黒獣ダンジョン殺人事件

Sora jinNai

文字の大きさ
上 下
23 / 35
パラディーゾ

アポローンと火天井

しおりを挟む
グノートス遺跡 第8階層 08:19 a.m.(推定) フランチェスコ

 籠城4日目の朝。
 身体をゆすられて深い眠りから急に引き揚げられる。
 瞼は重く、薄く開けた瞳でキョロキョロと周りを見回した。オレンジ色の明かりにぼんやりと視界が開ける。フランチェスコの肩にアイディンが手を置いていた。オレンジ色はアイディンが持っていたオイルランプの光だった。

 起きたことを見とめると、ランプを床に置いて話しかけてくる。しかし、頭に靄がかかってなかなか内容がつかめない。
 急に起こされたためか体からひどい倦怠感を感じた。段々意識が通い始めて耳も聞こえるようになる。

「ベアトリーチェ卿がいらっしゃらないんですが、どこに行かれたかご存じですか」
 そこまで聞いてやっと話を理解した。上体を起こすと軽く咳きこんで喉の調子を整える。
「い…いないんですか。彼女」
 起きて南通路に出たとき違和感を覚え、部屋をのぞき込むとそこに彼女の姿はなかったとアイディンは説明した。

「一応他の部屋も伺うつもりですが」
「僕も一緒に行きます」
 フランチェスコは食い気味に答えた。慌ててファルシオンを腰に装備し、部屋を出る。

 まずは一番近いリュディガーの部屋に向かった。
 リュディガーは荷物を枕にして静かに横になっていた。オレンジ色の光を鎧がビカビカと反射し、思わず目を細めた。
 ゆすって起こそうとしたが、まるで起きそうにない。

 仕方なく隣のエーレンフリートの部屋を伺った。
 エーレンフリートは急に訪ねてきたことに驚いたが、冷静な口調で受け答えしていく。
「本当に彼女はいないのか。誰かの部屋で一緒に寝ているだけではないのか」
「それはない…とは云えないですけど」
 フランチェスコは言葉に詰まる。スッとアイディンが間に入る。
「エーレンフリート君は3番目の見回りを担当していましたね。その時ベアトリーチェ卿の姿を見ていないんですか」
「私が見たときにはまだいらっしゃいましたよ。部屋で寝ていて」

 アイディンは顎に手を当てた。
 念のため部屋の中を見せてもらったが、彼女の隠れられる場所などない。ベアトリーチェはいなかった。

「ねえ、これは何の騒ぎ」
「何かありましたか」
 騒ぎを聞きつけたのかロミーとダミアンが現れた。ベアトリーチェが見当たらないことを話すと目の色を変えて騒ぎ立てた。

「まさか、あの子1人で脱出したの」
 脱出という言葉にピクリと耳が動く。
「ロミーさん。脱出ってどういうことですか」
 フランチェスコは無表情に訊く。彼女は焦りつつ云った。
「だってそういうことじゃない。あたしが見回りをしたときにはもう彼女は部屋にいなかったのよ。夜中に姿を消すなんて、あたしたちを出し抜いてここを脱出したに違いないわ」

 4人目、最後の見回りを担当したロミーの時にはもう彼女は消えていた。つまり居なくなったのはロミーが階段の前で見張りをしていた間ということになる。
 しかし脱出という発想は少し突飛であるようにフランチェスコは思えた。憶測とはいえ1週間はクロウル・ドラゴンの狩りは続く。上の階が安全でないのに脱出を試みるなんて信じられない。まして頭の切れる彼女がそんな行動にでるとは到底考えられなかった。

「ベアトリーチェ卿がみんなを出し抜こうなんてするはずがありません。きっと何か事情があるはずです」
 フランチェスコは真剣な眼差しで言った。
「ところでリュディガーさんはいないんですか」
 ダミアンがその場にいた全員に質問する。

「なかなか起きなかったから置いてきたんです。パラヘルメースも呼んで、ついでに起こしましょう」
「俺を呼んだか」
 フランチェスコが言い終えた瞬間に後ろから声が響く。暗い南通路をパラヘルメースが歩いて来ていた。
 パラヘルメースは揃っている面々を見て顔色を変える。
「待て、ノーノさんはどこだ」
「見つからないんです。もしかしたら上に行ってしまったんじゃないかって」
 経緯を説明するとパラヘルメースは顔を歪めて憤りを露わにした。
「見張りは何やってたんだ。彼女は今、命の危機にさらされているんだぞ」
 そう云い放つとこちらに背中を向けて走り出す。

 まさか彼女を追って上の階に向かうつもりか。そんなのは死ぬようなものだぞ。
 フランチェスコはオイルランプをひったくると走った。

 パラヘルメースは案外足が遅く、第7階層へ上る階段の前で捕まえることができた。じたばたと頑なに抵抗したが、普段から鍛えているフランチェスコを振り払うことはできない。逆に組伏せられ、羽交い絞めにされた。
「あんた、今行かなければ間違いなく後悔するぞ。手遅れになってからでは遅い」
「そんなこと分かってます。僕だって彼女のことが心配です。でもあなたが行ったってモンスターの糞になるだけですよ」
「ならあんたも力を貸せ」
「なっ」
 思わずフランチェスコの拘束が緩み、すぽんと腕が抜ける。パラヘルメースは受け身を取れず、胸から倒れこんだ。

 パラヘルメースは胸を抱えて起き上がるとフランチェスコに迫って云う。
「俺には力はない。できるのは冴えわたる頭脳をフル回転させることだけさ。お前は逆だ、力はあっても頭脳が無い。だからお前なんだ。俺とお前で組めば互いに補い合えるだろう」

 力のこもった瞳に射抜かれる。あの時と同じだ。
 フランチェスコはベアトリーチェと手を組んだ時のことを思い出していた。
 ベアトリーチェもまたフランチェスコに無いものを補ってくれる存在だった。短いながらも共に行動して、2人なら困難に立ち向かえるような確信を得ていた。

 10年前に父が死んでから、フランチェスコは母を守れるような存在になるために必死に戦ってきた。来る日も来る日もモンスターと戦い、死をも恐れず研鑽を積んだ。
 流れに身を任せ、その時自分がやれることを正解だと信じて進んできた。
 ならば今、自分は新しい流れの渦中にいるのかもしれない。
 ぐるぐると遠回りをし続ける道かもしれない。けれど渦の先へ進めば、必ず中心というゴールにたどり着くことができる。
 ベアトリーチェを見つけるためにもここで立ち止まるのは、嫌だ。

「わかりました」
「決断の遅い奴だ。だがその選択は褒めてやる」
 シュッとファルシオンを抜く。持ち手が軋むほど強く握りこむ。意志の強さを剣に送り込むように。
「パラヘルメース。僕はあなたと同盟を結びます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...