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第一章

デレた後のツンはより鋭い

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 走馬灯。

 人が死を覚悟した瞬間に見る、アレだ。
 俺は今それを見ている……のだろうか。
 無くしてしまったものには勇者の称号や経験値だけでなく気力すらも含まれていたようで、オークの一撃を受ける直前、既に身体は生きることを諦めてしまったようである。

 なにせ18年の人生の中、この瞬間まで走馬灯というものを体験したことがない。
 本なんかで見かけた時には意識を失った状態で見るものだと考えていた。
 だが実際は全く違うものだったようだ。
 あまり量のない思い出は透明なスクリーンに映し出され、俺はそれを無味乾燥に、ただ見つめる。
 その奥では頭が潰されるまでのカウントダウンを知らせるように、オークの武器大木が距離を徐々に距離を詰めていた。
 
 それにしてもスクリーンに映し出される思い出というのは、美化されたものばかりだ。
 魔王を討伐したトドメの攻撃はいかにも怪しげな路上の商店で購入した、手榴弾のはずである。……ちなみに72000Gゴールド
 法律によって保護されているメタルゼリーを討伐しているシーンを見られていなければ、絶対に買ってなかった。
 法外な量の火薬によって魔王城の屋根を吹き飛ばしたそれを手榴弾と表現するのはどうかと思うのだが、苦し紛れに投げたそれが魔王を討伐に導いたのだから、結果オーライと言っていいだろう。

 ともかく、俺の武勇伝の真実は決して自慢できたものではないのだ。
 しかしどうだろう。眼前でこれ見よがしに広がる映像。
 見たこともないようなゴツイ剣で魔王を真っ二つにしている。
 しかも三人称視点だ。
 正直なところこれは、俺が主役の三流映画である。
 その上美しい思い出がそれしかないのか、その瞬間だけが延々とリピートされているのだ。
 もう何十周同じものを見たことだろう。無味乾燥になるのも当然である。

 では全てがスロモーションに見えるこの世界なら、直線を辿って俺の命を狙う武器を避けることも容易ではないのか。
 視聴回数がたった一人の手によって3桁に届きそうな動画は、何度繰り返しても背景をほんの少ししか変えない。
 しかし変わらないのは俺の身体にとっても同じだ。いくら足を退けようとしても、目線一つ変わらない。そのせいで面白くもなんともない映像を見せつけられているのだが……。
 相反して思考回路はするすると働くようだ。きっと通常では考えられないほどに頭が回転しているのだろう。まあそれでもこの危機的状況から抜け出す方法は探り当てられない。
 死ぬまでの長い時間を持て余して恐怖に飲み込まれることしか、選択肢にないのだ。

「(ああ……俺の原材料をロリの目の前で撒き散らすなんて、心がい――)」

「止まれ! フクミミ」

 俺の脳内台詞を制した透き通るような声は、サボタージュを決め込む鼓膜にもすんなりと響いた。
 直後スローモーションは打ち止めになり、ずっと忘れていた呼吸を再開してへたへたと地面に座り込む。
 隙だらけというのにオークは武器を当ててこない。何故か。きっと今の声が原因だろうというのは分かる。しかしそれにオークの何を制限する力があるというのか。
 たかだか人間の声が。

 いや、その前に助かったという現実を喜ぶべきだろう。

「これは……きみがやったのか?」

 声の主であろう白髪長身の男が、血の泡をたてるオークの足元を指して言った。

「ああ、いや……そんなことよりも助かった、ありが――」

「きみが、やったんだな?」

 凍てつくような空気が、身を硬直させる。
 確実に険悪なトーンだ。
 返答を間違えてしまえばまた戦闘が始まってしまうだろう。だが下手な嘘をつくことも難しい。緑フードが未だにオークに捕らえられて気を失ってしまっているのだから、攻撃を加えられたのは俺しかいないのだ。
 つまり正直なことを言うしかないだろう。だんまりを決め込むのも捨てるにはまだ早いかもしれないが、とてもそんなことをさせてくれる雰囲気ではない。

「僕が……やりましたっ!」

 思い切って威風堂々と声を出す。雰囲気こそ悪いものだが、襲ってきたオークに傷をつけたことに悪意などない。
 やはり正直者でいるべきだな。

 それにしてもなんなんだこの強制吐露は。
 犯罪者が取り調べ室にいる時じゃないか。つい流れに乗ってそれっぽい役を演じてしまった。シリアスモードもぶち壊しじゃないか。

「そうか……ならばこれでお相子だな」

 返事をする前に、足の甲を痛みが駆ける。何が起きたのか詳しく理解することはできないが、攻撃を受けたことは確かである。
 力の通じなくなった片足はバランスを失い、全身を崩すように地面に沈み込んだ。
 傷を負った部分の鎧が破壊されて滲む血が見える。
 同時に自然と声が漏れた。

「お前……何すんだよ……」

「仲間を傷つけられたら抵抗するのは当然だろう」

 ……仲間? このオークが仲間だってのか?
 それなら窮地を救った恩人だなんていう結論には至らない。
 むしろ敵ではないのか?

「帰るぞ、フクミミ」

 くるりと振り向いた白髪の装束からは、地面まで伸びた尻尾が見えた。
 フクミミと呼ばれるオークに捕まったままでいるロリと同じ、獣人なのか。よくよく観察してみれば髪の毛に隠れたケモ耳すら発見することが出来た。
 
 このまま見過ごしてしまえばロリが奴の手に渡ってしまう。……だが溢れる血が右足への命令の伝達を遮ってしまっている。
 遠ざかっていく足を見ていることしかできないのだ。こんなにももどかしいことがあるだろうか。
 

***


「誰だよあの主人公面……突然現れては思わせぶりな態度とりやがって……」

 負傷した足を引きずりながら、ナメクジのように這って進む。
 もうゴブリンも緑フードも白装束も居ない道をゆっくりと、辿って進む。
 内側から鼓膜に響く鼓動が頭を振りたくなるほどに鬱陶しい。

 村を通り抜け、ゴールドの湧いた岩壁を横目に。何時間もかけて合流地点である洞窟を目掛けて身体を倒していた。
 途中で何度も吐いて、膝を折って、その度に不安定な精神を崩しそうになる。
 
 こんなにも辛い思い出を未だかつて作ったことがあっただろうか。
 少なくとも異世界転移なんてすることが無ければ、与えられた命を大切に、平和に、しかし無駄に消費していくはずだった。
 このような重症を負うことだって無かったはずだった。魔王を倒したのに王国からは追われ、少女を助けようとすれば傷を負わされ、この世の不条理が腹立たしい。
 こんな目に合わされるのならば、いっそのことこの世界でも目立たないように、鍛冶屋の弟子にでも入ってひっそりと異世界で一生を終えてしまえばよかったのではないか。そんな思いが頭を埋め尽くしている。
 良くないことだと知っていても、どうしても止めることができない。

 後悔の念は今までにも何度か波を作り出していた。もともと神経がか細く、小さなことをいつまでも気にしてしまう性がそうさせているのだが、今度の波は大きすぎる。
 飲み込まれてしまう。

 ……少し、頭と身体を落ち着けようか。
 もう約束の洞窟も近いが、なんとなくたどり着ける気がしない。立ち並ぶ木々の中でも一際大きなものに身を預け、項垂れるように腰を下ろす。同時に深いため息が漏れた。
 とうに鎧を脱ぎ捨て、無防備になっている身体は土埃だらけである。そのせいで右足の傷口が膿んでしまっているため、その酷い惨状に目を向ける勇気が湧かない。
 少しでも目に映ったら心が折れてしまいそうなのだ。
 だから頭を上の方へと向ける――が、目に入ったものは結局俺の心をポッキリと折ってしまった。

「またモンスターかよ……」

 影を被せながら見下ろしてくるのは、見た事のない敵である。
 だがその名はなんとなく察知できてしまう。石から成る巨体に、彫りの深い顔がバランス悪く乗っている。言わずもがなゴーレムだ。

 ゴブリン、オーク、ゴーレムと、段々と敵の強さが増しているというのに、各々が現れる間隔は極端に狭い。しかも回復は無しである。
 とんだクソゲーだ。もう考えるのも疲れた。一思いに握りつぶすなり、頭を叩き割るなり、好きにしてくれ。

「うわっと!」

 ……え? なんだこの状況。
 ゴーレムの肩に担がれている――と思えば、どこかへ向かって一直線に走り出した。見たまんまのゴツゴツした体が、揺れる全身に連続的に当たって痛い。
 さらに顔を覗き込んでも全く変わらない表情が不気味である。
 試しに、

「あー、あー、何で運んでるの?」

 なんて聞いてみても、反応一つ貰えない。
 まあ人間の言葉は通じないし、そもそも耳があるのかも分からないのだ。当たり前のことだった。

 はたしてどこへ向かっているのか。
 ゴーレムが群れを作って生活しているか知れたことではないが、もし住処に連られるような事があれば餌にでもなるのだろうか。
 石が肉を食うなんて考えたくもないがな。いや、石の体に歯とか消化器官とかあるのか? ……うん、ないだろ。

 やはり王国の手の者だというのが妥当だろうか。ゴブリンの時には棄却されたのだから今更どうこう思案するつもりもないが、もしそれが正しいのであれば向かう先は……王城? 
 ここから王城までの長い距離を、この気まずい雰囲気と腹に打ち付ける痛みをお供にしながら進むのは嫌だな……。いや悠長かよ。
 
ガコッ、ドッ、ドサッ

 突然の停車。というか、突然の崩落。
 疑問を感じる前に、俺の身体が宙に投げ飛ばされていることに気づいた。ゴーレムの崩れた巨体が上下反転して見える。
 どうやら停車の勢いで前方に投げ出されてしまったらしい。
 勿論のこと受け身なんてとれるはずもなく、無様に顔面から着地した。
 
「うっ……つー」

 地面は石のようだ。滑った勢いで顎が擦れ、悶絶するほどに熱い。
 だが触覚以上に働いているのは視覚であるようで、これ以上ないほどに下を向いている視線は、まだ落ちきっていない太陽を無視する暗がりを感じた。
 転げた自分の体に、影が覆いかぶさっているのだろう。

「もうモンスターは勘弁してくれよ……」

 と言ったばかり、恐る恐る痙攣しかけている顔を上げる。
 だが目に映ったのはモンスターなどといった野蛮なものとは相反する存在であった。

 川の流れる様をそのまま描き形にしたような艶やかな肌と、状況を理解していないような、あどけなく呆気にとられた表情。
 腰まで伸びた髪の毛が水を弾いている。
 そしてなんと言っても見どころは、主張しないおっ――

「遅かったですねレンさん。少し見ない間に遊び人から覗き魔に降格ですか?」

 ……目を、目を潰された。

 
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