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一話·わがまま姫と健気騎士
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「嫌、絶対に嫌」
「ですが、姫…」
ここはオーテスカ国内にある城だ。左右対称の尖塔が特徴の立派な城である。両側にいる兵士が守る門をくぐり、広い前庭を抜けると、ようやく城に繋がる大きな橋に到達できる。周りには堀がある。その橋を無事に渡るといよいよ城だ。城内に入るとパーティが行われる広間がある。そこを更に奥に進むと中庭に繋がる廊下に出る。
この国、オーテスカの姫君、ジュアと彼女の護衛をしている騎士のクモリはそこで話していた。
ジュアは今年で18になる。クモリより一つ年上だ。そんな彼女の元に公務を務めるようにと王よりお達しがあった。普段から外に出たくないとわがままを言って城にこもっているジュアである。クモリにやっぱり行きたくないと訴えてきたのだ。
「私、絵画を見る目なんてないもの」
ジュアは大の人見知りだった。彼女は周りの人を引き付けるような華のある見た目をしている。
茶色がかった金髪に金色の瞳を持つ彼女はとても美しい。だがジュアにその自覚はない。自分が周りの人間になにかしてしまったのかとオロオロしながらクモリの陰に隠れていることもよくある。クモリは彼女を元気づけようと笑った。
「その国アーモはお菓子が美味しいと聞いています。姫が甘いものを好きなことも先方はご存知のはず。きっと沢山お菓子が食べられますよ」
「お菓子…」
ジュアは呟いて、首を横に振った。
「で、でもやっぱり無理よ。私、普段から城にいるし、他の方とお話なんて」
ジュアの意志は固いらしい。クモリはしょうがないなぁと思いながらこう言った。
「確かアーモに向かうまでに経由するカシューで姫の好きなチョコレートの祭典が…」
「行く…」
クモリは心の中でガッツポーズを決めたのだった。
✢✢✢
「よく説得できたわね、あの娘は頑固だから」
クモリと同じくジュアの護衛をしているメアだ。彼女は腕を組んでため息をついている。ここは姫の部屋のそばにある控え室になる。クモリは日頃からここで寝泊まりしていた。ジュアを守るためである。刺客はどこから襲ってくるか分からない。
「よくやったな。クモリ」
「兄ちゃん、もっと褒めて!」
クモリの兄、ハレがクモリの頭をポムポム撫でている。ハレもまたジュアの護衛をしている。大きな剣を背中に背負った彼をクモリはいつも尊敬と憧れの眼差しで見ている。
「じゃあとりあえず姫の様子を見てくるか」
ハレが剣を背負い直す。
「そうね。いくら行きたい祭典があるからって公務への不安は消えていないだろうし」
メアも立ち上がって手袋をはめ直す。二人共経験豊富な先輩騎士だ。クモリは日々彼らから技術を盗んで自分の物にできるようにしないといけない、と二人から言われている。なかなかのプレッシャーだが、それをジュアが聞いてくれるのでなんとか上手くいっている。
ジュアの部屋をノックするが返事がない。ハレはそれに慌ててドアを開けた。ベッドの上に膨らみがあるが、なんだか不自然だ。毛布を捲ると巨大なくまのぬいぐるみだった。
「くそ、やられた」
「ハレ、私は西側を探す。あんたは逆側を!」
「分かった」
バタバタと二人が走っていく。クモリはその場にしゃがんだ。何かおかしいなと思ったのだ。引きこもりのジュアが自ら城の外に出るのは考えにくい。だとしたら。クモリはいつものように話しかけた。
「姫、出ておいでよ。いるんでしょ?」
クモリの問いかけに誰も答えない。クモリは最終手段を使うことにした。ひとりごとを装う。もちろん聞き耳を立てている相手には聞こえるボリュームだ。
「あ、そういえば兄ちゃんが姫にチョコレートの差し入れを用意してたなあ」
ガタリ、と収納から音がする。クモリはトドメの一声を放った。
「姫がいないなら仕方ないから三人で食べようかな」
「…べる!!」
ガタガタと音がしてジュアが収納の中から涙目で出てきた。
「私も食べる!!!」
「あぁ、姫。ほこりまみれじゃん。先にお風呂だね。兄ちゃんやメアも姫を心配してるよ。そんなに公務不安?俺たちも一緒にいるよ?」
「だって…アーモ国の王子殿下は私なんかにすごく優しくしてくださるからつい勘違いしそうで」
クモリは内心首を振った。彼はジュアが大好きである。この国にパーティで呼ばれる度、必ずプレゼントを持って現れる。正直なところ、もういつでも嫁げるような状態らしい。
それをしないのは王子の優しさからだ。ジュアが怖がらないようにとずっと待っていてくれている。
「勘違いかどうか行って確認したら?」
「そうね、そうする」
よし、とジュアは両手を握った。姫の背中を押すのも一苦労である。だが姫を守りたいと思うので苦にならない。
「兄ちゃん、メア!姫いたよー!」
クモリが二人に声をかけた。
「姫!!お願いですから心配をかけないでください!!」
さっとジュアはクモリの背中に隠れた。よくある光景である。彼女が小声で言う。
「クモリ、隠れていたこと…」
「大丈夫、言わないよ」
ハレとメアが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「よかった、姫様」
メアが涙目でジュアを抱きしめる。メアはジュアを妹のように可愛がっている。
「ごめんなさい、メア、ハレ」
「お怪我はありませんか?」
ハレも究極にジュアに甘い。彼女の手を握ってどこかケガをしていないかと観察している。
クモリは空を窓から見上げた。雲で日が隠れている。
アーモに行く日はどうだろうか。
「ですが、姫…」
ここはオーテスカ国内にある城だ。左右対称の尖塔が特徴の立派な城である。両側にいる兵士が守る門をくぐり、広い前庭を抜けると、ようやく城に繋がる大きな橋に到達できる。周りには堀がある。その橋を無事に渡るといよいよ城だ。城内に入るとパーティが行われる広間がある。そこを更に奥に進むと中庭に繋がる廊下に出る。
この国、オーテスカの姫君、ジュアと彼女の護衛をしている騎士のクモリはそこで話していた。
ジュアは今年で18になる。クモリより一つ年上だ。そんな彼女の元に公務を務めるようにと王よりお達しがあった。普段から外に出たくないとわがままを言って城にこもっているジュアである。クモリにやっぱり行きたくないと訴えてきたのだ。
「私、絵画を見る目なんてないもの」
ジュアは大の人見知りだった。彼女は周りの人を引き付けるような華のある見た目をしている。
茶色がかった金髪に金色の瞳を持つ彼女はとても美しい。だがジュアにその自覚はない。自分が周りの人間になにかしてしまったのかとオロオロしながらクモリの陰に隠れていることもよくある。クモリは彼女を元気づけようと笑った。
「その国アーモはお菓子が美味しいと聞いています。姫が甘いものを好きなことも先方はご存知のはず。きっと沢山お菓子が食べられますよ」
「お菓子…」
ジュアは呟いて、首を横に振った。
「で、でもやっぱり無理よ。私、普段から城にいるし、他の方とお話なんて」
ジュアの意志は固いらしい。クモリはしょうがないなぁと思いながらこう言った。
「確かアーモに向かうまでに経由するカシューで姫の好きなチョコレートの祭典が…」
「行く…」
クモリは心の中でガッツポーズを決めたのだった。
✢✢✢
「よく説得できたわね、あの娘は頑固だから」
クモリと同じくジュアの護衛をしているメアだ。彼女は腕を組んでため息をついている。ここは姫の部屋のそばにある控え室になる。クモリは日頃からここで寝泊まりしていた。ジュアを守るためである。刺客はどこから襲ってくるか分からない。
「よくやったな。クモリ」
「兄ちゃん、もっと褒めて!」
クモリの兄、ハレがクモリの頭をポムポム撫でている。ハレもまたジュアの護衛をしている。大きな剣を背中に背負った彼をクモリはいつも尊敬と憧れの眼差しで見ている。
「じゃあとりあえず姫の様子を見てくるか」
ハレが剣を背負い直す。
「そうね。いくら行きたい祭典があるからって公務への不安は消えていないだろうし」
メアも立ち上がって手袋をはめ直す。二人共経験豊富な先輩騎士だ。クモリは日々彼らから技術を盗んで自分の物にできるようにしないといけない、と二人から言われている。なかなかのプレッシャーだが、それをジュアが聞いてくれるのでなんとか上手くいっている。
ジュアの部屋をノックするが返事がない。ハレはそれに慌ててドアを開けた。ベッドの上に膨らみがあるが、なんだか不自然だ。毛布を捲ると巨大なくまのぬいぐるみだった。
「くそ、やられた」
「ハレ、私は西側を探す。あんたは逆側を!」
「分かった」
バタバタと二人が走っていく。クモリはその場にしゃがんだ。何かおかしいなと思ったのだ。引きこもりのジュアが自ら城の外に出るのは考えにくい。だとしたら。クモリはいつものように話しかけた。
「姫、出ておいでよ。いるんでしょ?」
クモリの問いかけに誰も答えない。クモリは最終手段を使うことにした。ひとりごとを装う。もちろん聞き耳を立てている相手には聞こえるボリュームだ。
「あ、そういえば兄ちゃんが姫にチョコレートの差し入れを用意してたなあ」
ガタリ、と収納から音がする。クモリはトドメの一声を放った。
「姫がいないなら仕方ないから三人で食べようかな」
「…べる!!」
ガタガタと音がしてジュアが収納の中から涙目で出てきた。
「私も食べる!!!」
「あぁ、姫。ほこりまみれじゃん。先にお風呂だね。兄ちゃんやメアも姫を心配してるよ。そんなに公務不安?俺たちも一緒にいるよ?」
「だって…アーモ国の王子殿下は私なんかにすごく優しくしてくださるからつい勘違いしそうで」
クモリは内心首を振った。彼はジュアが大好きである。この国にパーティで呼ばれる度、必ずプレゼントを持って現れる。正直なところ、もういつでも嫁げるような状態らしい。
それをしないのは王子の優しさからだ。ジュアが怖がらないようにとずっと待っていてくれている。
「勘違いかどうか行って確認したら?」
「そうね、そうする」
よし、とジュアは両手を握った。姫の背中を押すのも一苦労である。だが姫を守りたいと思うので苦にならない。
「兄ちゃん、メア!姫いたよー!」
クモリが二人に声をかけた。
「姫!!お願いですから心配をかけないでください!!」
さっとジュアはクモリの背中に隠れた。よくある光景である。彼女が小声で言う。
「クモリ、隠れていたこと…」
「大丈夫、言わないよ」
ハレとメアが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「よかった、姫様」
メアが涙目でジュアを抱きしめる。メアはジュアを妹のように可愛がっている。
「ごめんなさい、メア、ハレ」
「お怪我はありませんか?」
ハレも究極にジュアに甘い。彼女の手を握ってどこかケガをしていないかと観察している。
クモリは空を窓から見上げた。雲で日が隠れている。
アーモに行く日はどうだろうか。
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