黒獣ダンジョン殺人事件

Sora jinNai

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プルガトリオ

怠惰な者は駆けて苦しむ

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グノートス遺跡 第9階層 09:45 a.m.(推定) フランチェスコ

 フランチェスコとベアトリーチェがまず考えたのは犯行現場の捜査である。
 犯行現場となった第9階層はラルフの隔離のため閉鎖されているが、リュディガーに頭を下げてなんとか下に行くことを許可してもらった。許しがもらえたのはベアトリーチェも頭を垂れて懇願したことが功を奏した。

 石畳を持ち上げ、階段を下る。
 階下は寒い。フランチェスコは実家の藁布団で味わった冬の朝を想起した。

 何かが弾けるような音が聞こえることに気づいた。火が焚かれているのだろう。

 3つ並んだ真ん中の部屋をのぞきこむと、三角屋根の暖炉の前でラルフは寝そべっていた。アイディンからもらった毛布を敷布団代わりに靴で踏みつけていて、なんとも程度が知れる格好である。

「なんだよ、今更謝りに来たのか」
「違うわ。というかあたしもフランチェスコもあなたに投票しなかったじゃない」

 ラルフは気分を害してごろんと寝返りを打った。

「僕たちはあなたが犯人だとは思っていません。真実を突き止めたいんです」

「…まあせいぜい頑張れよ」
  ラルフの態度はそっけないものだったが、彼も心持おだやかでないことはすぐに分かった。フランチェスコは部屋を出る時、ちらりと彼の方を見やったのだが、何度も姿勢を直して居心地悪そうにしているのである。表では空威張りを保ち、裏では輾転反側とする様はなんとも惨めに映った。ラルフは殊言論において、それほどまでに無力なのだとフランチェスコは思った。

 再び石室に立つ。レアンドロは先ほど見た時と変わらず、石室の真ん中で仰向きになって倒れていた。
 フランチェスコはレアンドロの服に目を配った。日中はたしかエンティア貴族風の赤い服を着ていたはずだ。しかしこの死体は白い服に身を包んでいる。寝巻なのだろうか。血で汚れていない部分を触ってみると厚手の布であるとわかる。これなら随分温かいだろう。

「どうかしたかしら」ベアトリーチェが訊く。
「いえ、昨日とは服装が違っているなと思いまして」立ち上がると首に手を当てて言った。
「そうね。に、似合うかしら」
「え、なんでそんなこと言わなきゃいけないんですか」

 ベアトリーチェがきょとんとしていたため、フランチェスコは話が食い違っていることに気付く。彼女も昨晩と違って深い青緑色の服を着ていた。お腹や腰まわりが絞られていて体のラインがくっきり見える。貴族の服と考えるとすこし質素だがとりあえず「綺麗ですね」と返しておいた。ベアトリーチェは照れた様子で髪を耳にかけた。

 フランチェスコは再び死体を観察する。
 レアンドロの致命傷は喉につけられた刺し傷だった。傷口は小指の先から第二関節くらいまでの大きさで、のどぼとけの右脇から差し込まれている。この傷を負えばきっと血に溺れてうめき声をあげられずに死に至るのだろう。
 おそらくレアンドロの前に現れた犯人は、真っ先に喉を狙って殺害したのだろうとフランチェスコは考えた。そうしなければレアンドロに開いた扉から大声で助けを求められてしまう。

 やはり妙なのは口に溜まった大量の血である。血は傷口から流れ出すが、今回のように血が溜まるには常に仰向けで上を向いていないといけない。
 喉に致命傷を受けたとき、レアンドロは一切動かないようにしないとこうはならない。はたして喉に攻撃されて亡くなるまで少しも動かずにいられるだろうか。

「フランチェスコ、ちょっとこれ…」
 考え込んでいたところにベアトリーチェが話しかけてきた。

「どうかしました」
 彼女の手には石の円盤が握られていた。円盤は真ん中から真っ二つに割れていて断面も一致している。
「まさか……」
 レアンドロの遺体の頭を調べる。頭皮を慎重に指を沈ませるように探すとそれはあった。
 右の側頭部、耳の裏辺りにぱっくりと傷口ができている。
「割れたディスクに頭部の暴行痕、気づけたのはいいですけどますます訳が分からないですね」



 その後も捜査を続けたが、めぼしい発見はなかった。
 仕方なく現場を後にし、他の部屋を見回ることにした。3つ並んだ部屋の内、階段に近い部屋には魔物の死骸が入った壺が安置されている。壺は昨日置いた場所から移動してはいなかった。

「一応死骸がいなくなってないかも見ますか」
 フランチェスコはあどけなく云う。ベアトリーチェは壺を真剣に見据えるとずんずん近づいていった。
 いやまさか、本当にいなくなってるはずがない。わざわざ確認しなくても、と逡巡していたところベアトリーチェはうっかり壺を手から滑らせた。

 パリンと甲高い音が鳴って破片が飛び散る。陶器の破片の山から乾いたクロウル・ドラゴンの死骸が姿を見せた。

「ご、ごめんなさい」
 彼女は慌てて破片を拾い集めた。


 暖炉の部屋に戻るとラルフは相変わらずこちらに背を向けて寝っ転がっていた。
「ずいぶんと騒がしかったな」
「すみません、ちょっと壺を落として割ってしまって」

 フランチェスコがしゃべる間にベアトリーチェはラルフの背後に立っていた。股を肩幅に開き、腕を組んで後ろ顔を見下ろしている。
「ところで、ちょっとあなたに質問があるのよ」
 ラルフはしばらく沈黙していたが、小さく「何が知りてぇんだよ」とつぶやいた。

 フランチェスコもラルフの傍により、膝をついた。
「いくつかあるんですけど、ここに隔離されてから現場には干渉していませんね」
「当たり前だ。誰が好き好んでおっさんとふたりきりになりてぇんだよ」

 そこは普通、死体と一緒にいたくないだろうとフランチェスコは心の中でつっこんだ。

「えぇと、見回りで石室の扉の前に来た時、僕は扉から灯りが漏れていることに気づきました。ラルフさんが来たときは同じように灯りはついていましたか」
 ラルフは首をかしげた。
「あーどうだったか。すまねぇ、ちょっと思い出せそうにない」

「じゃあ、暖炉はどうですか。ラルフさんのときは火が焚かれていましたか」
「悪い、それも思い出せねぇ。たぶん焚かれてたと思うぜ」
 フランチェスコはそうですかとつぶやいて困り眉を作った。

「いや、待て。間違いなく暖炉は焚かれてたな。俺が見回りから戻ってきたとき、上の階が真っ暗だった。見張り中のロミーにどうしたのか聞いたら、ろうそくの予備がどこにあるのか気づかなかったんだそうで、火が消えちまってたんだ。それで俺のろうそくから火を移してやろうとしたら、うっかり俺も火を消しちまったんだよ。仕方ないから壁を伝って下に降りて、ここの暖炉から火を移したんだ。忘れてたぜ」

「そうですか。忘れていたとは云え、アリバイ確認の時にその話をしてくれないと困りますよ」
 フランチェスコは力なく答えた。礼を言うと、2人はその場を後にした。


「待ちなさいフランチェスコ」
 第8階層に上がる階段でベアトリーチェに呼び止められた。レアンドロを殺した凶器は何か、ということについてだった。

 レアンドロの死体には凶器によって喉に傷がつけられていた。凶器として考えられるのはダミアンのポールアックス。先端が尖っていてあの傷を作ったことに納得できる。
 他にもリュディガーとエーレンフリートが持つロングソードも考えられる。ロングソードは剣先から段々と幅が広くなる剣身を持ち、刺して攻撃したならあのような傷口になるかもしれない。
 あとはロミーのクロスボウの矢だ。鏃は突き刺さりやすい形をしていて、レアンドロを殺した武器として十分考えられるはずである。

「これらの武器を総合して考えた時、実際に刺してみてどういった傷になるかを見比べることでしか凶器の特定は難しいですね」
「ならひとつひとつ当たるまでよ」
 フランチェスコとベアトリーチェはそれらを持つ人物たちを呼び出すことにした。
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