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三話·カシューと食欲

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「姫様、そんなに緊張されなくても」

次の日、ジュアが目を覚ましてメアが支度を手伝っている。もちろん他の侍女もいる。クモリは部屋の外で見張りとして立っていた。中からジュアの戸惑う声とそれをなだめる女性陣の声がする。大変だなあとクモリは他人ごとだ。
エクリプスはすでに起床し、街を見て来ると部下と出かけて行った。
ハレもお供として同行している。

「おはよう、クモリ」

仕度の整ったらしいジュアが部屋から出て来る。今日の彼女は長い髪の毛を一つに結い上げている。普段とは違った様子にクモリは彼女をまじまじと見つめてしまった。

「おはようございます、姫」

「やっぱりおかしいかしら?」

ジュアが戸惑ったような声を出す。クモリは慌てて首を横に振った。

「そんなことありません。綺麗です」

「ありがとう」

にっこりジュアが笑う。ぱっと彼女の周りが華やいだ感覚にクモリは驚いた。

「姫、ジュア姫!」

向こうから声がする。エクリプスだ。街から帰って来たのだろう。ハレもいる。

「ああ、エクリプス様」

エクリプスが駆け寄って来る。二人が並ぶと絵になる。

「ジュア姫、ずっとお会いしたかったのです」

エクリプスには昨日、ジュアの信頼を勝ち取るように言った。
彼がそれをしっかり実行してくれればいいとクモリは祈る。

「あなたにプレゼントがあるのです。どうか受け取っていただけないでしょうか?」

「え、プレゼント?あ、クモリ、昨日のお菓子は」

「食べさせていただきました。美味しかったです。姫にはお菓子作りの才能もおありのようだ」

「よかった」

ジュアがクモリを見つめて頷いてきたので頷き返した。

エクリプスが兵士たちに贈り物を運ばせる。

「こんなに沢山。私なんかに気を遣ってくださらなくても」

それがジュアの本音だろう。エクリプスが言う。

「あなただからこそ渡したいのです」

ジュアがエクリプスを信頼できる人物だと判断してくれればいいのだが。
クモリは彼女のそばで贈り物を並べた。

「開けてもいい?」

ジュアが尋ねてエクリプスが頷く。彼女は嬉しそうにプレゼントを開け始めた。

靴やカバン、ドレスなどが出て来る。アーモは進んだ国だ。流行に敏感だとクモリは聞いた事があった。

「素敵。でも私が着ておかしくないかしら」

ぼそっとジュアが呟く。

「大丈夫だよ、姫」

クモリもぼそっと呟き返す。二人がこういう風に会話を交わすのは日常茶飯事だ。ジュアが頷く。

「エクリプス様、素敵なものをいつもありがとうございます」

「今日も私の贈った髪留めを付けてくださってるのですね」

ジュアがあ、と顔を真っ赤にした。エクリプスは本当にジュアが好きなのだ。

「変でしょうか?」

「いいえ、とてもお似合いです。今日はこれからカシューに行きましょう。祭典で姫の目的のものが手に入るといいですね」

そう、今日からジュアもオーテスカ国を出て公務に向かうのだ。姫に万が一のことがないようにしなければとクモリは気を引き締める。

「はい、とても楽しみです」

ジュアは祭典を毎回楽しみにしているが、実際に行くのは今回が初めてだ。ジュアのひきこもり歴はそれだけ長い。

「エクリプス様はカシューに良く行かれるのですか?」

「はい、時折仕事で行きます」

「まあ、でしたらお詳しいのですね」

二人が明らかにラブラブと言った様子で話しているさなか、クモリたちは装備の確認をしていた。

「大丈夫か?クモリ」

「うん、姫は絶対にお守りする」

「その意気よ」

ジュアが外に出るのは怖いことだと思わないように特別に気を付けようとクモリは固く誓った。

***
一行は出発している。

姫は馬車にメアと乗っている。馬車をハレが操っている。
他の者は馬だ。クモリも馬に乗ってエクリプスの周りで目を光らせている。
ここからカシューまでそこまで離れていないが用心するに越したことはない。

馬を走らせ先を急ぐ。
途中で昼休憩をとった。

「カシューまでもう間もなくですよ」

ジュアが明らかに緊張してきている。カシューにいるヒトが怖いのだろうとクモリには分かる。
姫の自己肯定感の低さに関しては彼女自身がなんとかしなければいけない問題だ。

「美味しい」

ジュアが食べているのは持ってきたサンドイッチだ。彼女はあまり食べないが今日は動いてお腹が空いたのだろう。いつもより食べた。

「姫様、いつもこれくらい召し上がられれば」

メアが思わず言ってしまったという様子にクモリはひっそり笑ってしまった。
ジュアの食欲のなさをメアはものすごく心配しているのだ。


「姫はあまり召し上がらないのですね」

エクリプスも心配そうに言う。

「どうか沢山食べて元気でいてください」

エクリプスの言葉にジュアが頷いた。いよいよカシューに到着する。
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