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一章

2・死と生なる力

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ランスがこの屋敷に来て、もう10日程が経過している。あれから獣人の彼は姿を見せず、庭には一気に春がやってきている。色や形が様々な花たちはとても美しい。気温も随分上がり、作業中に暑くなって上着を脱ぐことも多々あった。

もしかして、風邪を引いた…とか?―

ランスはずっと彼のことが心配だった。今日こそは執事に主人のことを尋ねようとランスは決めていた。まだ獣人の彼が主人だと決まった訳では無いが、なんとなくそうだとランスの勘は告げている。

執事がいつものように食事を運んでくる。

「あ、あの!」

「どうされましたか?」

執事が首を傾げる。

「ご主人様はお元気でしょうか?」

執事は笑った。

「はい、お元気ですよ。お庭を見に行けないと悔しがっておられます」

「あ…そ、そうですか」

ランスは一気に恥ずかしくなった。主人が仕事で忙しいのは最初から予測できたのだ。そして、庭を見に来たいと思ってくれているということにも嬉しくなった。ちゃんと主人に、はじめましてを言いたい。

「え、えと、ご主人様のお仕事はこれからもずっとお忙しいのでしょうか?」

執事がくすりと笑う。

「ランスさん、私に敬語は結構。旦那様はお忙しい方ですが、来週少しお休みを取られるようですよ」

「じゃ、じゃあお庭でピクニックとかどうでしょうか?ちょうど咲き頃の花があって」

執事がおぉ、と手を打った。

「なるほど。では、旦那様にお伝えしておきますね」

「わ、お願いします」

「私の名はリシャといいます。お好きなようにお呼びくださいまし」

「あ…リシャさん…」

「なんでしょう?」

ランスはバッと彼に向かって頭を下げた。

「これからもよろしくお願いします」

「ランスさん、こちらこそよろしくお願い致します」

リシャは仕事があるからと屋敷に戻り、ランスは遅めの昼食を摂っていた。今日は柔らかいパンで厚いカツと野菜を挟んだ豪快な一品である。
ふと予感がして、ランスは窓からそっと様子を窺った。

獣人の彼だ。彼の足元には小鳥が倒れている。ランスはもう考えなかった。

「あ、あの…」

「また死を連れてきてしまった」

獣人の声は悲しげだ。小鳥は首元から血を流している。なにか他の動物にやられたのだろう。自然界は厳しい。

獣人が小鳥を優しく手のひらに乗せる。そして初めてランスの方を見つめた。

「貴方が庭師のランスさんか?私はここの主、タウだ。ずっと挨拶をと思っていたが、つい仕事にかまけてしまい申し訳ない」

タウは顔つきこそ厳しいが、優しい男のようだ。

「この子を埋めてあげなければ」

「その必要はありません」

ランスはタウの手に乗せられていた小鳥に触れて念じた。

「な…!」

小鳥が息を吹き返している。ランスは幼い頃からどんな怪我でも治す事ができた。ただしランス自身には使えない。この力を口外しないようにと、ランスは幼い頃から両親に厳しく言い付けられている。
だがタウになら見せても構わない、そう感じたのだ。小鳥はタウの手から飛び立つ。

「タウ様、確かに死は怖いものですよね。でも俺がもう死なせません。だからもう怖がらないでください」

「貴方は何者なのだ?人間なのか?」

「はい、人間です」

「ランスさん、仕事が終わったら、私の部屋へ」

「へ?は、はい!」

ランスは慌てて食事を摂り、午後の仕事を始めた。屋敷に入っていいなんて、とランスはドキドキしている。普通、庭師が仕えている屋敷に入っていい機会など滅多にない。
庭師は外で仕事をしているので、当然土で汚れている。そんな自分に普通に話し掛けてくれた主人と出会えたことが嬉しいとランスは単純に思っていた。

いいご主人様に巡り会えたな―と。

ランスは仕事を終えるなり屋敷に向かった。一応着替えたものの、ボロであることには間違いない。

「ランスさん、お待ちしていました。どうぞこちらへ」

リシャが待っていてくれたらしい。ランスは彼の案内のもと、タウの部屋の前に連れてこられた。
屋敷に入ったことのないランスは美しい家具や屋敷の内装に既に圧倒されている。
リシャがノックをし、中に声を掛けている。低い返事が返ってきた。

「ランスさん、どうぞ」

リシャに促され、ランスは中に入った。

「タウ様、失礼致します」

中もやっぱり広い、とランスは驚いた。大きな執務机に、大きな棚には立派な装丁の本が沢山並んでいる。ランスは本棚の傍にいたタウに近寄った。彼は本を一冊開く。

「ランスさん、これを見てくれないか」

「?」

ランスが本を覗き込むと、天使の絵が載っている。美しい絵にランスは見とれた。

「この天使様はランスさんに似ていると思わないか?」

「え?!」

「ランスさんは天使様の生まれ変わりなのでは?」

「ち、違いますよ!そんなの有り得ないです!」

アワアワしながらランスが否定するとタウはそうか、と呟いた。

「天使様はこの世でもひそやかに暮らさねばならない、ということか。ランスさん、私は貴方の不思議な力を見てしまった。だが、だからこそ口外しないと誓おう」

「タウ様」

二人はいつの間にか至近距離で見つめ合っている。ランスがハッとして後ろに飛び退くと、タウも謝ってきた。

「ランスさん、これからもここにいて欲しい。どうか天に帰らないでくれ」

「も、もちろんです」

タウ様、俺を本当の天使だと思ってる―

ランスは焦ったが庭師の仕事を引き続き出来るようだと分かり、ホッとした。

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