兄が届けてくれたのは

くすのき伶

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ヒロ、これでいいんだよな?

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「え、あ、はい」


「やったー、嬉しいです。宿はいつまで予約しているんですか」


「明後日までです」

「じゃあ三泊四日の旅だったんですね」

「はい」

「タカさんは、これからどうするんですか?」

「そうですね、とりあえず今日は車で寝て明日には帰ろうかな」

「今からでもあの宿予約とれるんじゃないですか。布団で寝た方が……自分の体、労ってくださいよ」

「いやあ、ここまできたらもう一泊車で寝ちゃいます」

「ここまできたら、の意味がわからないですよ」

クスクスと笑うハル。


そんなハルを見て、タカはほっとしていた。あんなに重い話をしたのに、ハルは思ったより笑顔をみせてくれているからだ。



「あ、そうだ。ハルさん、よかったら帰りは僕と一緒に帰りませんか」


「え、あ……っと」



「僕の運転、危ないですけどちゃんと無事に送り届けますよ。東京なら同じ方向ですし。ご迷惑でなければ」

「危ないって、それ自分で言わないでくださいよ」
またハルが笑う。


「僕だけが知っているお兄さんのネタもあるし。そういうのハルさんに聞かせたいです。そうだ、サエちゃんの馴れ初めとか。あ、これは言わない方がいいかな」



「聞いてみたいです」
ハルは、笑顔で言った。





 
その翌日、ハルは最後の宿泊をキャンセルし、タカと一緒に帰ることにした。








朝10時に "いつもの" 場所で会う約束をしていたハルとタカ。

ハルが到着すると、タカがすでに座っており海を眺めていた。


「おはようございます、タカさん」

「ああ、おはようございます、ハルさん」


「やっぱり先に来ていたんですね」

「はい。人を待たせたくないので」

タカがニコっと笑う。


「ここの海って、本当に綺麗ですよね。青くて、絵画みたい」

「夕方の海も綺麗なんです」

「へえ。そういえばここに来て夕方の海は見ていないですね」

「すみません、今から帰るのにこんなこと言って。夕方まで居ましょうか……?」


「あ、いえ!帰りましょう。タカさん、夕方好きなんですか?」


「いや、夕方に見る海が……好きなんですよ。あ、車、こっちです」

少し寂しげな表情をするタカに案内され10分くらい歩くと、黒いミニバンが目に入る。


「え、こんなところに停めていたんですか」


「はい。ここなら誰にも気づかなれそうですし、月あかりも入るので」

後部座席には寝袋や衣類が畳まれていた。

「本当に……ここで寝てたんですね」

「はい。適当に荷物入れてください」


ハルは荷物を後部座席に置き、助手席に座った。


「なんだか、すごい急展開ですね」

「そうですよね。僕もびっくりしています」


「じゃあ……運転、よろしくお願いします」

「はい。おまかせください。無事に送り届けますね。5時間弱はかかるかもしれません」

「さらっと言いますけど、本当に大丈夫ですか?」

「あはは。大丈夫ですよ。ナビもありますし、死んでも守りますから」


「いやいや、そんな大袈裟な。あはは」


そうして、2人はタカの運転で東京へと向かった。


帰路の途中、タカはハルの兄のこと、ハルは兄の小さい頃の話をした。


助手席で揺られながら、ハルは兄の話を聞いてショックを受けたにもかかわらずこんなにも笑っている自分に驚いていた。

ここに来るまでは絶望感でいっぱいだったのに、いまはこうして一昨日会ったばかりの男の助手席にいる。そう考えると少しおかしくも感じていた。

自分の過去を知ったところで、この先自分はどうなっていくのだろうか。生まれ持った機能は、また元に戻るのだろうか。考え方も、変わるのだろうか。

東京に戻ったらいつもの現実が待っているはずで、また辛い人生を歩むことにならないだろうか。

いろんな疑問がかけめぐってはいたが、今は笑顔になっている自分、なぜか嬉しい気持ちになっている自分を感じることにしよう、そう思った。

タカについても謎が多く掴みどころがないけれど、今はただ、それは考えないことにしよう、そうハルは思った。





「あ、やっと東京に入りましたね、ハルさん」 

「ですね。腰とか、目とか、大丈夫ですかタカさん」

「ちょっと腰が……あはは。大丈夫ですよ」



そして車は、ハルのマンションの前に到着する。

「ここですか、綺麗な場所ですね」

「はい」

「では、お疲れ様でした」

ふうっと息を吐き、軽く伸びをするタカ。


「あの、本当ありがとうございました。今回のこと、なんてお礼を言ったらいいか」

「いえ、僕もやっと目的が果たせて嬉しいです。僕はお兄さんに恩返ししたいとも思っていましたしね」

「あの、またいろいろ聞かせてください。兄のこととか。あ、兄の写真とかもしあったら見たいなって」



「ああ……いつか見せますね。このスマホには入っていないので」

一瞬、タカの声が低く小さくなった。  



「ぜひ。サエさんともお会いしてみたいですし」

「……サエちゃん。そうですね、いつか会わせますね」



「あ、じゃあこれで。タカさん、また連絡します。本当にありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。じゃあまた」

そうしてハルは車を降りてマンションへ入っていった。




その一時間後、タカは自分のマンションに到着した。

玄関を開け、暗く冷たい室内を通り、バルコニーのドアを開ける。

椅子に座り、ふうっと深く深呼吸をした。



そして


「ヒロ……これでいいんだよな?」



そう小さく呟いた。
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