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プルガトリオ
愛欲者は抱擁をもって悔いる
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グノートス遺跡 第8階層 19:05 p.m.(推定) パラヘルメース
「なぜこんなに人がいないんだ」
リュディガーは困惑の声色でパラヘルメースに聞いた。彼はやれやれとこれで4周目になる本を閉じて詳説する。
現在時刻は午後7時。この時刻に夕食を取るとラルフを除いた全員にあらかじめ伝えてあった。しかし誰も彼も、お腹が空いていないだとか気分が乗らないと理由をつけて自分の部屋に籠もってしまったのだ。パラヘルメースは事件のことで頭を使ったため、お腹は空いていないけれどパンを胃袋にねじ込んでいた。ありがたくはないが、この状況では有り難い食料なのだ。とはいえそれも、彼の部屋に集まって食事を行うという前提があるからこそなのであるが。
「しかし、場所と時間を取り決めたのだから普通は守るべきだ」
「この状況で普段通り過ごせという方が難しいとは思わないのか。生き残ったはいいが出来ることはただ待つのみ。それもモンスター退治の専門家が勝手に云っているだけで正しいとも限らないのだから、みんな気が気ではないだろう。まるで裁判を待つ罪人の気分さ」
それに加えてレアンドロ・ルチョーニ殺人事件。彼を殺した存在は未だこの空間に潜んでいる。漠然とした不安感が生存者同士の連帯を阻害しているのだ。ラルフが容疑者として隔離したが、それをつとめて話題に上げないのも余計な不安感を抱きたくないという拒否反応なのかもしれない。
「まったく。私とて体調が優れないにも関わらずこうして顔を出しているというのに」
リュディガーは自分を棚に上げて怒りを露わにした。ちらりと彼を見る。語気は強いが本当にその顔色は優れない。
向かいに座るエーレンフリートは冷静に諌める。
「無理をなさらないでください。興奮すると余計に体に障ります。どうか冷静に」
リュディガーは食べ物を口にモゴモゴと含むと、ぶどう酒の瓶を仰いで流し込んだ。瓶からは得も云えぬ香りがにおう。そんな状態の悪い酒を飲むからだとパラヘルメースは顔をしかめた。
「もう残る食料も少ない。こうして食べられたことに感謝だ」
手を握り合わせ、リュディガーは短く祈りを捧げた。エーレンフリートの肩をかりて立ち上がると、部下の支えを振り払って自分の部屋へ帰っていった。
壁に手をついて歩く姿は、戦場で死に損なって苦しむ兵を見ているようだった。
「自分は体調が悪いくせして他人に怒る気力があるとは、これも騎士の流儀なのかな」
バカにしたつもりが、エーレンフリートの表情は悲しみそのものだった。
「誰にでも良い部分と悪い部分があります。リュディガー様の場合は、悪い部分が見えやすいだけなのです」
「悪い部分、それは耳寄りだな。ひとつ彼の悪い部分を教えてくれないか」
しばらくエーレンフリートは押し黙った。何かを決心したように顔を伏せると口を開いた。
「あの方は盲目なのです」
「馬鹿にするな、目は見えていたぞ」
「失礼しました。正しくは盲目的なのです、自分の父親に。バーケル騎士領領主ジークハルト様は民に対して圧政を敷いています。兵力を高めるために強引なやり方を厭わないためです。そんな父を持つためか、リュディガー様は結果さえ得られれば過程は気にされません。今回の出兵も強引で非道徳的なやり方をなされました」
パラヘルメースはエーレンフリートの一言が気になって質問する。「『非道徳的なやり方』とは、彼は何をやったんだ」
「あの戦奴、フランチェスコ・アリギエリの母親を人質に今回の出兵に同行させたのです。10年前にも遺跡は調査が行われたのですが、その際は1人を除いて調査員や護衛全員が死亡しました。それだけ難易度の高いミッション、我が領で最も腕のたつモンスターの専門家である彼を行かせたい気持ちはお分かりでしょう。だから同行させるという結果のために彼らは手段を厭いませんでした。それがどれだけ業が深いことかも理解せず」
まるで全てを見通したような物言いにパラヘルメースは感心していた。この男は騎士の子に生まれていなければ、きっと教会へ入って聖人として黄金伝記録に載るだろうと思った。
そうか。あの戦奴とリュディガー、どうも反りが合わない様子だったがそういう理由があったのか。
「それで、あんたの上司の行動はどう業が深いんだ」
「10年前、我が領にはもうひとり最強と名高い戦奴がいました。彼の名はジョバンニ。ジョバンニ・アリギエリ」
思わず息を呑んだ。本当だとしたらなんて奇妙な因果だろうか。「まさかその男は」
「あなたの想像通り、フランチェスコの父親です。10年前、ジークハルト様は彼を調査に参加させようとまだ8歳に満たなかったフランチェスコ・アリギエリを人質に取りました。今日、再び同じやり方で戦奴を連れてきたことは業が深いとしか云いようがありません」
パラヘルメースは天を仰いだ。
「随分ひどい話だ。あの男は間違いなく神様の左手側だな」
「そう二元論的に考えてはいけません。天の国へ行けなくとも、煉獄で罪を浄化すればきっとあの方も救われるでしょう」
エーレンフリートは両膝に手をつき、微笑みを浮かべた。
パラヘルメースは得意げに手に持っていた本を見せる。表紙には消えかかった文字で「神聖なる悲劇」というタイトルと「ダンデ」と作者名が刷られている。
「煉獄山は7つの大罪を清める場所。リュディガーのおっさんが背負う罪なら高慢、憤怒、暴食の3つかな」
「なるほど、その本を読んでご存知でしたか」
「あんたにとって錬金術は、神に近づく邪悪なものだろうが、俺にとっては信仰の一側面なのさ」
2人の間の空気はいつの間に暖かく氷解していた。パラヘルメース自体が何をやったわけではない。人が仲を深めるには秘密を共有することが近道であり、エーレンフリートが期せずしてその手順を踏んでいただけのことだった。
和ましくなったところでふいに錬金術師は疑問を思い出した。
「そう云えば10年前の事件で1人を除いて全員死亡したと云ったな。生き残ったのは一体どんなやつなんだ」
そう云い終えたところでエーレンフリートの表情が硬直する。まるで皿を割ったことをまずいと思いつつも平気を装ってとぼける子供のようだ。パラヘルメースは瞬時に何か後ろめたいものを読み取った。
「何かまずい事実でも抱えてそうだな神父様。ここは懺悔室じゃない、教会の守秘義務は関係ないさ。元より後ろ暗い話をしていたのだから、中途半端ではなくきっちり腹を割ったほうが良いだろう」
パラヘルメースは食い下がる。畳み掛けて誘惑するがそれでも彼の心は変わらないらしい。こういう時、教会の人間は頑固者だから困ってしまうよな、と面倒に思った。
ならばと作戦を変え彼の良心に訴える作戦を実行する。
「もしかして、懺悔室を必要とするような悪事に関することか」
「私は教会の人間ではないですが、神に裁かれること願っているからこそ人には云えません」
なるほど。どうやら生き残った人物は何かしら悪どいことに手を染めているようだ、とパラヘルメースは思った。彼にとって悪事を働いた者は裁くのが裁判官であろうと教会であろうと、はたまた神であろうと知ったことではない。認識はただ悪い奴である。
「正直、あんたの気持ちは痛いほど分かる。神に背くような行動をした人間こそ神に裁いてほしいと思うものだ。だから教会の守秘義務を守るんだものな。しかし、そうするとあんたは矛盾する。それではなぜ業の深いバーケル親子の悪行をこの俺に話した。同じ悪事を働いた奴なんだ、そっちだって教えてくれていいだろう」
「何を云っている」
エーレンフリートは戸惑う様子を見せる。
「だから、その罪人の名を早く教えてくれって云ってるんだ」
「パラヘルメース、君は何か早合点してしまっている」
どうも会話が食い違う。エーレンフリートが生き残りの名を云えないのは何か別の理由があるのではないか。
「おいエーレンフリート。あんたがそいつを教えないのは一体どうしてだ」
エーレンフリートは隠す理由も黙秘する。パラヘルメースはひた隠しにされる事柄にむしろどうしても暴きたくなってきた。
彼の向かいに座り込み、うつむいた顔をのぞき見るように上目を遣う。
「俺たちの中にレアンドロさんを殺した犯人がいる可能性が高い。こんな状況で人を殺すやつだ、間違いなく正気じゃない。そんな奴が野放しにすれば、いつか罪のない人も手をかけるだろう。あんたはそれを看過するのか。どんなに些細な情報でもそれが捜査の役に立つかもしれない、だから教えてくれ」
その言葉は至誠さをまとっている。一方、内心では聖職者すら説得してしまう口達者ぶりに手前みそになっていた。エーレンフリートは葛藤したものの、苦い顔で小さく「わかりました」と了承した。
「ありがとう。それで誰なんだ、10年前の遺跡調査の生存者というのは」
「レアンドロ、ルチョーニ様です」
パラヘルメースは思わず耳を疑った。あの考古学者が10年前にもこの遺跡に来ていた。確かに遺跡研究の第一人者であるから参加していても不思議ではない。
レアンドロは遺跡に来てから妙だった。彼はモンスターによって脱出不可能とわかった絶望的状況にあっても全くの平静だった。あれはすでにこの状況を経験していたからだと考えれば辻褄が通る。
だとすると解せないのは、なぜその危険を俺たちに知らせなかったのか。危険などこれっぽっちもなさそうに飄々とした態度でいたためリュディガーとも対立していた。10年前の調査団が全滅した原因が今回と同じくクロウル・ドラゴンだとして、その存在を教えなかったのは何か理由があるのだろうか。
そもそも調査団が全滅したというなら、なぜ次の調査が10年も後になるのだ。国と国が絡んだ一大作戦だ、なぜこのタイミングで計画されたのだ。
現状分からないことが多い。だがレアンドロが10年前と今回、2度の調査に参加したことは偶然ではないだろう。そしてエーレンフリートの情報から、レアンドロと間接的に関係を持っていた人物が浮上する。それはこの事件が起きて初めて動機と呼ぶにふさわしいものだった。
「なぜこんなに人がいないんだ」
リュディガーは困惑の声色でパラヘルメースに聞いた。彼はやれやれとこれで4周目になる本を閉じて詳説する。
現在時刻は午後7時。この時刻に夕食を取るとラルフを除いた全員にあらかじめ伝えてあった。しかし誰も彼も、お腹が空いていないだとか気分が乗らないと理由をつけて自分の部屋に籠もってしまったのだ。パラヘルメースは事件のことで頭を使ったため、お腹は空いていないけれどパンを胃袋にねじ込んでいた。ありがたくはないが、この状況では有り難い食料なのだ。とはいえそれも、彼の部屋に集まって食事を行うという前提があるからこそなのであるが。
「しかし、場所と時間を取り決めたのだから普通は守るべきだ」
「この状況で普段通り過ごせという方が難しいとは思わないのか。生き残ったはいいが出来ることはただ待つのみ。それもモンスター退治の専門家が勝手に云っているだけで正しいとも限らないのだから、みんな気が気ではないだろう。まるで裁判を待つ罪人の気分さ」
それに加えてレアンドロ・ルチョーニ殺人事件。彼を殺した存在は未だこの空間に潜んでいる。漠然とした不安感が生存者同士の連帯を阻害しているのだ。ラルフが容疑者として隔離したが、それをつとめて話題に上げないのも余計な不安感を抱きたくないという拒否反応なのかもしれない。
「まったく。私とて体調が優れないにも関わらずこうして顔を出しているというのに」
リュディガーは自分を棚に上げて怒りを露わにした。ちらりと彼を見る。語気は強いが本当にその顔色は優れない。
向かいに座るエーレンフリートは冷静に諌める。
「無理をなさらないでください。興奮すると余計に体に障ります。どうか冷静に」
リュディガーは食べ物を口にモゴモゴと含むと、ぶどう酒の瓶を仰いで流し込んだ。瓶からは得も云えぬ香りがにおう。そんな状態の悪い酒を飲むからだとパラヘルメースは顔をしかめた。
「もう残る食料も少ない。こうして食べられたことに感謝だ」
手を握り合わせ、リュディガーは短く祈りを捧げた。エーレンフリートの肩をかりて立ち上がると、部下の支えを振り払って自分の部屋へ帰っていった。
壁に手をついて歩く姿は、戦場で死に損なって苦しむ兵を見ているようだった。
「自分は体調が悪いくせして他人に怒る気力があるとは、これも騎士の流儀なのかな」
バカにしたつもりが、エーレンフリートの表情は悲しみそのものだった。
「誰にでも良い部分と悪い部分があります。リュディガー様の場合は、悪い部分が見えやすいだけなのです」
「悪い部分、それは耳寄りだな。ひとつ彼の悪い部分を教えてくれないか」
しばらくエーレンフリートは押し黙った。何かを決心したように顔を伏せると口を開いた。
「あの方は盲目なのです」
「馬鹿にするな、目は見えていたぞ」
「失礼しました。正しくは盲目的なのです、自分の父親に。バーケル騎士領領主ジークハルト様は民に対して圧政を敷いています。兵力を高めるために強引なやり方を厭わないためです。そんな父を持つためか、リュディガー様は結果さえ得られれば過程は気にされません。今回の出兵も強引で非道徳的なやり方をなされました」
パラヘルメースはエーレンフリートの一言が気になって質問する。「『非道徳的なやり方』とは、彼は何をやったんだ」
「あの戦奴、フランチェスコ・アリギエリの母親を人質に今回の出兵に同行させたのです。10年前にも遺跡は調査が行われたのですが、その際は1人を除いて調査員や護衛全員が死亡しました。それだけ難易度の高いミッション、我が領で最も腕のたつモンスターの専門家である彼を行かせたい気持ちはお分かりでしょう。だから同行させるという結果のために彼らは手段を厭いませんでした。それがどれだけ業が深いことかも理解せず」
まるで全てを見通したような物言いにパラヘルメースは感心していた。この男は騎士の子に生まれていなければ、きっと教会へ入って聖人として黄金伝記録に載るだろうと思った。
そうか。あの戦奴とリュディガー、どうも反りが合わない様子だったがそういう理由があったのか。
「それで、あんたの上司の行動はどう業が深いんだ」
「10年前、我が領にはもうひとり最強と名高い戦奴がいました。彼の名はジョバンニ。ジョバンニ・アリギエリ」
思わず息を呑んだ。本当だとしたらなんて奇妙な因果だろうか。「まさかその男は」
「あなたの想像通り、フランチェスコの父親です。10年前、ジークハルト様は彼を調査に参加させようとまだ8歳に満たなかったフランチェスコ・アリギエリを人質に取りました。今日、再び同じやり方で戦奴を連れてきたことは業が深いとしか云いようがありません」
パラヘルメースは天を仰いだ。
「随分ひどい話だ。あの男は間違いなく神様の左手側だな」
「そう二元論的に考えてはいけません。天の国へ行けなくとも、煉獄で罪を浄化すればきっとあの方も救われるでしょう」
エーレンフリートは両膝に手をつき、微笑みを浮かべた。
パラヘルメースは得意げに手に持っていた本を見せる。表紙には消えかかった文字で「神聖なる悲劇」というタイトルと「ダンデ」と作者名が刷られている。
「煉獄山は7つの大罪を清める場所。リュディガーのおっさんが背負う罪なら高慢、憤怒、暴食の3つかな」
「なるほど、その本を読んでご存知でしたか」
「あんたにとって錬金術は、神に近づく邪悪なものだろうが、俺にとっては信仰の一側面なのさ」
2人の間の空気はいつの間に暖かく氷解していた。パラヘルメース自体が何をやったわけではない。人が仲を深めるには秘密を共有することが近道であり、エーレンフリートが期せずしてその手順を踏んでいただけのことだった。
和ましくなったところでふいに錬金術師は疑問を思い出した。
「そう云えば10年前の事件で1人を除いて全員死亡したと云ったな。生き残ったのは一体どんなやつなんだ」
そう云い終えたところでエーレンフリートの表情が硬直する。まるで皿を割ったことをまずいと思いつつも平気を装ってとぼける子供のようだ。パラヘルメースは瞬時に何か後ろめたいものを読み取った。
「何かまずい事実でも抱えてそうだな神父様。ここは懺悔室じゃない、教会の守秘義務は関係ないさ。元より後ろ暗い話をしていたのだから、中途半端ではなくきっちり腹を割ったほうが良いだろう」
パラヘルメースは食い下がる。畳み掛けて誘惑するがそれでも彼の心は変わらないらしい。こういう時、教会の人間は頑固者だから困ってしまうよな、と面倒に思った。
ならばと作戦を変え彼の良心に訴える作戦を実行する。
「もしかして、懺悔室を必要とするような悪事に関することか」
「私は教会の人間ではないですが、神に裁かれること願っているからこそ人には云えません」
なるほど。どうやら生き残った人物は何かしら悪どいことに手を染めているようだ、とパラヘルメースは思った。彼にとって悪事を働いた者は裁くのが裁判官であろうと教会であろうと、はたまた神であろうと知ったことではない。認識はただ悪い奴である。
「正直、あんたの気持ちは痛いほど分かる。神に背くような行動をした人間こそ神に裁いてほしいと思うものだ。だから教会の守秘義務を守るんだものな。しかし、そうするとあんたは矛盾する。それではなぜ業の深いバーケル親子の悪行をこの俺に話した。同じ悪事を働いた奴なんだ、そっちだって教えてくれていいだろう」
「何を云っている」
エーレンフリートは戸惑う様子を見せる。
「だから、その罪人の名を早く教えてくれって云ってるんだ」
「パラヘルメース、君は何か早合点してしまっている」
どうも会話が食い違う。エーレンフリートが生き残りの名を云えないのは何か別の理由があるのではないか。
「おいエーレンフリート。あんたがそいつを教えないのは一体どうしてだ」
エーレンフリートは隠す理由も黙秘する。パラヘルメースはひた隠しにされる事柄にむしろどうしても暴きたくなってきた。
彼の向かいに座り込み、うつむいた顔をのぞき見るように上目を遣う。
「俺たちの中にレアンドロさんを殺した犯人がいる可能性が高い。こんな状況で人を殺すやつだ、間違いなく正気じゃない。そんな奴が野放しにすれば、いつか罪のない人も手をかけるだろう。あんたはそれを看過するのか。どんなに些細な情報でもそれが捜査の役に立つかもしれない、だから教えてくれ」
その言葉は至誠さをまとっている。一方、内心では聖職者すら説得してしまう口達者ぶりに手前みそになっていた。エーレンフリートは葛藤したものの、苦い顔で小さく「わかりました」と了承した。
「ありがとう。それで誰なんだ、10年前の遺跡調査の生存者というのは」
「レアンドロ、ルチョーニ様です」
パラヘルメースは思わず耳を疑った。あの考古学者が10年前にもこの遺跡に来ていた。確かに遺跡研究の第一人者であるから参加していても不思議ではない。
レアンドロは遺跡に来てから妙だった。彼はモンスターによって脱出不可能とわかった絶望的状況にあっても全くの平静だった。あれはすでにこの状況を経験していたからだと考えれば辻褄が通る。
だとすると解せないのは、なぜその危険を俺たちに知らせなかったのか。危険などこれっぽっちもなさそうに飄々とした態度でいたためリュディガーとも対立していた。10年前の調査団が全滅した原因が今回と同じくクロウル・ドラゴンだとして、その存在を教えなかったのは何か理由があるのだろうか。
そもそも調査団が全滅したというなら、なぜ次の調査が10年も後になるのだ。国と国が絡んだ一大作戦だ、なぜこのタイミングで計画されたのだ。
現状分からないことが多い。だがレアンドロが10年前と今回、2度の調査に参加したことは偶然ではないだろう。そしてエーレンフリートの情報から、レアンドロと間接的に関係を持っていた人物が浮上する。それはこの事件が起きて初めて動機と呼ぶにふさわしいものだった。
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