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一章

5・いちご

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毎日、日が昇る前からランスは作業をしている。庭師になってからはそれが当たり前だと思っているので、もう早起きも苦にならない。親方に拾ってもらえて、なんて自分はラッキーだったろう、とランスは他人事のように思っている。

作業は除草が中心だ。特にこの夏の季節は、ちょっとした雑草にも気を付けなければならない。すこしでも取りこぼせば、それだけで雑草はみるみるうちに育ってしまう。雑草は本来育てるはずの花のエネルギーを奪う。ランスは目を皿のようにして、雑草という雑草を抜いた。芝生も刈る。
樹木や花壇の手入れも忘れない。今日は秋に向けて新しい苗を庭の一画に植える予定だ。そしてもう一つ。

「ランスさん、お疲れ様です」

「リシャさん、おはようございます」

リシャがバスケットと水筒を手にやって来た。朝食だろう。ここで出される食事はなんでも美味い。すっかり胃袋を掴まれている。

「今日、ご主人様はいらっしゃいますか?」

一応確認の為に尋ねるとリシャが笑う。

「はい、ランスさんに誘われたと喜んでおられました」

「よかった。最近、お仕事忙しそうだったから」

「大丈夫ですよ。旦那様がランスさんとの約束を違えるはずがありません」

その言葉にランスは照れてしまった。純粋に嬉しいという気持ちからだ。

「リシャさん、いつも食事を持ってきてくれてありがとう」

「いいえ、ランスさんが沢山召し上がられて嬉しいですよ」

「た、食べ過ぎですか?!」

リシャは緩く首を振る。

「沢山食べるお年頃です。気になさらず」

リシャも仕事に追われているのか、ランスに頭を下げて屋敷に戻っていった。ランスは離れで食事を食べることにする。今日はパンケーキとハムエッグ、サラダだった。水筒の中身は熱い紅茶だ。
パンケーキには分厚いバターとシロップが載っている。ランスはフォークでパンケーキを切り分け口に放り込んだ。

「ご飯が今日も美味い」

もりもり食事を摂ってランスは作業を再開した。タウに買ってもらった作業着は動きやすい。さすが新品だ。

「ランスさん」

「タウ様!」

タウがシャツとパンツというラフな出で立ちで現れた。ランスは彼に駆け寄る。

「タウ様、忙しいのにお時間を取ってくださってありがとうございます」

「ランスさんが誘ってくれて嬉しい」

「実はタウ様に見せたい苗があって」

「私に?」

ランスはタウを庭の端に呼んだ。ここは風が吹き抜けるせいか夏でも涼しい。ランスの休憩スポットである。

「この苗なんです」

ランスは苗を二株、タウに見せた。ハート形のような葉が特徴的な植物である。

「これは?」

「この苗、スノーベリーっていう小さい苺の苗なんです」

「苺が生るのか?」

「はい。もちろん農家のように大きく作りたいなら、もっと本格的にやらなければいけませんけど。冬に咲く花がすごく綺麗で」

「それは是非見てみたい」

「タウ様に素敵な冬の庭を見せたいから」

ふふとランスが笑うとタウがじっとランスを見つめて来る。

「ランスさん、貴方にお願いがあるのだが」

タウのお願いならなんでも聞こうとランスは思っている。

「貴方に私と一緒にパーティーに出て欲しいのだ」

「ぱ?」

流石にそれは想定していなかったランスである。

「上司の知り合いが主催するもので、私がその上司の代わりに行かなくてはならなくなってしまって」

「タウ様の上司さん・・・」

「ああ。昔からお世話になっているから断れず。ただ私はこんなナリをしているから知らない者から怖がられるのだ」

タウは本当に困っているようだ。ランスはもちろんパーティーになど出たことがない。
だが自分が頼られたのがまず嬉しい。

「タウ様、俺で良ければお供しますよ」

「それはありがたい。服の採寸を後でしよう」

二人は一緒にスノーベリーの苗を植えた。

「植物に触るのは久し振りだ。壊してしまいそうだな」

タウの手は恐る恐ると言った様子だ。ランスはタウが冬ユリに触れようとしてやめた場面を思い出していた。

「タウ様?植物は思っているより強いので大丈夫ですよ」

タウがそれでも困ったようにしている。

「私の手は不必要な死を引き寄せてしまう、そんな気がするのだ」

タウは誰よりも死を恐れている。それが自らの手で招いてしまったとしたら余計怖いだろう。
ランスはそっとタウの手を握った。

「大丈夫。だってタウ様の手はこんなに温かいじゃないですか」

「ランスさん」

いつの間にかタウに強く抱きしめられていた。いつもの甘い匂いにランスはクラっとしてしまう。

「ランスさん、貴方は本当に可愛い人だ」

「タウ様」

よしよしとランスはタウの背中を撫でた。彼が少しでも楽になれたらいい。そう思ったのだ。
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