黒獣ダンジョン殺人事件

Sora jinNai

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インフェルノ

ケイローンの導き

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グノートス遺跡 第8階層 16:17 p.m.(推定) フランチェスコ

 石畳の上を歩く音はしばらく続いた。フランチェスコたちは侵入したところを攻撃するために武器を構えていた。

 カサカサ。カサカサ。

 床を這う音が石畳を通して伝わってくる。いつ破られるか分からず、一同は呼吸することも忘れて警戒していた。ガタンと揺れる度に生存者たちの肩を震わせる。1分、2分にも満たない時間であったが、それは永遠のように長く感じられた。そして――

 ――音は止んだ。


「行ったようだな」
 エーレンフリートの一言に全員の緊張がほぐれる。はぁっと息をついて膝を折って座り込んだ。

 突然胸ぐらを掴まれて壁に叩きつけられる。ラルフは鬼の形相でフランチェスコをまくし立てた。

「てめぇ、あの無茶苦茶な指示はどういうつもりだ。お陰で俺たちゃ総崩れだ。どう責任取ってくれる。あぁん」
 ラルフの手首を捉え、胸ぐらを掴む手を引き剥がす。再び掴みかかろうとするラルフをダミアンが羽交い締めにして押さえつけた。

 フランチェスコは乱れた呼吸を整えてからあたりを確認した。
 居たのはエーレンフリート、リュディガー、ロミー、ラルフ、ダミアン、レアンドロ、アイディン、ベアトリーチェ、パラヘルメース。自分を含め10人。100人規模の調査団のうち、たったこれだけしか生き残ることは出来なかった。

「すまない」
 フランチェスコはうつむいて力なく云った。申し訳が立たず、今まで見せていた皮肉な態度は鳴りをひそめた。

「まったく、こんな時に仲間割れなんかして何になるというんだ」
 パラヘルメースは壁に身を預けて嘲るように云った。

「なんだと、このやろぉ」
「おいやめろ。パラヘルメースもそういう発言はやめないか」
 ダミアンがラルフを引き止めながら云う。ラルフは抵抗し、振り回した腕はダミアンの顎に直撃した。

「ッ!」
 顎に手を添えてよろめくダミアン。ラルフは申し訳なさそうに彼をいたわった。

 エーレンフリートはやれやれと額に手を当てる。
「言い方に難はあるが錬金術師様の云う通りだ、今は仲間割れをしている暇はない」

「ねえ、あのモンスターって一体何なのよ」
 今まで沈黙を保っていたベアトリーチェが誰にともなく聞く。その質問にはフランチェスコが答えた。
「モンスターについては僕から説明させてもらいます。
 あれはクロウル・ドラゴン。圧倒的な攻撃性、耐久性、凶暴性を持った危険なモンスターです。大規模な掃討作戦が行われて相当数を減らしたと聞いていましたが…」
「事実いたのだから仕方ない。それで、そのクロウル・ドラゴンはどう厄介なんだ」
 エーレンフリートはきっぱりと云った。

「クロウル・ドラゴンの恐ろしいところは主に3つです。
 1つは圧倒的な攻撃力。牙と爪の攻撃が強力であるし、あの通り足も早い。加えて黒獣病とは別に強力な麻痺毒を口内に持ちます。一度噛まれたら段々と体を動かせなくなり、生きたまま腹わたを食いちぎられる。第2階層で死んでいたライカンスロープが典型です」

 階上では麻痺しているだけでまだ生きている人達がいるだろう。彼らが捕食されている姿を想像し、喋っているフランチェスコ自身もゾッとする。

「2つ目は灰色の分厚い皮膚。あれはなめした革鎧のように頑強な上に、皮下脂肪によってグニグニと動く。だから剣や斧による斬撃ではダメージを与えられません。有効な手段はつちのように内部へダメージを与える攻撃か、一点突破の威力が出る武器だけです」

 そこまで云ってフランチェスコはロミーの方を一瞥いちべつする。それに気づいて彼女は左腕に結び付けられたクロスボウをかざした。木のフレームに鋭く光る弦が貼られている。

「矢は問題なくダメージを与えられた。ただあの数を相手取れるほど、数は持ち合わせはないけどね」

 ダミアンは自分の武器を肩に乗せて云う。
「頼りになるのは、ロミーのクロスボウと私のポールアックスだけか」

「3つ目は強力な食性です。あのモンスターは大飯喰らいで、狩りの期間はどんなものでも襲うらしいです。泳ぎも木登りも得意でどこにいても執拗に追いかける」

「奴らはまだ諦めてはいない、と。そういうことだな」
 エーレンフリートは話を要約した。危険が未だ去っていない事実に、空気が重くなる。

「でも、希望はあります。クロウル・ドラゴンの狩りの期間は長くて1週間。それから3週間は大人しく過ごすらしい。だから1週間ここに留まれば、安全に脱出できるはずです」
 フランチェスコは希望を与えられたつもりだった。それでも皆の表情は暗い。彼らはその資源のほとんどを第6階層に置いてきているためだ。現状あるのは、ぶどう酒とパンのみ。全員で食べれば3日と持たない量である。
 ここに留まれは餓死。とはいえ、上に行けば食われて死ぬ。八方塞がりな状況に皆呆然とした。だが1人を除いてはそうではなかったようで――
「ああ、私はここの探索をしてよいですかな。深層に来たのですからきっと『手がかり』が見つかるはずですぞ」
――レアンドロは嬉々として調査の続行を提案した。

 フランチェスコは軽蔑したが、同時にこんな状況でも研究に取り憑かれている彼に憐れみを覚えた。
 結局レアンドロの提案は受け入れられ、第8階層を調査することに決まった。上り階段はモンスターの侵入を警戒して、ダミアンとロミーを置いていくことになった。他のものは一塊になって探索を行う。

 灯りがオイルランプ1つしか無いため、リュディガーがろうそくを配る。伸ばした親指から小指の先程度の長さで、大体4時間ほど持つものだ。明るさは心もとないが、何も無いよりはましである。

「あのさ」
 ランプからろうそくへ火を移していると、ロミーが話しかけてきた。
「ねえ、名前……」

 フランチェスコはまだ彼女に名乗っていないことに気づく。
「ああ、僕はフランチェスコ――」
「そうじゃなくて、なんでうちの名前を知っていたの」

 ああそっちね、と肩をすぼめる。知っている理由は、クロスボウに名前をつけてる頭のおかしい女がいる、とエーレンフリートに聞いていたからなのだが。

「昨日名乗ってくれなかったから、他の方に聞いたんですよ」
 フランチェスコは当たり障りなくごまかした。ふーんと云ってその先は聞いてこなかったのだが、なぜか見透かされているような気がしたのだった。
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