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第一章

偽札の製造は犯罪です

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「……知らない天井だ。」

 天井から垂れてくる水滴におでこを打たれて、目が覚める。俺が起きた直後に口にした言葉は、フィオに不快感を与えたらしい。怪訝そうな目でこちらをみている。

 いや、俺も独り言なんて零す性ではない。
 ただ、ラノベの主人公っぽいセリフを神様が言わせただけだ、そうに違いない。
 まあ宿屋に泊まったわけでもなく、洞窟の天井を見て言ったのだが。

「なにカッコつけてるですか。追手が来る前に早く逃げるですよ」

 また仕切られた。
 だが、その通りである。まだ王国からは近いし、何より朝から王国のほうが慌ただしい。時々警戒を知らせる鐘が鳴っているのだ。
 なによりこの寒い洞窟にいつまでも居たくない。布一枚の厚さしかない囚人服では、風邪をひいてしまう。
 早いとこ、ここを出てしまおう。


***


 取り敢えず洞窟を抜けたはいいものの、雑木林か……。
 地図もないし、これからどうすればいいんだ? こんなところを適当に歩き回っていたら道に迷って帰れなくなってしまうのは数多のゲームで体験済みだ。
 今までは村の長老やら、大賢者様やらが進むべき方向を指してくれていた訳なのだが、そんな人に会えるはずがない。仮に会えたとしても、また豚箱に逆戻りだろう。

 そもそもどうして遊び人にジョブチェンジしてしまったのか。なんの前触れもなくジョブが変化するなどありえないことなのだ。
 お陰で勇者の賢いおつむが遊び人のパァな頭に入れ替わってしまった。先ほど確認したステータスによると、賢さの項目は一桁である。

 なぜこんな事態に陥ってしまったのか、仮説を建てよう。
 全ての発端は、バビロニア国王が俺にかけたデバフの魔法だ。
 だが腑に落ちない点が一つ。デバフならいつかは効果切れがくるはずなのだ。もう脱獄の騒ぎから一晩が過ぎているから、さすがに効果が長すぎる。
 やはりあれを魔法だとするのは無理があるのだろうか? 
 ならば呪いの一種……いや、よしておこう。呪いなど人間に使えた技ではない。もし本当にそうであったとしても、俺の主人であるバビロニア国王を疑いをかけるのは、良い事とは言えないだろう。

 あ、もう一つの可能性を思い出した。
 ロリババ――もとい、神様が昨日の仕返しにやったことも考えられる。
 神様ならば俺のジョブチェンジなど簡単に出来るだろうしな。おおよそのことは、神様のチート能力だということで説明がついてしまう。 
 ああ……そっちの説が濃厚になっていく。

 まあ確たる証拠もないわけだ。ここで考え続けていても正解は出てこない。
 今は目の前のことに集中するとしようか。
 
「なぁフィオ、何かアイテム持ってないか?」

「え……と、今は石ころしかないのです。」

「そうか……」

 って、石ころ?
 石ころなんてなにに使うんだ? 
 というか、道端にこんなにも沢山落ちているものをアイテムと呼んでもいいのか?

「突然ですが、ここで問題なのです。逃亡生活を始めるにあたって、最も必要となるものは?」

 フィオがほぼ真上を向いて、俺に話しかけてくる。
 どうでもいいが首が痛そうだから俺が姿勢を低くすると、フィオはムッとした表情になった。

 まあ簡単な問題だ。現世ではRPGだけでなく、サバゲーもやりつくしたからな。それくらいの問題、初歩中の初歩である。

「野宿の準備と、最低限の食料、それに水だろ。優先順位をつけるとするならまずは水だ。そのためには真水が湧いている泉か川を見つける必要があるな。さらにその水が本当に飲めるかどうか見極めるには――」

 話の途中だが、一度フィオの様子を確認。女は話をする生き物で、男は話を聞く生き物だとどこかの書物に書いていたのを思い出した。
 ここはわざと間違えて、女の子に花を持たせるべきだったかな?

「なにドヤ顔かましてるですか。違うですよ。サバイバルでも始めるつもりなのです?」

 冷たくあしらうように、曇りきった眼を容赦なく向けてくるフィオ。とても昨晩恥じらいながら顔を合わせた相手とは思えない。
 ん? 自己紹介のことだぞ。
 
「だいたい私『最も必要になるものは?』と質問したですよね。なんで答えが複数出てくるです? さすがは遊び人、母国語までしっかり聞き取れないですか」

 正確には母国語じゃないのだが。
 まあ無駄に話をややこしくする必要はない。ここは黙って聞き流そう。なにせデキる男だもんな。
 さっき思い出した書物の受け売りじゃないよ?

「じゃあ正解は?」

「これなのです。」

 フィオの小さな手のひらいっぱいに、石ころが山積みになっている。少し風が吹いただけで崩れてしまいそうなバランスだ。
 アイテムかどうかも怪しい石ころが必要だと?
 フィオも死地をくぐり抜けてきたばかりだからな。疲れているのか。

「いいですかレンさん。今は冬なのですよ? いつまでも野宿なんてしてたら、いつか衰弱してそれこそ死んでしまうのです。だからまずは寝る場所、宿屋を見つけるのです」

「宿屋なんて行けたらとうに行っているぞ。泊まるためのゴールドも没収されたのが問題だろう? 勇者が魔王を討伐してしまったから多くのモンスターも姿を隠してしまったし」

 我ながら正論。
 どうだ少女よ、賢さ一桁に論破される気持ちは。勇者を俺と言えないのは、実に残念であるが。

「だからこそ、石ころが必要なのです。私のジョブは錬金術師だって昨日言ったですよね? 石ころに含まれる微量の鉱石から、ゴールドを生成するのです」

 ああ、そういやそんなこと言っていたな。そう考えると、昨日の針金は牢屋の鉄格子から錬金したものだったのか。
 しかし、俺にニセモノの金を作る手伝いをしろと? 勇者なのに?

「どうせ私もレンさんも犯罪者。やるならとことんやるのです」

 俺がいかにも反対だという雰囲気を醸しているのを感じ取ったようだが、その苦しい言い訳に、妙に納得してしまう自分がいる。
 だが年齢だけなら大学生の自分が、中学生くらいの女の子に説き伏せられるのは正直悔しいのだ。
 同じ状況に立たされれば、きっと誰だって同じことを思うだろう。
 だからどうせ言い返されると分かっていながらも――

「いや、だが俺達は指名手配犯だぞ? 宿屋の主人にバレていたらまずいんじゃないか」

 なんて、とっさに思いついた言い訳をしてしまった。
 あれ? 意外と正しいことを言っているんじゃないか?

「それは王国のみでのことなのです。まあ主要国家には既に情報が広まっているはずですから、今は小さな村に向かっているのです」

 適当に歩き回っていると思っていたが……進む方向すらこの子に誘導されていたのか、俺は。
 付近の地形も把握しているようだし、ただの子供じゃあないよな。
 まあ死刑囚の牢屋に閉じ込められていたのだから、当然といえばそうであるのだが。

「さぁ。日が暮れる前に集めてしまうのです。宿屋に泊まるには、最低100ポンドの石ころが必要なのですよ」

 100ポンドというと……50キログラム!
 大変だな。何時間かかることやら。
 まあ、うろたえていてもしょうがない。もたもたしていれば、それこそ王国の犬が嗅ぎ付けてくるかもしれないからな。さっさと始めるとしようか。

 ……なんだか『王国の犬』という表現は妙に犯罪者を匂わせる。
 小さい罪はともかく、王国反逆罪は冤罪だからな! 気持ちだけでも善人でいなければ。
 誤解を招く表現をしたことにはしっかり反省。
 現在偽ゴールド製造の片棒を担いでいることは……まあ、その、なんだ。見なかったことにしてくれ。
 

***


 低くなった太陽の光が木々の間から差し込み、フィオの丸まった背中にまだら模様を作り出している。

「この角度……そろそろ1時間か」

 冒険者であった3年間で、無駄な知識と経験はいやというほど身についた。その一つがこれ、太陽の角度だけで現在時刻が分かる特技、通称『太陽時間』である。
 自分の位置と太陽の向き、それに影の長ささえあればおおよその時刻は予測できる。遊び人で全く実用的なスキルがない今、これはスキルと呼んでも差し支えないのではないだろうか。

 ん? スキルの名前が中二病だと?
 たしかに自分で勝手につけた名称だが、スキルなんてみんな中二病だろう。さらに言ってしまえば、冒険者や勇者なんてジョブに就いて、来る日も来る日もモンスターを討伐する生活を送っていたんだ。
 中二病にならないほうがおかしい。
 いやまてよ……。もし心が中二のままなのならば、同い年に近い子を好きになったっておかしいことではない。
 つまり合法的にロリコンを公言できるのだ! 意外と便利な通り名かもしれないな。この際中二病を全面に押し出してもいいかもしれない。


「レンさん。手が止まっているですよ」

「ん、ああ……すまん」

 危なかった。フィオの言葉でなんとか我に返ることができたが、単調作業を続けるあまり暴論を堂々と披露してしまった。
 中二病ならロリコンを患っていても問題ないだなんて、自分で考えたにしても酷すぎる。
 遊び人ニートが仕事をすると、早めにおかしくなってしまうのだろうか。

「レンさん! 危な――」

「え?」

 鈍い音と同時に、突然目の前が真っ暗になった。
 ポケモンバトルに負けたトレーナーはこんな気持ちなのだろうか。真っ暗な視界の先には、宙を星が舞っている。
 ……ピカ〇ュウのことじゃないぞ。

 とまあ悠長なことを言っている場合ではない。意識が朦朧としている上に、視覚が働いていないのだ。異常という他ないだろう。
 なにかに頭をぶつけたのだろうか。
 こんなに何も無いところで当たってしまうものなんて、限られてくるだろう。例えば樹木、あるいは岩壁――。
 ん、岩壁?

「大丈夫なのですか、レンさん」

 思いつくように飛び起き、フィオの方を見つめる。視界も売って変わるように回復した。
 地面に転がって呻いていた俺が、突然宙で背中を反って着地したのだ。普段無表情を貫くフィオも、さすがに目を丸くしている。

「なあフィオ。どうしても石ころじゃなきゃいけないのか?」

「……と、言いますと?」

「いや、岩とかの方がすぐに100ポンド集まるだろ? だから石ころを無数に集めるよりも、これを使えば十分なんじゃないか?」

 やはり頭をぶつけたのは岩壁だった。言い換えれば、頂上が見えないほどの崖である。
 ごつごつとした岩肌が露出していて、ただの雑木林であるこの場所を、奈落の底のように勘違いさせる。

 そして俺は、手の甲でそれを叩きながら提案した。

「………………ぁ」

 掠れるような声が聞こえてフィオの方を向くと、その顔は熟れたトマトのように真っ赤に染まっていた。
 え、と……これはまさか、遊び人の頭脳が――

「どうして早く言ってくれなかったのですか」

 ロリに勝利した瞬間であった。
 あくまでも冷静に、淡々とした声でありながらもしっかりと責めてくる。

「いやいや、俺が悪いのか?」

「悪いのです。幼気な少女をこんなにも疲れさせたのですから。責任、とってもらうですよ」

 責任? 反射的になにかイケナイことを想像してしまう言い草だ。

「こんな俺でよければ、よろこんで」

 このように、何も考えずに発言してしまうのが俺の悪い癖である。中学生のころにもそのせいで、散々な目に合った経験がある。そのことについてはまあ……おいおい説明しよう。

「……はぁ、また変なこと考えてたですか」

 なにが「はぁ」だ。ため息吐きたいのはこっちだっての。ニートの少ないスタミナをフル活用して労働に臨んだのに、その結果がこれである。
 まあ集まった石ころはまだ20ポンドってところだし、岩ならすぐ目の前にあるこの壁を使えばいい。
 ロリの言うことにわざわざ反論する気はない上、反論する気力も既に底に尽いてしまった。早いとこゴールドを生成してもらって宿屋に泊まりたいのが本音である。

「――地の精よ、我がフィオの名の元に、代償を支払う。生成せよ」

 気がついたら既に、錬金が始まっていた。獄中で聞いたものと同じだ。
 錬金術師とは関わりがなかったもので、錬金術についてのかっては知らないが、魔法と同じようなものなのだろうか。魔法使いも詠唱なしでは魔法を繰り出せないもんな。

「おおっ」

 錬金術を初めて目の当たりにしたもので、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
 水の底からボールが浮き上がるように、岩の表面からゴールドが姿を現しては、地面に落ちていく。
 詠唱が途切れる頃には、13ゴールド――宿屋に3日泊まれるくらいのゴールドが溜まっていた。
 
 駆け寄って拾い上げてみるが、ゴールドの見た目も感触も、全て本物と比べてなんら変わりがない。相手が目利きのゴールド鑑定人などでなければ、まずバレることはないだろう。

「すごいじゃないかフィオ! これで目前の問題は――」

 振り向いてみれば、フィオの膝はガクガクと震えて悲鳴をあげているようだ。
 間隔なくその足はバランスを崩して、地面に身体全体がつく。
 
「お、おいっ! フィオ?」
 
 浅い呼吸が掠れた音を発し、頬は熱に染め上げられ、冬の冷たい外気に蒸気を立ち上げている。
 
 急激な体温上昇と疲労が一度に押し寄せてくる症状――冒険者であったころに何度も体験した。
 深刻なマナ不足である。

「待ってろ、すぐにマナの蜜を……」

 こんなときはどこにでも植生するマナの木を切って、その蜜を飲ませるのが最善の応急処置なのだ。
 だからマナの木を探そうと踏み出したのだが、その足をフィオに掴まれた。台詞が途中で途切れる。

「待つのです。ただでさえ、長い時間……足止めを、くったのですから、移動、するのです」

「いやしかし……」

「だからこそ、今……責任、とってもらうですよ」

 フィオは俺を目掛けて両手を伸ばしていた。
 つまり……どういうことだろうか。
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