黒獣ダンジョン殺人事件

Sora Jinnai

文字の大きさ
上 下
9 / 35
インフェルノ

ケイローンの導き

しおりを挟む
グノートス遺跡 第8階層 16:17 p.m.(推定) フランチェスコ

 石畳の上を歩く音はしばらく続いた。フランチェスコたちは侵入したところを攻撃するために武器を構えていた。

 カサカサ。カサカサ。

 床を這う音が石畳を通して伝わってくる。いつ破られるか分からず、一同は呼吸することも忘れて警戒していた。ガタンと揺れる度に生存者たちの肩を震わせる。1分、2分にも満たない時間であったが、それは永遠のように長く感じられた。そして――

 ――音は止んだ。


「行ったようだな」
 エーレンフリートの一言に全員の緊張がほぐれる。はぁっと息をついて膝を折って座り込んだ。

 突然胸ぐらを掴まれて壁に叩きつけられる。ラルフは鬼の形相でフランチェスコをまくし立てた。

「てめぇ、あの無茶苦茶な指示はどういうつもりだ。お陰で俺たちゃ総崩れだ。どう責任取ってくれる。あぁん」
 ラルフの手首を捉え、胸ぐらを掴む手を引き剥がす。再び掴みかかろうとするラルフをダミアンが羽交い締めにして押さえつけた。

 フランチェスコは乱れた呼吸を整えてからあたりを確認した。
 居たのはエーレンフリート、リュディガー、ロミー、ラルフ、ダミアン、レアンドロ、アイディン、ベアトリーチェ、パラヘルメース。自分を含め10人。100人規模の調査団のうち、たったこれだけしか生き残ることは出来なかった。

「すまない」
 フランチェスコはうつむいて力なく云った。申し訳が立たず、今まで見せていた皮肉な態度は鳴りをひそめた。

「まったく、こんな時に仲間割れなんかして何になるというんだ」
 パラヘルメースは壁に身を預けて嘲るように云った。

「なんだと、このやろぉ」
「おいやめろ。パラヘルメースもそういう発言はやめないか」
 ダミアンがラルフを引き止めながら云う。ラルフは抵抗し、振り回した腕はダミアンの顎に直撃した。

「ッ!」
 顎に手を添えてよろめくダミアン。ラルフは申し訳なさそうに彼をいたわった。

 エーレンフリートはやれやれと額に手を当てる。
「言い方に難はあるが錬金術師様の云う通りだ、今は仲間割れをしている暇はない」

「ねえ、あのモンスターって一体何なのよ」
 今まで沈黙を保っていたベアトリーチェが誰にともなく聞く。その質問にはフランチェスコが答えた。
「モンスターについては僕から説明させてもらいます。
 あれはクロウル・ドラゴン。圧倒的な攻撃性、耐久性、凶暴性を持った危険なモンスターです。大規模な掃討作戦が行われて相当数を減らしたと聞いていましたが…」
「事実いたのだから仕方ない。それで、そのクロウル・ドラゴンはどう厄介なんだ」
 エーレンフリートはきっぱりと云った。

「クロウル・ドラゴンの恐ろしいところは主に3つです。
 1つは圧倒的な攻撃力。牙と爪の攻撃が強力であるし、あの通り足も早い。加えて黒獣病とは別に強力な麻痺毒を口内に持ちます。一度噛まれたら段々と体を動かせなくなり、生きたまま腹わたを食いちぎられる。第2階層で死んでいたライカンスロープが典型です」

 階上では麻痺しているだけでまだ生きている人達がいるだろう。彼らが捕食されている姿を想像し、喋っているフランチェスコ自身もゾッとする。

「2つ目は灰色の分厚い皮膚。あれはなめした革鎧のように頑強な上に、皮下脂肪によってグニグニと動く。だから剣や斧による斬撃ではダメージを与えられません。有効な手段はつちのように内部へダメージを与える攻撃か、一点突破の威力が出る武器だけです」

 そこまで云ってフランチェスコはロミーの方を一瞥いちべつする。それに気づいて彼女は左腕に結び付けられたクロスボウをかざした。木のフレームに鋭く光る弦が貼られている。

「矢は問題なくダメージを与えられた。ただあの数を相手取れるほど、数は持ち合わせはないけどね」

 ダミアンは自分の武器を肩に乗せて云う。
「頼りになるのは、ロミーのクロスボウと私のポールアックスだけか」

「3つ目は強力な食性です。あのモンスターは大飯喰らいで、狩りの期間はどんなものでも襲うらしいです。泳ぎも木登りも得意でどこにいても執拗に追いかける」

「奴らはまだ諦めてはいない、と。そういうことだな」
 エーレンフリートは話を要約した。危険が未だ去っていない事実に、空気が重くなる。

「でも、希望はあります。クロウル・ドラゴンの狩りの期間は長くて1週間。それから3週間は大人しく過ごすらしい。だから1週間ここに留まれば、安全に脱出できるはずです」
 フランチェスコは希望を与えられたつもりだった。それでも皆の表情は暗い。彼らはその資源のほとんどを第6階層に置いてきているためだ。現状あるのは、ぶどう酒とパンのみ。全員で食べれば3日と持たない量である。
 ここに留まれは餓死。とはいえ、上に行けば食われて死ぬ。八方塞がりな状況に皆呆然とした。だが1人を除いてはそうではなかったようで――
「ああ、私はここの探索をしてよいですかな。深層に来たのですからきっと『手がかり』が見つかるはずですぞ」
――レアンドロは嬉々として調査の続行を提案した。

 フランチェスコは軽蔑したが、同時にこんな状況でも研究に取り憑かれている彼に憐れみを覚えた。
 結局レアンドロの提案は受け入れられ、第8階層を調査することに決まった。上り階段はモンスターの侵入を警戒して、ダミアンとロミーを置いていくことになった。他のものは一塊になって探索を行う。

 灯りがオイルランプ1つしか無いため、リュディガーがろうそくを配る。伸ばした親指から小指の先程度の長さで、大体4時間ほど持つものだ。明るさは心もとないが、何も無いよりはましである。

「あのさ」
 ランプからろうそくへ火を移していると、ロミーが話しかけてきた。
「ねえ、名前……」

 フランチェスコはまだ彼女に名乗っていないことに気づく。
「ああ、僕はフランチェスコ――」
「そうじゃなくて、なんでうちの名前を知っていたの」

 ああそっちね、と肩をすぼめる。知っている理由は、クロスボウに名前をつけてる頭のおかしい女がいる、とエーレンフリートに聞いていたからなのだが。

「昨日名乗ってくれなかったから、他の方に聞いたんですよ」
 フランチェスコは当たり障りなくごまかした。ふーんと云ってその先は聞いてこなかったのだが、なぜか見透かされているような気がしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~

泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。 女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。 そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。 冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。 ・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。 ・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません ※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...