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インフェルノ
過ちを沈める底なしの沼
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グノートス遺跡 第4階層 19:12 p.m.(推定)
円陣を組むように男たちが座っている。体格の良い男と、若い男が2人、中年が太いのと細いのが1人ずつの計5人。
男たちは真っ白なパンをかじり、薄切りの塩漬け肉を頬張り、ぶどう酒を仰ぐ。傭兵たちが下卑た笑いを出す中で、彼らはひときわ高遇な集まりだった。
「いや、今日は散々な日でしたな」
レアンドロは誰かに向けてでもなく、嘆くように云う。
「とおっしゃいますと」
体格の良い男が聞く。身につけた鎧の凹凸に灯りが反射しギラギラと光る。
「決まっていますなリュディガー殿。今日はモンスターが出るばかりでろくな手がかりもなく、まったく疲れたばかりだ」
リュディガーは肯定の意をほほえみで表した。横に座る鎧を着た青年が聞く。
「少々質問なのですが、レアンドロ様。『手がかり』というのは何のことを仰っているのでしょう。私たちは地下遺跡の調査とだけ聞いていますから、何を目的にしているのか見当がつかないのですが」
レアンドロはそれはと口にしながら鞄の中をまさぐる。取り出したのは、手のひらからはみ出るほどの大きさの円盤である。カタツムリの甲羅のように渦巻き状になっていて、人や動物を模した絵文字が刻み込まれている。
「それは、ファリストスのディスクですか」
先ほどまで我関せずとパンをかじっていた青年がつぶさに指摘する。
「流石は錬金術師、お目が高い。これはクテラ島南部の遺跡群ファリストスより発見された粘土製の円盤ですな。よく見てください、この線で描かれた文字を。これこそクテラ島現地言語を照らし合わせても一向に解明されない未知の言語なのです。これが解ければ私の研究は歴史に残るものになる、とそう考えているのです」
錬金術師は顎を傾けて指差す。
「俺の情報が正しければそれはオモテ面。ウラ面にはさらに別の内容が刻まれていたはずです」
「そこまでご存知でしたか」
ニンマリと口を歪ませるレアンドロ。挟み込むようにもう片方の手をオモテ面に乗せ、裏返す。そこには魚や荷車のような絵など、オモテ面にはなかった絵文字が描かれていた。
「このファリストスのディスクは、ただの考古学的資料ではありませんぞ。この文字はすべて絵で描かれていますが、そのデザインや大きさはまったく同じです。つまり印章のように使いまわして刻んでいたのです。約50年前に活版印刷術が実用化されましたが、こちらは2000年前。私達は今やっと、2000年前の人と同じ場所に立ったと云えますな」
鎧を着た青年は、話が脱線したことに呆れつつも口を挟む。
「レアンドロ様。つまり『手がかり』とはその絵文字を解読するようなヒントのことを指していたのですね。もうわかりました」
聞きに徹していた細い中年が口を開く。ぶどう酒の酔いが回り、すこし顔が赤らんでいる。
「渦巻き状に文字を書いていくというのは、なかなか興味深いですよ。このあたりは旧教の地域でしたから、何らか宗教的な意味が付与されているのかも」
「ハハハ、信仰分析家のアイディンさんらしいですな」
夕食もなくなり、皆会話に疲れてうとうとし始める。リュディガーが青年に云う。
「エーレンフリート、食後の祈りを頼む」
「承知しました。皆様、目をお閉じください」
胸の前で手を握り合わせ、まぶたを下ろす。呼びかけにその場にいる者は祈る姿勢をとった。
「主よ、私たちはこの食事の恵みに、心から感謝します」
エーレンフリートが祈りの言葉を述べる中、カッと見開かれた2つの瞳が鋭い眼光を放つ。その目は辺りをぐるっと巡らせた後、1人の男のもとに留まった。
「この食事を囲うことができた私たちが心を1つにできるように」
目線は手元と顔とを何度も行き交う。そして醒めたように細めた。
「そして天の国を築いていけますように」
祈りが終わり、一同は目を開ける。誰も視線には気づかない。企てを知るものは見た者だけである。
5人は食事の片付けを初めた。
―――――――――――――
「おい、騎士のおっさん」
盃を片手にパラヘルメースはリュディガーの足元を指さした。そこにはワインボトルほどの大きさの砂時計が置かれている。使い古して緑色にくぐもったガラスの中を、サリサリと音をたてて砂が落ちてゆく。
「その砂時計、もう全部落ちきるぞ」
彼がそう云っている最中にすべての砂はくびれの部分を通過した。
リュディガーは軽く感謝すると砂時計をひっくり返して地面に置き直した。
「わからんね、なんだって今どき砂時計を。船で航海してるわけじゃないだろう」
手の甲に顎を乗せてニヤケ顔を浮かべる。
「まさか、時計塔ごと持ち歩くつもりですか」
エーレンフリートは本気か冗談か、鼻白んだ様子で云った。
「俺は砂時計が時代遅れって言ってるんじゃない。ただ、そんなに時間を計る必要があるのかと思ったまでで」
リュディガーは真面目に理由を説く。
「働く以上、時間という区切りは重要だぞパラヘルメース。この砂時計はすべて落ちるのに2時間かかるから、12回ひっくり返せば一日が終わる。時間が分かればそれを基準に仕事を始めたり終えたりできる。そして太陽も見えない地下遺跡を数日かけて進むんだ。単純な構造で壊れにくく、時間が分かる砂時計が最も適しているんだ」
パラヘルメースは白けた顔で人差し指でこめかみを叩く。馬鹿にしたジェスチャーだったが2人は気にした様子は見せない。会話はそこで途切れた。
円陣を組むように男たちが座っている。体格の良い男と、若い男が2人、中年が太いのと細いのが1人ずつの計5人。
男たちは真っ白なパンをかじり、薄切りの塩漬け肉を頬張り、ぶどう酒を仰ぐ。傭兵たちが下卑た笑いを出す中で、彼らはひときわ高遇な集まりだった。
「いや、今日は散々な日でしたな」
レアンドロは誰かに向けてでもなく、嘆くように云う。
「とおっしゃいますと」
体格の良い男が聞く。身につけた鎧の凹凸に灯りが反射しギラギラと光る。
「決まっていますなリュディガー殿。今日はモンスターが出るばかりでろくな手がかりもなく、まったく疲れたばかりだ」
リュディガーは肯定の意をほほえみで表した。横に座る鎧を着た青年が聞く。
「少々質問なのですが、レアンドロ様。『手がかり』というのは何のことを仰っているのでしょう。私たちは地下遺跡の調査とだけ聞いていますから、何を目的にしているのか見当がつかないのですが」
レアンドロはそれはと口にしながら鞄の中をまさぐる。取り出したのは、手のひらからはみ出るほどの大きさの円盤である。カタツムリの甲羅のように渦巻き状になっていて、人や動物を模した絵文字が刻み込まれている。
「それは、ファリストスのディスクですか」
先ほどまで我関せずとパンをかじっていた青年がつぶさに指摘する。
「流石は錬金術師、お目が高い。これはクテラ島南部の遺跡群ファリストスより発見された粘土製の円盤ですな。よく見てください、この線で描かれた文字を。これこそクテラ島現地言語を照らし合わせても一向に解明されない未知の言語なのです。これが解ければ私の研究は歴史に残るものになる、とそう考えているのです」
錬金術師は顎を傾けて指差す。
「俺の情報が正しければそれはオモテ面。ウラ面にはさらに別の内容が刻まれていたはずです」
「そこまでご存知でしたか」
ニンマリと口を歪ませるレアンドロ。挟み込むようにもう片方の手をオモテ面に乗せ、裏返す。そこには魚や荷車のような絵など、オモテ面にはなかった絵文字が描かれていた。
「このファリストスのディスクは、ただの考古学的資料ではありませんぞ。この文字はすべて絵で描かれていますが、そのデザインや大きさはまったく同じです。つまり印章のように使いまわして刻んでいたのです。約50年前に活版印刷術が実用化されましたが、こちらは2000年前。私達は今やっと、2000年前の人と同じ場所に立ったと云えますな」
鎧を着た青年は、話が脱線したことに呆れつつも口を挟む。
「レアンドロ様。つまり『手がかり』とはその絵文字を解読するようなヒントのことを指していたのですね。もうわかりました」
聞きに徹していた細い中年が口を開く。ぶどう酒の酔いが回り、すこし顔が赤らんでいる。
「渦巻き状に文字を書いていくというのは、なかなか興味深いですよ。このあたりは旧教の地域でしたから、何らか宗教的な意味が付与されているのかも」
「ハハハ、信仰分析家のアイディンさんらしいですな」
夕食もなくなり、皆会話に疲れてうとうとし始める。リュディガーが青年に云う。
「エーレンフリート、食後の祈りを頼む」
「承知しました。皆様、目をお閉じください」
胸の前で手を握り合わせ、まぶたを下ろす。呼びかけにその場にいる者は祈る姿勢をとった。
「主よ、私たちはこの食事の恵みに、心から感謝します」
エーレンフリートが祈りの言葉を述べる中、カッと見開かれた2つの瞳が鋭い眼光を放つ。その目は辺りをぐるっと巡らせた後、1人の男のもとに留まった。
「この食事を囲うことができた私たちが心を1つにできるように」
目線は手元と顔とを何度も行き交う。そして醒めたように細めた。
「そして天の国を築いていけますように」
祈りが終わり、一同は目を開ける。誰も視線には気づかない。企てを知るものは見た者だけである。
5人は食事の片付けを初めた。
―――――――――――――
「おい、騎士のおっさん」
盃を片手にパラヘルメースはリュディガーの足元を指さした。そこにはワインボトルほどの大きさの砂時計が置かれている。使い古して緑色にくぐもったガラスの中を、サリサリと音をたてて砂が落ちてゆく。
「その砂時計、もう全部落ちきるぞ」
彼がそう云っている最中にすべての砂はくびれの部分を通過した。
リュディガーは軽く感謝すると砂時計をひっくり返して地面に置き直した。
「わからんね、なんだって今どき砂時計を。船で航海してるわけじゃないだろう」
手の甲に顎を乗せてニヤケ顔を浮かべる。
「まさか、時計塔ごと持ち歩くつもりですか」
エーレンフリートは本気か冗談か、鼻白んだ様子で云った。
「俺は砂時計が時代遅れって言ってるんじゃない。ただ、そんなに時間を計る必要があるのかと思ったまでで」
リュディガーは真面目に理由を説く。
「働く以上、時間という区切りは重要だぞパラヘルメース。この砂時計はすべて落ちるのに2時間かかるから、12回ひっくり返せば一日が終わる。時間が分かればそれを基準に仕事を始めたり終えたりできる。そして太陽も見えない地下遺跡を数日かけて進むんだ。単純な構造で壊れにくく、時間が分かる砂時計が最も適しているんだ」
パラヘルメースは白けた顔で人差し指でこめかみを叩く。馬鹿にしたジェスチャーだったが2人は気にした様子は見せない。会話はそこで途切れた。
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