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八話·岐路

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1·公務を終えて、アーモの城に戻るなりジュアはぐったりしてしまった。ここまで緊張することが多かった。無理もない、とクモリは思う。部屋に籠もってしまったジュアをエクリプスはとても心配していたが、彼にも仕事がある。また来ると言い残して、戻っていった。クモリはジュアの部屋の扉の前にいた。彼女が心配だったが、それだけではない。何故ならここがアーモだからである。中から人が出てくる気配がある。クモリは扉の前に立った。

「クモリ、あんた、あたしが出てくるってわかってたでしょう?」

「さあ」  

「ホント、あんたって子は。ま、いいわ。ケーキを買ってきてくれない?姫様が今日はもうそれしか食べられないって言うの」

クモリは内心笑った。ジュアはわがままを言ってこそのジュアである。自分たちはそのわがままを聞くためにいるのだ。

「いいよ、なんのケーキ?」

「ショートケーキがいいみたい。お願いね」

「了解」

クモリは走り出した。お遣いはなるべく早くが基本である。帰りはケーキを運搬せねばならない。だからこそここで時間を稼ぐ。

「クモリくん」

ふと声を掛けられて、クモリは振り向いた。エクリプスである。

「殿下、どうされましたか?」

「君は姫にケーキを買いに行くのかい?」

「はい。何かご入用ですか?俺が買ってきますよ?」

「いや、同行させてほしいんだ。君は姫と特別仲がいいようだからね」

「殿下ほどではありませんよ」

やんわりと訂正したが、エクリプスは認めなかった。確かに自分はジュアを慕っているし、ジュアもクモリを弟のように可愛がってくれる。だが、身分の差はどうやっても縮まらないのだ。

「君は姫のことが好きかい?」

直球に聞かれて、クモリは参ったなぁと思った。好きという感情を言葉だけで表現するのはなかなか難しい。クモリは迷いに迷って、頷いた。

「ジュア姫は可愛らしい人だとハレくんから聞いている。君にも好かれているのは知っていたがやはりそうなのか…」

エクリプスはしばらく考えていた。クモリとしては、早くお遣いに行きたいが、それは不可能である。相手は一国の王子なのだ。

「私がここでプロポーズをしてもいいものだろうか」

クモリはさあっと頭の中が晴れ渡るような感覚に陥った。それだ、と思ったのである。ジュアがオーケーするかはまだ分からないが、ジュアのことだ。喜ぶのは間違いない。

「クモリくんは何を買いに?」

「ショートケーキです」

「姫は本当に甘党なんだね」

エクリプスは楽しそうに笑った。この人ならきっと姫を幸せにしてくれる、クモリはそんな確信を覚えたのだった。

二人はケーキ屋でケーキを買い、城に戻った。ジュアのいる部屋に向かうと、部屋の前にメアがいる。

「まあ殿下。わざわざ来ていただけたのですね」

「姫は大丈夫かい?ケーキを一緒に食べたくて」

メアが笑った。

「今は眠っていますが、夕食には起きられるかと思います」

「そうか。楽しみにしているよ」

エクリプスはニッコリと笑って去っていった。

「クモリ、あんた、何ニヤニヤしてんのよ」

メアが腕を組みながら言う。

「殿下がプロポーズするって」

「はあ?!」

メアが慌てて口を抑えた。小声で尋ね返してくる。

「本当なの?」

「うん、本当だよ」

「ついに姫様がご結婚されるなんて…」

「まだ分からないから」

メアがそうよね、と頷いた。

「エクリプス様って本当にイケメンなのに、良い方よね。周りの縁談を全て断ってるみたい」

「その方が安心じゃん。うちの大事な姫を軟派なやつには渡したくないよ」

「そうよね」

エクリプスはジュアをそれだけ愛してくれている。問題はジュアだ。どうなるのだろう、クモリは空を見上げた。
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