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一章

1・ランス

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ランスは見習い庭師である。16歳の時に弟子入りし、この4年間毎日みっちり勉強してきた。師匠からはまだまだとのことだが、前ほど叱られなくなったのは純粋に嬉しい。

「わぁ、広い庭ですね」

ランスたち庭師の仕事は、名前の通り、定期的に庭の手入れをすることだ。屋敷に住んでいる金持ちの家の場合、屋敷の離れに住み込む庭師もいる。今回は、ランスにその役目が回ってきた。師匠からはこの仕事が無事に出来たら一人前だと認めてやると宣言されているので少し気負っている部分もある。落ち着いていつも通り、丁寧にやろう、とランスはそんな自分を励ました。まだこの庭には何も無い。ただ芝生は敷いてあるようで踏むとふかふかしている。屋敷の主人はこの仕事の依頼の際、自分の執事を寄越した。自分で来なかったのは単純に仕事が忙しかったのかもしれないが、依頼された庭のテーマが普通と変わっていた。「死なない庭を作ってほしい」と頼まれたのである。それが何を意味するのかランスにはおぼろげだが分かる。おそらく、季節が変わっても花が絶えない庭にして欲しいということだろう。そのためにはかなり丁寧な手入れが必要だ。今日は庭のバランスを考えながら苗木や花の苗を植えていく作業をする。

さすがにその作業をランス一人だけでやるのは無謀だと今日は師匠を含む仲間たち4人が付いてきてくれた。

「ランス、お前は可愛いからここの主人に手籠めにされないようにな」

ガハハと先輩であるエドウィンが言う。ランスもこの手のからかいには、もうすっかり慣れている。自分の見た目が女性のようだと気がついたのは6歳の頃だ。美しい母親に似たのだと父親に言われている。母親はランスが10歳の頃に馬車の事故で亡くなっていた。明るい栗毛に翡翠の瞳。ランスは自分と母親の確かな繋がりを感じて嬉しくなる。

「それなら玉の輿でむしろラッキーじゃないですか。こんなに大きなお屋敷だし」

「確かになぁ。よし、ランス、体を交換しよう」

エドウィンの軽口は相変わらずである。

「エドウィン、てめーは口ばっかり動かしやがって、とっとと仕事しろ!このバカ野郎が!」

師匠が怒声を上げる。ランスも一緒に叱られてはたまらないと自分の作業に集中した。ランスが植えているのはユリの一種である冬ユリである。寒さに強く、美しい大きな純白の花を咲かせる。まだ苗なので来年には花を見られるだろうか。今は微かではあるが、春の足音が聞こえてきている。
ここ、アルバシア国には美しい四季がある。春は暖かくのどかで、夏は燃えるほど暑く、秋は一変して涼しげで、冬には厳しい寒さがある。ランスはそんなアルバシアを愛していた。過去には戦乱もあったらしいが、今は平和そのものである。

どんな方がこのお屋敷のご主人様なんだろう?―

ランスはそんなことを考えながら黙々と手を動かした。

「結局主様は顔を見せなんだか」

親方が嘆息したように言う。作業の確認をしてもらおうと、屋敷のドアを叩いたら出てきたのは依頼をしてきた執事だった。庭を見て回り、親方は改めてランスを紹介してくれた。

「ランス・フレアです、お世話になります」

ランスがそう言って頭を下げると執事も頭を下げる。

「旦那様には私から伝えておきます。どうか庭をよろしくお願い致します」

「は、はい」

執事に案内された離れは最近作られたらしい。新しく綺麗だった。

「わあ、ここを使っていいんですか?」

「はい。もちろんです。どうぞお好きなように」

「ありがとうございます。明日からお仕事、頑張ります」

「期待しております」

その日の夜は冷え込んだが、ランスのいた離れはぽかぽかしていた。薪ストーブがついていたからだ。ランスは明け方、目を覚ました。

カーテンをそっと避けて外を確認する。なにかの気配を感じていたからだ。ランスにはうまれつき、不思議な勘のようなものが備わっていた。向こうに狼型の獣人がダウン姿で立っている。彼はしゃがんで、昨日ランスが植えたばかりのユリに触ろうとしてやめた。ランスはその様子が淋しげに見えてたまらなくなった。離れから出て彼に話しかけた方がいいのだろうかと迷っている内に彼はいなくなっていた。

もしかして、あの人がご主人様?―

ランスは朝食を食べている。執事が運んで来てくれたものだ。硬い麦のパンに、温かいスープ、
色とりどりのサラダ、厚切りのベーコンとポテトの炒め物だった。朝からこんなに食べていいのかとランスは驚いてしまった。見習いであるランスの収入は少なく、良くてパンと冷たいミルクが相場だ。温かい、そして美味い食事がたっぷり食べられる、これだけでもう十分なくらいである。
今日はいつもより動けそうな気がする。ランスは身支度を整えて離れを出た。そういえば…とランスは今朝方の光景を思い出す。なぜ、ユリの苗に彼は触れなかったのかが疑問だった。毒を持っているわけではない。植物を触ることは心にもいいのだ。また明日も来るかもしれない。ランスは切り替えて仕事を始めた。
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