をゆるした以上、もうあそこのほかに安全な場所はないだろう。ロミーは納得した様子でクロスボウを下した。
一歩、また一歩と退くとクロウル・ドラゴンはその分距離を詰める。向こうも警戒しているのか、すぐに襲い掛かっては来ない。フランチェスコは間合いが一定になるよう心掛けた。
モンスターは残る3人のいる部屋の入口に近づいていく。頼む、気づかないでくれ。フランチェスコは呼吸を忘れ、思わず息をのんだ。
のそり。のそり。入口の前を通りすぎる瞬間は永遠のように感じられた。モンスターの体の半分ほどが通り過ぎたとき、やっと息継ぎをすることができた。
敵をゆっくり引き連れたまま道をまがり、南通路に着いた。指示通りパラヘルメースたちが部屋を飛び出る。足音に気付きクロウル・ドラゴンが振り返ろうとするが、胴体が太いため体を後ろに曲げられない。フランチェスコは再び注目をこちらに向けるため、ろうそくを突きつけるように一歩踏み出した。
ぐるん、と見開かれた目がこちらを捉える。しまった、目が合ってしまった。思わずあっと声が漏れる。冷や汗が脇から伝った。呼吸は乱れ、口の中が一気に乾く感触。
「げ、限界よ」
ロミーがクロスボウを構える。今度はフランチェスコが制する前に矢が放たれた。
瞬間、矢はモンスターの胸に突き刺さった。モンスターの肉体は翻り、一瞬明かりの中から消えた。
まずい。二人を引っ張り、南通路を一気に横断する。モンスターは通路の奥にいたが、彼らが後退したのを確認すると一気に這い寄ってきた。フランチェスコはとっさにろうそくを床に放る。その火を恐れてか、クロウル・ドラゴンを迂回するように進んだ。
やはり、このモンスターは火に弱いのだ。とはいえ、このろうそくだけでは完全な足止めにはならない。
「下に降ります。走ってください」
合図とともに三人は走り出す。一つアドバンテージがあるとするなら、この第8階層は曲がり角が多くクロウル・ドラゴンが進みづらい道なりになっていたことだ。フランチェスコたちが階段に着いた頃には先ほどより間合いが広がっていたのだった。
下への階段は石畳が上げられていて、すぐ逃げ込むことができた。急ぎ足で階段を下る。踊り場で壁にぶつかったが、恐怖でまったく痛みは感じなかった。痛みを感じる暇すらなかった。
降りた先にはパラヘルメース、アイディン、エーレンフリートの三人が待っていた。見回して全員の集合を確認する。よし、誰も遅れてはいないな。
「石室に向かってください。扉を閉めればシェルターになります」
「いや待て、ここは俺の指示に従ってくれないか」
そう云ったのはパラヘルメースだった。ばっと眼前に手をかざされたためフランチェスコは驚いた。
「どういうつもり」
「パラヘルメースくん、今は主張しあってる時では」
「いいから俺に続け。今からこの迷宮を脱出する」
口々に飛び交う罵声をパラヘルメースは一蹴する。怒るでもなく、落ち着くでもなく。冷ややかで自信に満ちた声は一同はただならぬものを感じさせた。口元に浮かべた不敵な笑みが全員が押し黙らせた。
「よし、それでいい」
特に説明をせず、パラヘルメースは石室とは逆方向に走り出した。どこへ行く。そっちは水没した階段があるだけだぞ。頭では心の内で否定を唱えながらも、フランチェスコは彼を追った。
ベアトリーチェの遺体の前を通り、水面の前で立ち止まる。
「どうするつもりだ」
「俺についてこい」
フランチェスコの質問も意に介さずパラヘルメースは大きく息を吸い込むとそのまま水の中へ飛び込んだ。
おい嘘だろ。ここの中で耐えようってわけじゃあないだろうな。クロウル・ドラゴンは泳げるんだ、水中だって探しに来るはずだぞ。どうなっても知らないからな。
どぼん。
天に身を委ね、思い切って水に飛び込む。全身を刃のように鋭い冷気が突き刺さる。一気に全身が泡立った。
前方にパラヘルメースがいるはずだ。ゆっくり目を見開くとうっすらとした光の中に人影が見える。
光は炎のような赤々とした色でなく、陽光のように暖かい色をしているではないか。地下にどうして日が差しているんだ。そう驚いているうちにフランチェスコは息が続かなくなってきた。まずい、早くパラヘルメースの後を追わなければ。ファルシオンから手を離し、慣れない動きで無我夢中に水をかく。
もう少し、あともう少しで。息が続くのはあと何秒か。フランチェスコは死ぬ気で手を動かしたがここで止まっていた呼吸が動き出した。
水が勢いよく鼻から入ってくる。苦しくてすぐ噴き出したがそこでフランチェスコの浮上は止まった。
苦しい。苦しい。誰か、助けてくれ。パニックに陥りそうになったとき、脇に何かが挟み込まれぐいっと体が持ち上がる。
ぶはっ。呼吸は今までにないほど早く新鮮な空気を吸い込んだ。
生きてる。呼吸ができる。そう思った瞬間ふっと体の力が抜ける。脱力した身体はふわりと持ち上がり、水上に仰向けで浮いた。
ここはどこだ。顔の水を手で払って目を開く。
眼前には眩い群青の画面が視界いっぱいに広がっていた。フランチェスコは視界の端に入った白い雲でそれが空なのだと気づいた。
外。今、自分たちは外にいるのか。
ぶわっと水上を風が吹き抜ける。濡れた身体にはひどく寒く、ぶるりと体が震えた。
「おい、生きてるか」
仰向けの視界にぬっとパラヘルメースの顔が入ってきた。
「こ…ここは」
「あ、なんだって」
「ここはどこ」
パラヘルメースはあたりを見回す。
「どう見ても海だろう。その前に溺れたところを助けた礼はどうした」
途中からパラヘルメースの言葉は耳に入ってこなかった。
海。そうか海か。井戸の水を飲んだ時にベアトリーチェが話した塩水化現象を思い出す。地下水を採りすぎたことで近くの海水が混ざって井戸が塩水になってしまうんだったか。それはつまり、この近くに海があることを意味していたんだ。遺跡は北の漁港から距離があったから勘違いしていた。ということは、今自分たちがいるのは島の南側の海なのか。
「ぷはっ。そ、外だわ」
「まさか外とこんな形で繋がっていただなんて」
次々と水面から人が上がってくる。ロミーとアイディン、すこし遅れてエーレンフリートとダミアンが上がってきた。
「エーレンフリート、よく溺れずに来れたな」
パラヘルメースは慣れ慣れしく騎士の肩をたたく。見るとエーレンフリートは鎧を身に着けていなかった。
「英雄と呼ばれる皇帝も溺れ死んだと聞きます。リュディガー様に水練を叩き込まれた賜物ですよ」
彼はあっけらかんに云うと、身をよじって鎧を脱ぐ真似をして見せた。フランチェスコは全員が無事と分かりほっと息をついたのだった。
頭を働かせるとお腹がへる。当然のことだが、彼らにとってはひどく死活問題だった。残された食料は、犠牲者によって頭数が減ったとはいえ最低限しか残されていなかった。フランチェスコはこぶし大のパンを小さくちぎって、よく噛んで飲み込んだ。不思議と味はしなかった。
砂時計が半分ほど落ちた頃だった。
どこからか、ドンドンと低い音が鳴った。驚いて皆の顔が上がる。
「ちょっと、何これ」
「わからない、上から聞こえるのか」
ロミーは素早く矢を手に取るとクロスボウにつがえて力いっぱいクランクを回した。フランチェスコとダミアンは武器を手に通路へ出ると、すぐに音の正体が分かった。
第7階層へ通じる階段、その上にはめられた石畳が、これまでになく大きく振動しているのだ。
ドンドン。ドン、ドンドンドン。
「なんなんだ、一体どうしたっていうんだ」
そう云ったダミアンの声は震えていた。フランチェスコも動揺を隠せなかった。
この音はまるで、建物の上階で子供がはしゃぎまわっているような。ちょうど飛び上がっている音に聞こえる。
最悪の想像が頭に浮かぶ。
まさか、モンスターがこの石畳は破壊して中に入ろうとしているのではあるまいか。フランチェスコは自分で語ったクロウル・ドラゴンの特徴を思い出した。
『あのモンスターは大飯喰らいで、狩りの期間はどんなものでも襲うらしいです。水中や木の上にいても執拗に追いかける』
フランチェスコは二度、石畳の下に逃げ込んだところを見られている。狡猾な狩猟者としての本能か、モンスターの執拗な追跡はフランチェスコたち人間の施す防衛策を無残にも打ち砕いた。
みるみるうちに石畳はひび割れていき、ガラガラという音と共に崩れ落ちた。ろうそくの光に照らされ、クロウル・ドラゴンの灰色の巨体が姿を現す。
「うわあああああああ」
ダミアンはあまりの恐怖に腰を抜かしてへたり込む。何をやってる、ここで死にたいのか。フランチェスコはしゃがんで肩を貸した。
このままでは全滅だ。そう思った瞬間、ふと故郷の荘園の風景が目に浮かぶ。
ああ、これが走馬灯というものか。生まれて、育って、戦った、今も自分の帰りを待つ故郷の姿。
どん、と横からぶつかられる。ロミーだ。クロスボウを構え、モンスターに狙いを定めている。
フランチェスコはぶつかられた衝撃で一気に冷静さを取り戻した。落ち着け。焦った時は何をやってもうまくいかない。今までその後悔の連続だったじゃないか。
いいかフランチェスコ、確実な行動を心がけるんだ。思い出せ、あいつからどうやれば生き残れる。自分自身に何度も言い聞かせる。
「ロミー、撃つな」
叫ぶでなく、かといってささやくでもなく、落ち着いた声でフランチェスコは彼女を呼び止めた。ロミーは目を見開いてこちらを向く。よかった、彼女は説明を聞く耳を持ってくれそうだ。
「落ち着いて、目を合わせずにゆっくり後退するんだ」
ダミアンの腰を引っ張って自分の後ろに下がらせる。そして部屋の中に向けて云った。
「僕たちが南通路で時間を稼ぎます。モンスターが過ぎたら部屋を出て第9階層に降りてください。ああ、閉めないでくださいよ」
「どうするつもり」
ロミーが険しい顔で訊く。
「石室を目指します」
石室は唯一扉があり、一度閉じてしまえばモンスターは入ってこれないはずだ。侵入をゆるした以上、もうあそこのほかに安全な場所はないだろう。ロミーは納得した様子でクロスボウを下した。
一歩、また一歩と退くとクロウル・ドラゴンはその分距離を詰める。向こうも警戒しているのか、すぐに襲い掛かっては来ない。フランチェスコは間合いが一定になるよう心掛けた。
モンスターは残る3人のいる部屋の入口に近づいていく。頼む、気づかないでくれ。フランチェスコは呼吸を忘れ、思わず息をのんだ。
のそり。のそり。入口の前を通りすぎる瞬間は永遠のように感じられた。モンスターの体の半分ほどが通り過ぎたとき、やっと息継ぎをすることができた。
敵をゆっくり引き連れたまま道をまがり、南通路に着いた。指示通りパラヘルメースたちが部屋を飛び出る。足音に気付きクロウル・ドラゴンが振り返ろうとするが、胴体が太いため体を後ろに曲げられない。フランチェスコは再び注目をこちらに向けるため、ろうそくを突きつけるように一歩踏み出した。
ぐるん、と見開かれた目がこちらを捉える。しまった、目が合ってしまった。思わずあっと声が漏れる。冷や汗が脇から伝った。呼吸は乱れ、口の中が一気に乾く感触。
「げ、限界よ」
ロミーがクロスボウを構える。今度はフランチェスコが制する前に矢が放たれた。
瞬間、矢はモンスターの胸に突き刺さった。モンスターの肉体は翻り、一瞬明かりの中から消えた。
まずい。二人を引っ張り、南通路を一気に横断する。モンスターは通路の奥にいたが、彼らが後退したのを確認すると一気に這い寄ってきた。フランチェスコはとっさにろうそくを床に放る。その火を恐れてか、クロウル・ドラゴンを迂回するように進んだ。
やはり、このモンスターは火に弱いのだ。とはいえ、このろうそくだけでは完全な足止めにはならない。
「下に降ります。走ってください」
合図とともに三人は走り出す。一つアドバンテージがあるとするなら、この第8階層は曲がり角が多くクロウル・ドラゴンが進みづらい道なりになっていたことだ。フランチェスコたちが階段に着いた頃には先ほどより間合いが広がっていたのだった。
下への階段は石畳が上げられていて、すぐ逃げ込むことができた。急ぎ足で階段を下る。踊り場で壁にぶつかったが、恐怖でまったく痛みは感じなかった。痛みを感じる暇すらなかった。
降りた先にはパラヘルメース、アイディン、エーレンフリートの三人が待っていた。見回して全員の集合を確認する。よし、誰も遅れてはいないな。
「石室に向かってください。扉を閉めればシェルターになります」
「いや待て、ここは俺の指示に従ってくれないか」
そう云ったのはパラヘルメースだった。ばっと眼前に手をかざされたためフランチェスコは驚いた。
「どういうつもり」
「パラヘルメースくん、今は主張しあってる時では」
「いいから俺に続け。今からこの迷宮を脱出する」
口々に飛び交う罵声をパラヘルメースは一蹴する。怒るでもなく、落ち着くでもなく。冷ややかで自信に満ちた声は一同はただならぬものを感じさせた。口元に浮かべた不敵な笑みが全員が押し黙らせた。
「よし、それでいい」
特に説明をせず、パラヘルメースは石室とは逆方向に走り出した。どこへ行く。そっちは水没した階段があるだけだぞ。頭では心の内で否定を唱えながらも、フランチェスコは彼を追った。
ベアトリーチェの遺体の前を通り、水面の前で立ち止まる。
「どうするつもりだ」
「俺についてこい」
フランチェスコの質問も意に介さずパラヘルメースは大きく息を吸い込むとそのまま水の中へ飛び込んだ。
おい嘘だろ。ここの中で耐えようってわけじゃあないだろうな。クロウル・ドラゴンは泳げるんだ、水中だって探しに来るはずだぞ。どうなっても知らないからな。
どぼん。
天に身を委ね、思い切って水に飛び込む。全身を刃のように鋭い冷気が突き刺さる。一気に全身が泡立った。
前方にパラヘルメースがいるはずだ。ゆっくり目を見開くとうっすらとした光の中に人影が見える。
光は炎のような赤々とした色でなく、陽光のように暖かい色をしているではないか。地下にどうして日が差しているんだ。そう驚いているうちにフランチェスコは息が続かなくなってきた。まずい、早くパラヘルメースの後を追わなければ。ファルシオンから手を離し、慣れない動きで無我夢中に水をかく。
もう少し、あともう少しで。息が続くのはあと何秒か。フランチェスコは死ぬ気で手を動かしたがここで止まっていた呼吸が動き出した。
水が勢いよく鼻から入ってくる。苦しくてすぐ噴き出したがそこでフランチェスコの浮上は止まった。
苦しい。苦しい。誰か、助けてくれ。パニックに陥りそうになったとき、脇に何かが挟み込まれぐいっと体が持ち上がる。
ぶはっ。呼吸は今までにないほど早く新鮮な空気を吸い込んだ。
生きてる。呼吸ができる。そう思った瞬間ふっと体の力が抜ける。脱力した身体はふわりと持ち上がり、水上に仰向けで浮いた。
ここはどこだ。顔の水を手で払って目を開く。
眼前には眩い群青の画面が視界いっぱいに広がっていた。フランチェスコは視界の端に入った白い雲でそれが空なのだと気づいた。
外。今、自分たちは外にいるのか。
ぶわっと水上を風が吹き抜ける。濡れた身体にはひどく寒く、ぶるりと体が震えた。
「おい、生きてるか」
仰向けの視界にぬっとパラヘルメースの顔が入ってきた。
「こ…ここは」
「あ、なんだって」
「ここはどこ」
パラヘルメースはあたりを見回す。
「どう見ても海だろう。その前に溺れたところを助けた礼はどうした」
途中からパラヘルメースの言葉は耳に入ってこなかった。
海。そうか海か。井戸の水を飲んだ時にベアトリーチェが話した塩水化現象を思い出す。地下水を採りすぎたことで近くの海水が混ざって井戸が塩水になってしまうんだったか。それはつまり、この近くに海があることを意味していたんだ。遺跡は北の漁港から距離があったから勘違いしていた。ということは、今自分たちがいるのは島の南側の海なのか。
「ぷはっ。そ、外だわ」
「まさか外とこんな形で繋がっていただなんて」
次々と水面から人が上がってくる。ロミーとアイディン、すこし遅れてエーレンフリートとダミアンが上がってきた。
「エーレンフリート、よく溺れずに来れたな」
パラヘルメースは慣れ慣れしく騎士の肩をたたく。見るとエーレンフリートは鎧を身に着けていなかった。
「英雄と呼ばれる皇帝も溺れ死んだと聞きます。リュディガー様に水練を叩き込まれた賜物ですよ」
彼はあっけらかんに云うと、身をよじって鎧を脱ぐ真似をして見せた。フランチェスコは全員が無事と分かりほっと息をついたのだった。
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