黒獣ダンジョン殺人事件

Sora Jinnai

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インフェルノ

きまぐれな女神は正義を蝕む

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グノートス遺跡 第2階層 15:27 p.m.(推定) フランチェスコ

 曲がり角を右に1度、左に2度曲がると、突き当りには更に下へと続く階段があった。調査団は先へと進む。

 第2階層。

 冷たい空気が下に溜まりやすいように少し肌寒くなったことを感じた。フランチェスコは思わず脇を締めて歩く。
 暗く伸びた道の左右には古典様式の柱が立っている。第2階層は道の脇に部屋が増え、より入り組んだ構造になっていた。

 部屋に灯りをかざし、中を伺う。どの部屋も簡易的な石が積まれていて、その簡素な出来は牢獄を彷彿とさせた。フランチェスコは牢に入ったことはなかったが、閉じ込められる様子を想像してゾッとする。

 入り組んだ道を警戒して進むと再び階段が現れる。第3階層へ降りるとそこで目を疑った。
 のっぺりとした石畳の上に赤黒い毛皮がぐちゃぐちゃになって散乱している。

「これは、モンスターの死骸か」
 恐る恐る近づくと、すぐその正体に気づいた。ライカンスロープである。

 第1階層で戦ったモンスターの同胞だろうか。ライカンスロープ同士の共食いが発生したのだろうか。いや、そんな事がありえない。狼のような動物は共食いをしないのだ。一般的にその特性はモンスターの場合でも変わらないと云われている。仮に食糧難に陥っていたとして地上に上がれば他の動物がいるはずではないか。

 妙な点はそれ以外にもある。死骸を見ればその異常さは明らかだった。足の中足骨のあたりから首元まで皮が引き裂かれて内側が露出している。だが、そこにあるべき内臓がきれいに無くなってしまっている。捕食する場合、骨などがない内蔵を引きずり出して食べる方法は一般的だ。特に肉食獣は草食獣の消化した植物を食べて必要な栄養素を補給するらしい。

 しかし、ブラッドウルフなどの群れで狩りをするモンスターはそうではない。大勢で食事をすることが基本のため、食べやすいところを選ぶ暇なく、噛みついたところからムシャムシャ食べる。筋肉を残して内蔵を平らげていることから、ランカンスロープが同胞を捕食したとは考えにくいのである。

 フランチェスコは動揺したが、そうとも知らず傭兵たちは物珍しそうに亡骸を剣先でつついていた。異変を察したダミアンが声を掛ける。
「どうした。顔色が悪いぞ、汗もかいている」

 悪い予感を感じてはいたが、かといって不確定な情報を与えて不安を煽ることもはばかれた。どう説明してよいか分からず、とりあえずかぶりを振った。

 すると傭兵たちの影から長髪の男が出てきた。

「こいつ、ビビっちまったんじゃねぇのか」
 ヘラヘラとした態度、馴れ馴れしい口調。真っ青のブリガンダインの下に赤と黄色のストライプの服。フランチェスコはこの正気を疑う派手な装備から彼を認識した。
「ラルフ・ディンドルフさんですか」
「そうだ、フランチェスコ・アリギエリ」
 ラルフは得意げに云う。フランチェスコはフルネームで覚えられていることがすこし意外だった。

「ビビっている、とは違いますね。このモンスターをやった存在が潜んでるかも知れない。僕は警戒しているんですよ」
 なんとかそれらしい言葉を見繕う。しかし、ラルフには言い訳がましく聞こえたようだった。

「そんな心配いらねぇだろ、一階のライカンスロープが仲間をやっちまったのさ」
「ははあ、だといいですが」



―――――――――――――


 調査団が第4階層へ降りると歩を止める。
 地上の日が沈むのと時を同じくして、一行は寝泊まりの準備に取り掛かった。

 オイルランプの灯りがあたりを照らす。フランチェスコは交代で周囲を警備する役割を任された。警備が見張っている間に、他の者達は食事や睡眠を取る。最前線にいたためすぐにでも休養を取りたかったが、リュディガーの前に彼の要望はやむなく取り下げられた。

 調査団のかたまりから少し離れて立つ。フランチェスコは腕を組んで思索を巡らせていた。
 オイルの香りが鼻に香る。地下でも火を問題なく焚けることを不思議に思ったが、通気口のような空調設備がどこかにあるのだろうと一人で納得した。空気の淀んだ感じがあまりしないし息苦しくもない。当時の人々もここで火の灯りを頼りに住んでいたのだろうか。

 それからしばらくして1人の傭兵が歩いてきた。警備は二人組で担当することになっていたため、すぐにもうひとりの見張り役が来たのだと気づいた。レザーアーマーの上に黒いフードを被っていて、闇に溶け込むような静謐さをまとっていた。

 傭兵は横に立つとじっとこちらを見つめてきた。フランチェスコは目を合わせないように努めて視線を泳がせる。しばらくその状況が続いたが、傭兵は横並びに立つと膝を折ってその場にしゃがみこんだ。

 フランチェスコはちらりと目をやった。横並びのため顔は見えない。フードの隙間からは柔らかな鼻筋をのぞかせている。フランチェスコはその傭兵が女性であることに気づいた。女性の傭兵というのは珍しいが、それより派手な服ばかりを着るセレーネ帝国傭兵にしては地味な出で立ちが印象的だった。

 ふと無性に彼女がどんな顔をしているのか興味が湧いた。どうにか顔を伺えないかと首だけ動かして横目で見ていると、黒いフードがくるりとこちらを向く。彼女と視線がぶつかる。水晶のように青い虹彩は透き通って目を奪う。うるうると光を反射する瞳はずっと見つめたくなるようだ。その上部にきりっと伸びた眉は、美しくも気高い女性像を連想させた。フードの内にできた影にはブロンドの髪をのぞかせている。

「あのさ」
 彼女が先に口火を切る。どう対応したものかと逡巡し、言葉が出るのが遅れた。
「……どうしました」
「私の分の見張りもやっといてほしいんだけど」

 まったく予想外だった。フランチェスコは裏切られた気分だった。この女性は仕事の金をもらっているはずなのになぜこうも怠慢なのか。感情をあらわにして痴態をさらすことは避けたいが、かといって初対面でのこういったふっかけに何もしないというのは後々の関係に響く。ここはいつも通り、斜に構えた態度で接する――

「もちろんです。任せてください」

 とは出来ないフランチェスコであった。
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