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桜が散った頃に
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「その後お兄さんは就職が決まって、大学を卒業する前に家を出て一人暮らしをはじめます。そこでいよいよハルさんに会いに行く気持ちが固まった、という感じですね」
「僕が……21歳のころですかね。兄のそのころって」
「はい。時間に余裕のある大学生のうちに探すこともできたんでしょうけど、お兄さんはお父さんの顔色をうかがっていて、お父さんと暮らしている間はハルさんを探しに行くのは辞めていたみたいです。ハルさんもお母さんのこと考えてお兄さんのこと探さないでいましたよね」
「え、あ……まぁ。それに急ぎで会いたいというわけでもなかったですし、後回しにしてしまっていました」
「お互いに、親のこと気にかけて一歩踏み出せない状況だったんですよ。昨日ハルさんの話を聞いてて、本当に似ているなって思いました」
「……」
「僕からしたら考えられません。ハルさんもお兄さんも人の気持ちを考えすぎてる。親であっても、血が繋がっているだけで他人なのに」
タカは、自分が少し感情的になっているのに気づいた。
「あ、すみません、少し自分の意見を言いすぎてしまっていますね」
「あ、いえ……」
「僕が話したこと、伝わっていますか」
「はい、なんとか」
「僕、お兄さんの一人暮らしの家に何度か遊びに行ったことあるんですよ。行く度にサエちゃんが作ったケーキが家にあって、減らないから一緒に食べてくれって言われて。毎回笑ってしまいました」
「へえ。サエさん甘いもの好きってタカさん言ってましたもんね」
「はい。僕とサエちゃんは、ハルさんはどんな感じなのかな会ってみたいな~なんてよく話していたんですよ。サエちゃんがお兄さんからどこまでハルさんのこと聞いていたかわからないけど、サエちゃんからしたら大切な彼氏の弟ですし、会いたそうでしたよ」
「そう、なんですか」
「でも……桜が散り終わった頃に……」
タカの声が少し低くなった。
「お兄さんが事故にあったって、サエちゃんから連絡がきて……」
タカはその時期、入社後の研修期間中だった。
毎日遅くまで先輩がつきっきりで仕事を教えてくれていたので、スマホをいじれるのはお昼休みやトイレ休憩のみだった。
午後の研修がひと段落し、休憩室に向かうところではじめて着信があったことに気がついた。
スマホの画面はサエからの着信履歴で埋まっていた。
メッセージは入っていなかった。
胸騒ぎを感じすぐに折り返すと、ハルの兄が交通事故にあったことを告げられた。
電話口でサエの悲鳴まじりの苦痛に満ちた泣き声が、事態が最悪な状況であることを物語っていた。
「僕はそのとき仕事中でまったく着信に気付かなくて。そのあと着信履歴を見て、急いで病院に行ったんですけど……」
ハルは、タカの目がものすごく黒く淀んで見えた。
「タカさん……?」
「病室に入ると……体にいろんな管が繋がっているお兄さんがいました。僕はそのとき、治療が終わってあとは回復が待つだけだと思ったんです。でも傷の損傷が酷くて、もう施しようがない状態と聞かされました」
「……」
タカが病室に着くと、真っ赤な目をして泣き叫ぶサエが視界に入った。その場にいた父親はタカに軽く会釈し病室の外に出た。
ハルの兄は、まだ息があり呼吸がひどく荒れていた。
体には薄い布がかけられていたが、あちこちが血で滲んでいた。左足と左手は、布の上からもその損傷の酷さがうかがえた。
「いま考えると、僕が来るのを待っていてくれたのかもしれません。それで……お兄さんに近寄った瞬間にね、僕の手を掴むんです」
ハルの兄に手を掴まれたのは、それが初めてだった。
「お兄さんは僕に、弟に会ってって何度も言うんですよ。何度も、何度も。自分がもう死ぬことを分かっていたからでしょうね。もう自分は会いに行けないということを」
「……」
「"ハルセに会って、よっちゃん"って。僕の名前ヨシタカだから、お兄さんからはずっとよっちゃんって呼ばれてて」
タカは、ハルの兄、キヨヒロとの最後のやりとりを思い出していた。
キヨヒロとサエの会話が終わったあと、タカがサエに呼ばれた。
「タカ君、ヒロが呼んでる」
タカはすぐにキヨヒロのそばに行くと、キヨヒロの手がタカの襟を掴む。そして自分の顔へと近づけた。
「何?……ヒロ……。苦しいんだよな……ヒロ。すぐに来れなくてごめん。なんでこんな……なんでこんなことになってんだよ……」
苦しそうな表情に少しの笑みを浮かべてキヨヒロが言う。
「あはは……こんなんなっちゃった。ごめん。あのさ、よっちゃん。俺もう無理だから……ハルセに会って。俺が前に言った話、ハルセに話してほしい。よっちゃんが理解者になってあげてよ。俺ずっと思っててさ、よっちゃんなら合うと思うんだよ。俺、そうなったらめっちゃ嬉しい、なんて。はは……本当ごめん」
「え……」
「よっちゃんのことさ、弟と似てるからって言ったけど、それだけじゃないかんな。今になって言うなよって感じだけど、よっちゃん本当はすごい優しくて、人として俺めちゃくちゃ尊敬してた。よっちゃんいつも悲しい目するけどさ、それって優しい目でもあるんだよ。分かる?」
「は……?なんだよそれ……全然わかんねーよ」
「あと……俺転校してきたときさ、結構落ち込んでてさ。でもよっちゃんと話してるとなんかどうでもよくなるっつーか。あれ救われた、まじで。俺の高校生活すごく楽しかった」
「おい……それ俺が言うことだから!俺のほうが……俺のほうなんだよヒロ!」
「こんな血だらけな姿見せてごめん。はは……強烈だよな。俺めっちゃ楽しかったよ。こっち来てよっちゃんと会えて、そのあとサエにも会えて。……ありがとう」
「ヒロ!やめろよ!俺はまだ……」
「はは……笑ってよ、優しい目してんだから。ありがとう、よっちゃん」
タカは、掴まれた襟が、ふっと軽くなるのを感じた。
サエの泣き声が、静まり返った病室に響き渡った。
「僕が……21歳のころですかね。兄のそのころって」
「はい。時間に余裕のある大学生のうちに探すこともできたんでしょうけど、お兄さんはお父さんの顔色をうかがっていて、お父さんと暮らしている間はハルさんを探しに行くのは辞めていたみたいです。ハルさんもお母さんのこと考えてお兄さんのこと探さないでいましたよね」
「え、あ……まぁ。それに急ぎで会いたいというわけでもなかったですし、後回しにしてしまっていました」
「お互いに、親のこと気にかけて一歩踏み出せない状況だったんですよ。昨日ハルさんの話を聞いてて、本当に似ているなって思いました」
「……」
「僕からしたら考えられません。ハルさんもお兄さんも人の気持ちを考えすぎてる。親であっても、血が繋がっているだけで他人なのに」
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「はい、なんとか」
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「へえ。サエさん甘いもの好きってタカさん言ってましたもんね」
「はい。僕とサエちゃんは、ハルさんはどんな感じなのかな会ってみたいな~なんてよく話していたんですよ。サエちゃんがお兄さんからどこまでハルさんのこと聞いていたかわからないけど、サエちゃんからしたら大切な彼氏の弟ですし、会いたそうでしたよ」
「そう、なんですか」
「でも……桜が散り終わった頃に……」
タカの声が少し低くなった。
「お兄さんが事故にあったって、サエちゃんから連絡がきて……」
タカはその時期、入社後の研修期間中だった。
毎日遅くまで先輩がつきっきりで仕事を教えてくれていたので、スマホをいじれるのはお昼休みやトイレ休憩のみだった。
午後の研修がひと段落し、休憩室に向かうところではじめて着信があったことに気がついた。
スマホの画面はサエからの着信履歴で埋まっていた。
メッセージは入っていなかった。
胸騒ぎを感じすぐに折り返すと、ハルの兄が交通事故にあったことを告げられた。
電話口でサエの悲鳴まじりの苦痛に満ちた泣き声が、事態が最悪な状況であることを物語っていた。
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ハルは、タカの目がものすごく黒く淀んで見えた。
「タカさん……?」
「病室に入ると……体にいろんな管が繋がっているお兄さんがいました。僕はそのとき、治療が終わってあとは回復が待つだけだと思ったんです。でも傷の損傷が酷くて、もう施しようがない状態と聞かされました」
「……」
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「……」
「"ハルセに会って、よっちゃん"って。僕の名前ヨシタカだから、お兄さんからはずっとよっちゃんって呼ばれてて」
タカは、ハルの兄、キヨヒロとの最後のやりとりを思い出していた。
キヨヒロとサエの会話が終わったあと、タカがサエに呼ばれた。
「タカ君、ヒロが呼んでる」
タカはすぐにキヨヒロのそばに行くと、キヨヒロの手がタカの襟を掴む。そして自分の顔へと近づけた。
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サエの泣き声が、静まり返った病室に響き渡った。
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