2 / 17
一章
2・死と生なる力
しおりを挟む
ランスがこの屋敷に来て、もう10日程が経過している。あれから獣人の彼は姿を見せず、庭には一気に春がやってきている。色や形が様々な花たちはとても美しい。気温も随分上がり、作業中に暑くなって上着を脱ぐことも多々あった。
もしかして、風邪を引いた…とか?―
ランスはずっと彼のことが心配だった。今日こそは執事に主人のことを尋ねようとランスは決めていた。まだ獣人の彼が主人だと決まった訳では無いが、なんとなくそうだとランスの勘は告げている。
執事がいつものように食事を運んでくる。
「あ、あの!」
「どうされましたか?」
執事が首を傾げる。
「ご主人様はお元気でしょうか?」
執事は笑った。
「はい、お元気ですよ。お庭を見に行けないと悔しがっておられます」
「あ…そ、そうですか」
ランスは一気に恥ずかしくなった。主人が仕事で忙しいのは最初から予測できたのだ。そして、庭を見に来たいと思ってくれているということにも嬉しくなった。ちゃんと主人に、はじめましてを言いたい。
「え、えと、ご主人様のお仕事はこれからもずっとお忙しいのでしょうか?」
執事がくすりと笑う。
「ランスさん、私に敬語は結構。旦那様はお忙しい方ですが、来週少しお休みを取られるようですよ」
「じゃ、じゃあお庭でピクニックとかどうでしょうか?ちょうど咲き頃の花があって」
執事がおぉ、と手を打った。
「なるほど。では、旦那様にお伝えしておきますね」
「わ、お願いします」
「私の名はリシャといいます。お好きなようにお呼びくださいまし」
「あ…リシャさん…」
「なんでしょう?」
ランスはバッと彼に向かって頭を下げた。
「これからもよろしくお願いします」
「ランスさん、こちらこそよろしくお願い致します」
リシャは仕事があるからと屋敷に戻り、ランスは遅めの昼食を摂っていた。今日は柔らかいパンで厚いカツと野菜を挟んだ豪快な一品である。
ふと予感がして、ランスは窓からそっと様子を窺った。
獣人の彼だ。彼の足元には小鳥が倒れている。ランスはもう考えなかった。
「あ、あの…」
「また死を連れてきてしまった」
獣人の声は悲しげだ。小鳥は首元から血を流している。なにか他の動物にやられたのだろう。自然界は厳しい。
獣人が小鳥を優しく手のひらに乗せる。そして初めてランスの方を見つめた。
「貴方が庭師のランスさんか?私はここの主、タウだ。ずっと挨拶をと思っていたが、つい仕事にかまけてしまい申し訳ない」
タウは顔つきこそ厳しいが、優しい男のようだ。
「この子を埋めてあげなければ」
「その必要はありません」
ランスはタウの手に乗せられていた小鳥に触れて念じた。
「な…!」
小鳥が息を吹き返している。ランスは幼い頃からどんな怪我でも治す事ができた。ただしランス自身には使えない。この力を口外しないようにと、ランスは幼い頃から両親に厳しく言い付けられている。
だがタウになら見せても構わない、そう感じたのだ。小鳥はタウの手から飛び立つ。
「タウ様、確かに死は怖いものですよね。でも俺がもう死なせません。だからもう怖がらないでください」
「貴方は何者なのだ?人間なのか?」
「はい、人間です」
「ランスさん、仕事が終わったら、私の部屋へ」
「へ?は、はい!」
ランスは慌てて食事を摂り、午後の仕事を始めた。屋敷に入っていいなんて、とランスはドキドキしている。普通、庭師が仕えている屋敷に入っていい機会など滅多にない。
庭師は外で仕事をしているので、当然土で汚れている。そんな自分に普通に話し掛けてくれた主人と出会えたことが嬉しいとランスは単純に思っていた。
いいご主人様に巡り会えたな―と。
ランスは仕事を終えるなり屋敷に向かった。一応着替えたものの、ボロであることには間違いない。
「ランスさん、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
リシャが待っていてくれたらしい。ランスは彼の案内のもと、タウの部屋の前に連れてこられた。
屋敷に入ったことのないランスは美しい家具や屋敷の内装に既に圧倒されている。
リシャがノックをし、中に声を掛けている。低い返事が返ってきた。
「ランスさん、どうぞ」
リシャに促され、ランスは中に入った。
「タウ様、失礼致します」
中もやっぱり広い、とランスは驚いた。大きな執務机に、大きな棚には立派な装丁の本が沢山並んでいる。ランスは本棚の傍にいたタウに近寄った。彼は本を一冊開く。
「ランスさん、これを見てくれないか」
「?」
ランスが本を覗き込むと、天使の絵が載っている。美しい絵にランスは見とれた。
「この天使様はランスさんに似ていると思わないか?」
「え?!」
「ランスさんは天使様の生まれ変わりなのでは?」
「ち、違いますよ!そんなの有り得ないです!」
アワアワしながらランスが否定するとタウはそうか、と呟いた。
「天使様はこの世でもひそやかに暮らさねばならない、ということか。ランスさん、私は貴方の不思議な力を見てしまった。だが、だからこそ口外しないと誓おう」
「タウ様」
二人はいつの間にか至近距離で見つめ合っている。ランスがハッとして後ろに飛び退くと、タウも謝ってきた。
「ランスさん、これからもここにいて欲しい。どうか天に帰らないでくれ」
「も、もちろんです」
タウ様、俺を本当の天使だと思ってる―
ランスは焦ったが庭師の仕事を引き続き出来るようだと分かり、ホッとした。
もしかして、風邪を引いた…とか?―
ランスはずっと彼のことが心配だった。今日こそは執事に主人のことを尋ねようとランスは決めていた。まだ獣人の彼が主人だと決まった訳では無いが、なんとなくそうだとランスの勘は告げている。
執事がいつものように食事を運んでくる。
「あ、あの!」
「どうされましたか?」
執事が首を傾げる。
「ご主人様はお元気でしょうか?」
執事は笑った。
「はい、お元気ですよ。お庭を見に行けないと悔しがっておられます」
「あ…そ、そうですか」
ランスは一気に恥ずかしくなった。主人が仕事で忙しいのは最初から予測できたのだ。そして、庭を見に来たいと思ってくれているということにも嬉しくなった。ちゃんと主人に、はじめましてを言いたい。
「え、えと、ご主人様のお仕事はこれからもずっとお忙しいのでしょうか?」
執事がくすりと笑う。
「ランスさん、私に敬語は結構。旦那様はお忙しい方ですが、来週少しお休みを取られるようですよ」
「じゃ、じゃあお庭でピクニックとかどうでしょうか?ちょうど咲き頃の花があって」
執事がおぉ、と手を打った。
「なるほど。では、旦那様にお伝えしておきますね」
「わ、お願いします」
「私の名はリシャといいます。お好きなようにお呼びくださいまし」
「あ…リシャさん…」
「なんでしょう?」
ランスはバッと彼に向かって頭を下げた。
「これからもよろしくお願いします」
「ランスさん、こちらこそよろしくお願い致します」
リシャは仕事があるからと屋敷に戻り、ランスは遅めの昼食を摂っていた。今日は柔らかいパンで厚いカツと野菜を挟んだ豪快な一品である。
ふと予感がして、ランスは窓からそっと様子を窺った。
獣人の彼だ。彼の足元には小鳥が倒れている。ランスはもう考えなかった。
「あ、あの…」
「また死を連れてきてしまった」
獣人の声は悲しげだ。小鳥は首元から血を流している。なにか他の動物にやられたのだろう。自然界は厳しい。
獣人が小鳥を優しく手のひらに乗せる。そして初めてランスの方を見つめた。
「貴方が庭師のランスさんか?私はここの主、タウだ。ずっと挨拶をと思っていたが、つい仕事にかまけてしまい申し訳ない」
タウは顔つきこそ厳しいが、優しい男のようだ。
「この子を埋めてあげなければ」
「その必要はありません」
ランスはタウの手に乗せられていた小鳥に触れて念じた。
「な…!」
小鳥が息を吹き返している。ランスは幼い頃からどんな怪我でも治す事ができた。ただしランス自身には使えない。この力を口外しないようにと、ランスは幼い頃から両親に厳しく言い付けられている。
だがタウになら見せても構わない、そう感じたのだ。小鳥はタウの手から飛び立つ。
「タウ様、確かに死は怖いものですよね。でも俺がもう死なせません。だからもう怖がらないでください」
「貴方は何者なのだ?人間なのか?」
「はい、人間です」
「ランスさん、仕事が終わったら、私の部屋へ」
「へ?は、はい!」
ランスは慌てて食事を摂り、午後の仕事を始めた。屋敷に入っていいなんて、とランスはドキドキしている。普通、庭師が仕えている屋敷に入っていい機会など滅多にない。
庭師は外で仕事をしているので、当然土で汚れている。そんな自分に普通に話し掛けてくれた主人と出会えたことが嬉しいとランスは単純に思っていた。
いいご主人様に巡り会えたな―と。
ランスは仕事を終えるなり屋敷に向かった。一応着替えたものの、ボロであることには間違いない。
「ランスさん、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
リシャが待っていてくれたらしい。ランスは彼の案内のもと、タウの部屋の前に連れてこられた。
屋敷に入ったことのないランスは美しい家具や屋敷の内装に既に圧倒されている。
リシャがノックをし、中に声を掛けている。低い返事が返ってきた。
「ランスさん、どうぞ」
リシャに促され、ランスは中に入った。
「タウ様、失礼致します」
中もやっぱり広い、とランスは驚いた。大きな執務机に、大きな棚には立派な装丁の本が沢山並んでいる。ランスは本棚の傍にいたタウに近寄った。彼は本を一冊開く。
「ランスさん、これを見てくれないか」
「?」
ランスが本を覗き込むと、天使の絵が載っている。美しい絵にランスは見とれた。
「この天使様はランスさんに似ていると思わないか?」
「え?!」
「ランスさんは天使様の生まれ変わりなのでは?」
「ち、違いますよ!そんなの有り得ないです!」
アワアワしながらランスが否定するとタウはそうか、と呟いた。
「天使様はこの世でもひそやかに暮らさねばならない、ということか。ランスさん、私は貴方の不思議な力を見てしまった。だが、だからこそ口外しないと誓おう」
「タウ様」
二人はいつの間にか至近距離で見つめ合っている。ランスがハッとして後ろに飛び退くと、タウも謝ってきた。
「ランスさん、これからもここにいて欲しい。どうか天に帰らないでくれ」
「も、もちろんです」
タウ様、俺を本当の天使だと思ってる―
ランスは焦ったが庭師の仕事を引き続き出来るようだと分かり、ホッとした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
完結•出来損ないの吸血鬼は希少種の黒狼に愛を囁かれる
禅
BL
吸血鬼は美を尊び、優秀な血を求める一族。
その中で、異端な性質を持つラミアは出来損ないと罵られてきた。
一族から逃げたラミアは優秀な血を持つ女性を探すため、女装をして貴族のお茶会へ参加するように。
そこで王城の社交界へ誘われたラミアは、運命の出会いをすることになる。
※小説家になろう、にも投稿中
完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする
禅
BL
赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。
だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。
そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして……
※オメガバースがある世界
ムーンライトノベルズにも投稿中
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
俺のストーカーくん
あたか
BL
隣のクラスの根倉でいつもおどおどしている深見 渉(ふかみわたる)に気に入られてしまった中村 典人(なかむらのりと)は、彼からのストーカー行為に悩まされていた。
拗らせ根倉男×男前イケメン
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる