兄が届けてくれたのは

くすのき伶

文字の大きさ
上 下
15 / 81

桜が散った頃に

しおりを挟む
「その後お兄さんは就職が決まって、大学を卒業する前に家を出て一人暮らしをはじめます。そこでいよいよハルさんに会いに行く気持ちが固まった、という感じですね」


「僕が……21歳のころですかね。兄のそのころって」


「はい。時間に余裕のある大学生のうちに探すこともできたんでしょうけど、お兄さんはお父さんの顔色をうかがっていて、お父さんと暮らしている間はハルさんを探しに行くのは辞めていたみたいです。ハルさんもお母さんのこと考えてお兄さんのこと探さないでいましたよね」


「え、あ……まぁ。それに急ぎで会いたいというわけでもなかったですし、後回しにしてしまっていました」


「お互いに、親のこと気にかけて一歩踏み出せない状況だったんですよ。昨日ハルさんの話を聞いてて、本当に似ているなって思いました」


「……」



「僕からしたら考えられません。ハルさんもお兄さんも人の気持ちを考えすぎてる。親であっても、血が繋がっているだけで他人なのに」


タカは、自分が少し感情的になっているのに気づいた。

「あ、すみません、少し自分の意見を言いすぎてしまっていますね」


「あ、いえ……」

「僕が話したこと、伝わっていますか」

「はい、なんとか」


「僕、お兄さんの一人暮らしの家に何度か遊びに行ったことあるんですよ。行く度にサエちゃんが作ったケーキが家にあって、減らないから一緒に食べてくれって言われて。毎回笑ってしまいました」


「へえ。サエさん甘いもの好きってタカさん言ってましたもんね」


「はい。僕とサエちゃんは、ハルさんはどんな感じなのかな会ってみたいな~なんてよく話していたんですよ。サエちゃんがお兄さんからどこまでハルさんのこと聞いていたかわからないけど、サエちゃんからしたら大切な彼氏の弟ですし、会いたそうでしたよ」


「そう、なんですか」





「でも……桜が散り終わった頃に……」





タカの声が少し低くなった。





「お兄さんが事故にあったって、サエちゃんから連絡がきて……」





タカはその時期、入社後の研修期間中だった。
毎日遅くまで先輩がつきっきりで仕事を教えてくれていたので、スマホをいじれるのはお昼休みやトイレ休憩のみだった。

午後の研修がひと段落し、休憩室に向かうところではじめて着信があったことに気がついた。

スマホの画面はサエからの着信履歴で埋まっていた。
メッセージは入っていなかった。

胸騒ぎを感じすぐに折り返すと、ハルの兄が交通事故にあったことを告げられた。

電話口でサエの悲鳴まじりの苦痛に満ちた泣き声が、事態が最悪な状況であることを物語っていた。


「僕はそのとき仕事中でまったく着信に気付かなくて。そのあと着信履歴を見て、急いで病院に行ったんですけど……」




ハルは、タカの目がものすごく黒く淀んで見えた。



「タカさん……?」



「病室に入ると……体にいろんな管が繋がっているお兄さんがいました。僕はそのとき、治療が終わってあとは回復が待つだけだと思ったんです。でも傷の損傷が酷くて、もう施しようがない状態と聞かされました」


「……」




タカが病室に着くと、真っ赤な目をして泣き叫ぶサエが視界に入った。その場にいた父親はタカに軽く会釈し病室の外に出た。

ハルの兄は、まだ息があり呼吸がひどく荒れていた。

体には薄い布がかけられていたが、あちこちが血で滲んでいた。左足と左手は、布の上からもその損傷の酷さがうかがえた。



「いま考えると、僕が来るのを待っていてくれたのかもしれません。それで……お兄さんに近寄った瞬間にね、僕の手を掴むんです」


ハルの兄に手を掴まれたのは、それが初めてだった。


「お兄さんは僕に、弟に会ってって何度も言うんですよ。何度も、何度も。自分がもう死ぬことを分かっていたからでしょうね。もう自分は会いに行けないということを」


「……」


「"ハルセに会って、よっちゃん"って。僕の名前ヨシタカだから、お兄さんからはずっとよっちゃんって呼ばれてて」  




タカは、ハルの兄、キヨヒロとの最後のやりとりを思い出していた。

キヨヒロとサエの会話が終わったあと、タカがサエに呼ばれた。

「タカ君、ヒロが呼んでる」

タカはすぐにキヨヒロのそばに行くと、キヨヒロの手がタカの襟を掴む。そして自分の顔へと近づけた。

「何?……ヒロ……。苦しいんだよな……ヒロ。すぐに来れなくてごめん。なんでこんな……なんでこんなことになってんだよ……」

苦しそうな表情に少しの笑みを浮かべてキヨヒロが言う。

「あはは……こんなんなっちゃった。ごめん。あのさ、よっちゃん。俺もう無理だから……ハルセに会って。俺が前に言った話、ハルセに話してほしい。よっちゃんが理解者になってあげてよ。俺ずっと思っててさ、よっちゃんなら合うと思うんだよ。俺、そうなったらめっちゃ嬉しい、なんて。はは……本当ごめん」

「え……」

「よっちゃんのことさ、弟と似てるからって言ったけど、それだけじゃないかんな。今になって言うなよって感じだけど、よっちゃん本当はすごい優しくて、人として俺めちゃくちゃ尊敬してた。よっちゃんいつも悲しい目するけどさ、それって優しい目でもあるんだよ。分かる?」

「は……?なんだよそれ……全然わかんねーよ」

「あと……俺転校してきたときさ、結構落ち込んでてさ。でもよっちゃんと話してるとなんかどうでもよくなるっつーか。あれ救われた、まじで。俺の高校生活すごく楽しかった」


「おい……それ俺が言うことだから!俺のほうが……俺のほうなんだよヒロ!」


「こんな血だらけな姿見せてごめん。はは……強烈だよな。俺めっちゃ楽しかったよ。こっち来てよっちゃんと会えて、そのあとサエにも会えて。……ありがとう」




「ヒロ!やめろよ!俺はまだ……」






「はは……笑ってよ、優しい目してんだから。ありがとう、よっちゃん」







タカは、掴まれた襟が、ふっと軽くなるのを感じた。




サエの泣き声が、静まり返った病室に響き渡った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 説明は初めの方に詰め込んでます。 えろは作者の気分…多分おいおい入ってきます。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫だと……思います(?) ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます! 5/25 お久しぶりです。 書ける環境になりそうなので少しずつ更新していきます。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...