上 下
26 / 38

二十六章

しおりを挟む
1・精霊。それは妖精とも言われることがある。神聖な存在であり、俺たちは滅多に遭遇できない。彼らは生や死というものを自在に操れる。シャオの語り口はそこから始まった。

「俺たちは丸い世界の半分に暮らしている。精霊はもうその半分。いわゆる、陰と陽だ。俺たちの世界とその精霊世界は、陰と陽を交互に繰り返しながら暮らしている」

シャオの話は難しくて、正直よく分からなかった。でも、一つ確実に分かったことがある。それは俺たちの暮らす世界以外に、もう一つ世界がある、ということだ。
それが精霊界と呼ばれる所らしい。そこに誤って足を踏み入れたが最期、ここには二度と戻ってこられないのだと言う。その世界で何かが起きて、死ぬから戻ってこられないのか、住み心地がよくて幸せのあまり戻ってこられないのか、誰にも分からないのだと言う。まるでおとぎ話のようだ。この事実は世間には伏せられている。シャオのような王族や高い位の騎士なんかにはなんとなく伝えられるらしいけれど、知らない者も少なくないのだと言う。シャオがこの事実を知らされた時、まだ八つにも満たなかったと皮肉そうに笑った。王族だからという理由だけで、知らない世界があるなんて聞かされても信じられないだろうし、怖いだけだと思う。
シャオは頭がいいし元々の能力も高い。幼い頃からなんとなく精霊界の存在を感じ取っていたという。

「ましろ、お前にはあまりこのことを報せたくなかったが、そいつらが動き出したらしいからな。クラリスもいるんだろ?あー、めんどくせえな」

シャオは心底面倒くさいらしい。
バタリと座っていたベッドに背中から倒れ込んだ。

「ましろー、頼む、膝枕しろー」

シャオが甘えた声で言う。疲れちゃったんだな。俺の膝に頭を載せたシャオの髪の毛を撫でていると、気持ちよさそうにしている。シャオの黒髪は艶があってサラサラだ。睫毛も長い。可愛いな。

「シャオ、よしよし」

しばらくしたらシャオは寝落ちしていた。疲れてるんだよな。少しでも休めますように。シャオの額に手を乗せて、調和の白魔法をかけておいた。この魔法は体と心のバランスを整えてくれる。気休めなんて言われてしまう魔法の一つだけど、俺は好きだ。そのヒトを思った優しい魔法だとおもうから。

ふと気が付くと、俺は寝かされていた。隣にシャオがいる。つまり、添い寝状態だ。

「起きたか?ましろ」

「ごめん、寝ちゃった」

「何で謝る?お前も疲れてるだろ?」

シャオが不思議そうに言った。優しいなぁ。

「そうだ、いいものがある!」

パッと顔を輝かせたシャオが、どこからともなくなにかを取り出した。なんだろう?紙袋?

「睡蓮が街でパンを買ってきてくれた!!」

確かに袋からいい匂いがする。口の中にじゅわりと唾液が溢れる。今、めちゃくちゃお腹が空いていることに気が付いた。

「いい匂いだね」

笑ったらシャオも笑った。マシャは今頃、どうしてるだろう。ふと、彼の泣き顔が頭を過る。シャオにもそれが伝わったらしい。顔を歪めた。

「心配だよな…」

「うん」

シャオと二人でパンを食べた。大きなリンゴがごろっと入ったアップルパイと、チーズが中でとろけている大きなパンだ。どちらも温かくて美味しい。

「うん、悪くないな」

シャオがもりもり食べている。しばらくパンを咀嚼して飲みこんだ。

「ましろ、実は今、フギたちに頼んで他の祠を探ってもらっている」

「封印は?」

「今のところまだ解かれていない。異神は基本的に若い神々だからな。封印を解くには力が足りないんだろうな」

「その子達が今回の騒動を起こしたの?それがクラリスっていう集団?」

「そうみたいだな。それに、調べてみたら神々が起こす事件は珍しくないらしい。結構クラリスのやつらが旧い神々にちょっかいを出しているみたいだな。クラリスなんて名前は初めて聞いたけど」

「そう…なんだ」

シャオによれば昔ながらの神々と異神と呼ばれる若い神々の争いは頻繁に起きているようだ。世代交代をしろ、というのが異神、クラリスの要求らしい。
だからって世界を巻き込む必要はないだろう。ヒト騒がせだな。

「とりあえず、お前の武器が直り次第やつらのアジトに向かう。マシャを連れていった理由もわかるはずだ」

「分かった」

「ましろ、お前、まだ疲れてそうだな」

シャオが俺の腕を掴んでモミモミしてくる。痛いけど気持ちいい。

「いつもお前は自分を後回しにするから心配になる」

「シャオだってそうじゃない」

「俺は最強だからいいんだ。ましろはもっと俺を頼れ」

「ありがとう」

シャオのマッサージは気持ちいい。ふと気が付いたら変な場所にいた。周りが暗い。なんだか前もこんなことがあった気がする。足元には水が張ってあるのか冷たかった。でも、周りの外気が暖かいからそんなに気にならない。それにしてもここ、どこだろう?
じゃぶじゃぶと水しぶきをあげながらしばらく歩くと光が見えてくる。俺はトンネルみたいな所にいたらしい。

「ましろ…」

名前を呼ばれて、俺は驚いた。目の前にいるその子に。
だってセレアにすごく似ていたからだ。でも、その子は間違いなく女の子だった。長い金髪をツインテールにした女の子。服装は黒のワンピースだけ。

「君は誰なの?」

「まくろ。精霊」

彼女はそれだけ言ってじっとこちらを見つめてきた。赤い瞳にドキリとする。全てを見透かされているような感覚を覚える。

「まくろちゃん、精霊たちは何をしようとしてるの?」

「探してる…」

「探してる?何…」

何を?と問おうとしたら、ざああっと目の前が暗くなる。俺をこの世界は拒否しているようだ。気が付くと、シャオがいた。

「大丈夫か?ましろ」

俺は頷いた。どうやらシャオはずっと俺に呼び掛けていてくれたらしい。

「精霊の夢を見たよ」

俺が起き上がるのをシャオは助けてくれた。シャオに詳しく説明するとシャオが言った。

「こちら側から精霊に接触するのはほとんど不可能だ。精霊界は基本的に閉じられているからな」

「じゃあ向こうから接触してきたってこと?」

「おそらくな。しかもかなり強力な力を持っているやつだ。精霊、一人一人は微弱な力しか持たない。まくろ、か。お前に名前が似てるのは偶然か?」

「その子、セレアに似てて」

「んー」

シャオが腕を組んで考え出す。

「とりあえず今の情報はみんなに共有しておくか」

「そんなこと出来るの?」

俺が驚くと、シャオが自慢げに胸を反らす。

「俺は最強魔王だ。そんなのは簡単だぜ」

「さすがシャオだね」

こういう時のシャオは大抵褒めて欲しいと思っている。可愛いな。それにしても寝たり起きたりを繰り返していたら、時間の感覚がおかしくなったな。時計を見ると四時だった。しかも朝らしい。

「もう朝?」

「あぁ。風呂でも入るか?」

「いいかもしれない」

「お、じゃあ一緒に入ろう」

シャオがるんるんしながら湯船にお湯をため始めた。この辺りは温泉が出るらしい。俺はマシャのことを考えていた。いけない、つい悪い方にばかり考えてしまう。

『探してる…マシャ』

澄んだ声が聞こえて、俺は辺りを見回した。もちろんシャオの声じゃない。まくろちゃんだ。間違いない。彼女たちが探しているのもマシャなのか?一体何のために。

***

「ふあー、生き返るな」

俺はシャオと一緒に湯船に浸かっている。温かいし気持ちいい。
この宿は浴室が広々としている。さすが温泉が自慢なだけあるな。シャオがバシャバシャ顔を洗っている。効能、美肌らしい。

「気持ちいいね」

「あぁ。なんか寝て起きたら調子がすこぶるいい」

「疲れてたんだよ」

「そうか」

俺はシャオの方に向き直った。相変わらず素敵な体をしていますね、お兄さん。シャオの額に手を当てる。調和の白魔法を唱えた。

「それ、なんだ?」

シャオが自分の額に手を当てて首を傾げている。

「調和の白魔法だよ。体と心のバランスを整えてくれるの」

「すごいな。俺はましろに会うまで白魔法を唱えてもらったことがなかったから」

「そうだったね」

笑うとシャオもフッと笑う。

「よし、絶対にマシャを取り戻そう!」

「うん」

2・その日の昼、俺たちは宿をチェックアウトした。

「姫、よく休めたみたいだね」

ふふっと睡蓮が笑う。

「睡蓮は休めた?」

睡蓮が真顔になる。

「僕、街にパンとか食糧を買いに行ったじゃない?」

確かそうだった。

「それ以外爆睡。信じられる?」

「睡蓮殿は眠り姫のようだった」

スカーさんがおかしそうに笑う。

「スカーさんは?」

「うむ。新しいクナイを作ってみた。今後の戦いに役に立てばいいのだが」

「スカーさん、体力鬼だもんね。ずっと起きてたでしょ?」

「そんなことはない。拙者も休んだ」

仲良しだなって思う。ルシファー騎士団は基本的にこんな感じだ。お互いをリスペクトし合ってる。

「兄貴!!お迎えに上がりやした!」

「王…無事か?」

モウカとイサールだ。久しぶりに顔が見られてホッとした。

「お前たち、わざわざすまなかったな。これからましろの武器を取りにいく」

「姉御の新しい武器!!楽しみっス!」

モウカ、武器好きだもんな。空いている時間に自分の魔剣を手入れしているのをよく見かける。武器屋に行くと、俺のロッドが綺麗に直っている。
余った鉱石は能力値に付加してくれたらしい。

「いやぁ、元々が素晴らしい出来でしたんで、かなり良いものが出来ましたよ。ではこれを」


ロッドを受け取ろうとしたら、小さい何かがロッドを掠め盗った。
サル?

「キキキ」

長い尻尾でロッドを器用に掴んでいる。そのまま走り出した。

「姉御の武器が!!」

モウカが走り出す。

「姫、任せてくれ」

イサールが上に跳ぶ。俺も追いかけようとしたら、シャオが俺を手で制した。

「待て。ここは二人にやらせてみよう」

シャオ、完全に楽しんでるよね?

***

サルをは人波を器用にすり抜けながら走っていく。一方でモウカは人にぶつかりそうになりながら先を急いだ。

「くそっ、あのちびザル!!」

悪態をついてみてもサルとの距離が縮まるわけではない。
モウカはヒトにぶつからないように気を付けながら走った。
ここは街だ。買い物を楽しむヒトで賑わっている。サルとの距離は縮むどころか広がっていく。

「キキキ」

サルが挑発するようにこちらを見て笑っている。モウカはそれを見て頭に来た。カッと頭に血が上る

「モウカ、落ち着け」

ハッとなって上を見るとイサールがいる。

「あのサルはただのサルじゃない気がする。このまま行けばやつに逃げられてしまう。この先にある袋小路に追いこむぞ」

イサールの言葉にモウカは頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

俺がイケメン皇子に溺愛されるまでの物語 ~ただし勘違い中~

空兎
BL
大国の第一皇子と結婚する予定だった姉ちゃんが失踪したせいで俺が身代わりに嫁ぐ羽目になった。ええええっ、俺自国でハーレム作るつもりだったのに何でこんな目に!?しかもなんかよくわからんが皇子にめっちゃ嫌われているんですけど!?このままだと自国の存続が危なそうなので仕方なしにチートスキル使いながらラザール帝国で自分の有用性アピールして人間関係を築いているんだけどその度に皇子が不機嫌になります。なにこれめんどい。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!

風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。 物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。 異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。 失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。 その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。 とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。 しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。 脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。 *異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。 *性描写はライトです。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

処理中です...