兄が届けてくれたのは

くすのき伶

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ピアノの音

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「そういえばこのお店って普段BGM流れないんですけど、テイストが変わったのかな」

ハルがボソッと言った。

「テイスト、ですか?」

「はい。このピアノの音、前はかかっていなかったんですよ」

「へえ」

タカが少しの笑みを浮かべて、ハルの目を見つめる。

「このお店、前に僕が営業やってたときによく取引先の人と来てたんです。気が合う人が何人かいて、仕事終わりに待ち合わせして。畳の部屋なんてけっこうくつろげるんですよ。そのまま寝ちゃいそうなくらいに」

「うんうん」

「なんでそういう気分になるかって、お店の人やお客さんの足音とか生活音みたいでなぜが心地よくて。もちろんお酒の影響もありますけどね」

緊張を隠すためか、ハルの喋りが多くなる。

「ハルさん、このお店が好きなんですね」

ハルがうん、と首を縦に振る。

「音楽がかかっていなくても、そういった音がBGMみたいで心地よくて。沈黙もあまり気になんないんですよ、あはは」

「良いですよね、そういうの」

「でもさっきから流れてるこれ。いつもと違うなーって」

タカは相変わらずハルの手を握ったまま、またほんの少しの笑みを浮かべて頷く。

「あ、たまにありますよね。お誕生日のお客さんが来ているときにお店側で音楽流すってやつです。タカさんそういうの遭遇したことありますか」

「はい、あります」

ハルは、タカに手を握られまだ動揺している自分を隠したいがために、さらに喋りを続けた。

「けど、そんな雰囲気のお店でもないんですけど。やっぱりテイストが変わったのかな」

ハルはそう言って残りわずかに残っていたビールを喉に流し込む。

飲み干して空になったジョッキをテーブルに置き、ゴトンっと音が鳴り響く。






そしてタカが口を開く。

「ハルさん、音楽なんてかかってないですよ」


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