5 / 17
一章
5・いちご
しおりを挟む
毎日、日が昇る前からランスは作業をしている。庭師になってからはそれが当たり前だと思っているので、もう早起きも苦にならない。親方に拾ってもらえて、なんて自分はラッキーだったろう、とランスは他人事のように思っている。
作業は除草が中心だ。特にこの夏の季節は、ちょっとした雑草にも気を付けなければならない。すこしでも取りこぼせば、それだけで雑草はみるみるうちに育ってしまう。雑草は本来育てるはずの花のエネルギーを奪う。ランスは目を皿のようにして、雑草という雑草を抜いた。芝生も刈る。
樹木や花壇の手入れも忘れない。今日は秋に向けて新しい苗を庭の一画に植える予定だ。そしてもう一つ。
「ランスさん、お疲れ様です」
「リシャさん、おはようございます」
リシャがバスケットと水筒を手にやって来た。朝食だろう。ここで出される食事はなんでも美味い。すっかり胃袋を掴まれている。
「今日、ご主人様はいらっしゃいますか?」
一応確認の為に尋ねるとリシャが笑う。
「はい、ランスさんに誘われたと喜んでおられました」
「よかった。最近、お仕事忙しそうだったから」
「大丈夫ですよ。旦那様がランスさんとの約束を違えるはずがありません」
その言葉にランスは照れてしまった。純粋に嬉しいという気持ちからだ。
「リシャさん、いつも食事を持ってきてくれてありがとう」
「いいえ、ランスさんが沢山召し上がられて嬉しいですよ」
「た、食べ過ぎですか?!」
リシャは緩く首を振る。
「沢山食べるお年頃です。気になさらず」
リシャも仕事に追われているのか、ランスに頭を下げて屋敷に戻っていった。ランスは離れで食事を食べることにする。今日はパンケーキとハムエッグ、サラダだった。水筒の中身は熱い紅茶だ。
パンケーキには分厚いバターとシロップが載っている。ランスはフォークでパンケーキを切り分け口に放り込んだ。
「ご飯が今日も美味い」
もりもり食事を摂ってランスは作業を再開した。タウに買ってもらった作業着は動きやすい。さすが新品だ。
「ランスさん」
「タウ様!」
タウがシャツとパンツというラフな出で立ちで現れた。ランスは彼に駆け寄る。
「タウ様、忙しいのにお時間を取ってくださってありがとうございます」
「ランスさんが誘ってくれて嬉しい」
「実はタウ様に見せたい苗があって」
「私に?」
ランスはタウを庭の端に呼んだ。ここは風が吹き抜けるせいか夏でも涼しい。ランスの休憩スポットである。
「この苗なんです」
ランスは苗を二株、タウに見せた。ハート形のような葉が特徴的な植物である。
「これは?」
「この苗、スノーベリーっていう小さい苺の苗なんです」
「苺が生るのか?」
「はい。もちろん農家のように大きく作りたいなら、もっと本格的にやらなければいけませんけど。冬に咲く花がすごく綺麗で」
「それは是非見てみたい」
「タウ様に素敵な冬の庭を見せたいから」
ふふとランスが笑うとタウがじっとランスを見つめて来る。
「ランスさん、貴方にお願いがあるのだが」
タウのお願いならなんでも聞こうとランスは思っている。
「貴方に私と一緒にパーティーに出て欲しいのだ」
「ぱ?」
流石にそれは想定していなかったランスである。
「上司の知り合いが主催するもので、私がその上司の代わりに行かなくてはならなくなってしまって」
「タウ様の上司さん・・・」
「ああ。昔からお世話になっているから断れず。ただ私はこんなナリをしているから知らない者から怖がられるのだ」
タウは本当に困っているようだ。ランスはもちろんパーティーになど出たことがない。
だが自分が頼られたのがまず嬉しい。
「タウ様、俺で良ければお供しますよ」
「それはありがたい。服の採寸を後でしよう」
二人は一緒にスノーベリーの苗を植えた。
「植物に触るのは久し振りだ。壊してしまいそうだな」
タウの手は恐る恐ると言った様子だ。ランスはタウが冬ユリに触れようとしてやめた場面を思い出していた。
「タウ様?植物は思っているより強いので大丈夫ですよ」
タウがそれでも困ったようにしている。
「私の手は不必要な死を引き寄せてしまう、そんな気がするのだ」
タウは誰よりも死を恐れている。それが自らの手で招いてしまったとしたら余計怖いだろう。
ランスはそっとタウの手を握った。
「大丈夫。だってタウ様の手はこんなに温かいじゃないですか」
「ランスさん」
いつの間にかタウに強く抱きしめられていた。いつもの甘い匂いにランスはクラっとしてしまう。
「ランスさん、貴方は本当に可愛い人だ」
「タウ様」
よしよしとランスはタウの背中を撫でた。彼が少しでも楽になれたらいい。そう思ったのだ。
作業は除草が中心だ。特にこの夏の季節は、ちょっとした雑草にも気を付けなければならない。すこしでも取りこぼせば、それだけで雑草はみるみるうちに育ってしまう。雑草は本来育てるはずの花のエネルギーを奪う。ランスは目を皿のようにして、雑草という雑草を抜いた。芝生も刈る。
樹木や花壇の手入れも忘れない。今日は秋に向けて新しい苗を庭の一画に植える予定だ。そしてもう一つ。
「ランスさん、お疲れ様です」
「リシャさん、おはようございます」
リシャがバスケットと水筒を手にやって来た。朝食だろう。ここで出される食事はなんでも美味い。すっかり胃袋を掴まれている。
「今日、ご主人様はいらっしゃいますか?」
一応確認の為に尋ねるとリシャが笑う。
「はい、ランスさんに誘われたと喜んでおられました」
「よかった。最近、お仕事忙しそうだったから」
「大丈夫ですよ。旦那様がランスさんとの約束を違えるはずがありません」
その言葉にランスは照れてしまった。純粋に嬉しいという気持ちからだ。
「リシャさん、いつも食事を持ってきてくれてありがとう」
「いいえ、ランスさんが沢山召し上がられて嬉しいですよ」
「た、食べ過ぎですか?!」
リシャは緩く首を振る。
「沢山食べるお年頃です。気になさらず」
リシャも仕事に追われているのか、ランスに頭を下げて屋敷に戻っていった。ランスは離れで食事を食べることにする。今日はパンケーキとハムエッグ、サラダだった。水筒の中身は熱い紅茶だ。
パンケーキには分厚いバターとシロップが載っている。ランスはフォークでパンケーキを切り分け口に放り込んだ。
「ご飯が今日も美味い」
もりもり食事を摂ってランスは作業を再開した。タウに買ってもらった作業着は動きやすい。さすが新品だ。
「ランスさん」
「タウ様!」
タウがシャツとパンツというラフな出で立ちで現れた。ランスは彼に駆け寄る。
「タウ様、忙しいのにお時間を取ってくださってありがとうございます」
「ランスさんが誘ってくれて嬉しい」
「実はタウ様に見せたい苗があって」
「私に?」
ランスはタウを庭の端に呼んだ。ここは風が吹き抜けるせいか夏でも涼しい。ランスの休憩スポットである。
「この苗なんです」
ランスは苗を二株、タウに見せた。ハート形のような葉が特徴的な植物である。
「これは?」
「この苗、スノーベリーっていう小さい苺の苗なんです」
「苺が生るのか?」
「はい。もちろん農家のように大きく作りたいなら、もっと本格的にやらなければいけませんけど。冬に咲く花がすごく綺麗で」
「それは是非見てみたい」
「タウ様に素敵な冬の庭を見せたいから」
ふふとランスが笑うとタウがじっとランスを見つめて来る。
「ランスさん、貴方にお願いがあるのだが」
タウのお願いならなんでも聞こうとランスは思っている。
「貴方に私と一緒にパーティーに出て欲しいのだ」
「ぱ?」
流石にそれは想定していなかったランスである。
「上司の知り合いが主催するもので、私がその上司の代わりに行かなくてはならなくなってしまって」
「タウ様の上司さん・・・」
「ああ。昔からお世話になっているから断れず。ただ私はこんなナリをしているから知らない者から怖がられるのだ」
タウは本当に困っているようだ。ランスはもちろんパーティーになど出たことがない。
だが自分が頼られたのがまず嬉しい。
「タウ様、俺で良ければお供しますよ」
「それはありがたい。服の採寸を後でしよう」
二人は一緒にスノーベリーの苗を植えた。
「植物に触るのは久し振りだ。壊してしまいそうだな」
タウの手は恐る恐ると言った様子だ。ランスはタウが冬ユリに触れようとしてやめた場面を思い出していた。
「タウ様?植物は思っているより強いので大丈夫ですよ」
タウがそれでも困ったようにしている。
「私の手は不必要な死を引き寄せてしまう、そんな気がするのだ」
タウは誰よりも死を恐れている。それが自らの手で招いてしまったとしたら余計怖いだろう。
ランスはそっとタウの手を握った。
「大丈夫。だってタウ様の手はこんなに温かいじゃないですか」
「ランスさん」
いつの間にかタウに強く抱きしめられていた。いつもの甘い匂いにランスはクラっとしてしまう。
「ランスさん、貴方は本当に可愛い人だ」
「タウ様」
よしよしとランスはタウの背中を撫でた。彼が少しでも楽になれたらいい。そう思ったのだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる