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クリスマスが終わり、もうすぐで年末というある日。拓海は賢と共にスーパーへ買い物に出かけた。長野市は今日も雪がちらついており、自宅から一番近いスーパーへ行くのも徒歩では苦行に近い。餅やおせちといった類のものはすでにかなり値上げされている。拓海は内心冷や汗をかきながらそれらを購入しようとカゴに入れた。
「賢くん、ポテチ買おうか?」
賢がニコニコしながら頷く。ついこの前、初めて出会った時は拓海が見下ろしていたのだが、いつの間にか見上げるようになっている。
「ポテチ美味しいねえ」
賢は手にうさぎのぬいぐるみを抱えている。もふくんという丸い形のうさぎで短い足がなんとも可愛らしい。賢のお気に入りだ。
「あとブラックイナズマも買おうか?」
今買っておけばしばらくおやつに困らないと思い、拓海が声を掛けると賢の目が輝いた。
「おやつだねえ」
ふふ、と嬉しそうに賢が笑う。拓海は賢の手を引いて、お菓子売り場に向かった。お菓子売り場には子供から大人まで様々な客がいた。お菓子は幅広い年齢層が好む。拓海は小分けになったポテトチップスと、ファミリーパックになっているブラックイナズマをカゴに入れた。それからあれやこれや見てから会計を済ませ、二人は帰宅した。
「いやー、思ったより高かったな」
拓海は食材を冷蔵庫に片付けて家計簿を付けている。パートナーである慎吾は正規だが、自分は非正規だ。給料という点ではどうしても低くなってしまう。
「うーん、出来れば貯金は削りたくないしなぁ」
拓海がぶつぶつ独り言を言っていると、絵を描いている賢が目に入る。賢は去年のクリスマスに買ってもらった色鉛筆で絵に色を塗っているようだ。お気に入りの物には「まさる」としっかり名前を書く賢だ。当然その色鉛筆のケースにもサインペンで「まさる」と名前が書いてある。
「賢くん、今日はカレーライスにするけどいいかな?」
賢と普段視線が合うことは滅多にない。だが今日はバシッと視線が合った。お、と拓海が思っていると賢が笑った。
「お姫様はカレーライスを作るねぇ」
どうやら大好きなもふくんの絵本の中身について話しているらしい。拓海も笑った。
「そうだったね。あのさ、賢くんにお手伝いしてもらいたいんだけど」
「おしごと?」
「うん、お仕事。お給金は100円なんだけどどうかな?」
「わぁ、すっぱガムが3つ買えるねえ」
賢がすっくと立ち上がる。どうやらやる気になったようだ。拓海が賢にエプロンを渡すと自分で着けている。賢は自閉症スペクトラム障害と、軽度の知的障害を持っているが、手がかからない方だと拓海は今までのカウンセラーとしての経験から実感している。それは亡くなった賢の母親、拓海からすれば叔母にあたる人の教育の賜物だ。叔母は賢に、優しくも厳しく寄り添い、賢の人生が良いものになるようにと願い続けた。その結果が今の賢である。
(叔母さん、賢くんは今日も元気で良い子です)
拓海はそっと心で祈った。
「野菜の皮を剥いてもらえる?」
一瞬泣きそうになってしまったのをぐっとこらえて、拓海は賢にピーラーを渡した。
「カレーライスにはどんな野菜が入るかな?」
拓海が尋ねると、賢はぱっと笑った。
「にんじん、とじゃがいもとたまねぎかな?」
「お、賢くんは良く分かってるね。じゃあ人参から剥いてくれる?」
「ん」
賢は慎重に皮を剥き始めた。その間に拓海は玉ねぎを刻み、サラダ用の野菜も用意する。
「賢くん、じゃがいもの芽は毒だから取ろうね」
「毒怖いねぇ」
賢は念入りに芽を取ってくれた。こうしてお手伝いをしてもらえると拓海も助かるのだ。
「ありがとう、賢くん。お仕事おしまい。お給金です」
「貯金箱に入れていい?」
拓海が百円玉を渡すと、賢が真剣な表情で尋ねてきた。貯金箱は自分で作った力作である。最近の賢は貯金にハマっているのだ。
「いいよ。賢くんのお金だもの、好きにして」
「うん」
賢は嬉しそうに笑って自室に向かっていった。拓海は再びカレーライスづくりを再開している。カレーライスには欠かせない米を研いで炊飯ボタンを押す。そして野菜を炒め、煮込み始めた。火が通ったら、あとはルウを溶かし入れるだけだ。
「ふう」
「休憩だねえ」
賢が容器に作ってあったお茶を注いでくれた。
「ありがとう、賢くん。あれ?課題するの?」
確か午前中に課題は終わったはずだ。
「分からない問題があったから」
「今分かったんだ?」
賢がはにかむ。
「ただいまー」
「あ!」
玄関の音に賢が反応する。拓海のパートナーである慎吾が帰ってきたのだ。賢は慎吾が大好きだ。よく二人でじゃれている。
「お帰りなさい!」
「お帰り、慎吾。お疲れ様」
「おう!カレーかあ。腹減ったー」
「もうすぐ出来るよ。ちょっと待ってて」
「ありがとな、拓海。お、賢は勉強か」
慎吾がどれどれと賢の横から課題を覗いている。そして溜息を吐いた。
「駄目だ、俺にはさっぱりだ」
拓海は思わず噴き出してしまった。
「賢くん、ポテチ買おうか?」
賢がニコニコしながら頷く。ついこの前、初めて出会った時は拓海が見下ろしていたのだが、いつの間にか見上げるようになっている。
「ポテチ美味しいねえ」
賢は手にうさぎのぬいぐるみを抱えている。もふくんという丸い形のうさぎで短い足がなんとも可愛らしい。賢のお気に入りだ。
「あとブラックイナズマも買おうか?」
今買っておけばしばらくおやつに困らないと思い、拓海が声を掛けると賢の目が輝いた。
「おやつだねえ」
ふふ、と嬉しそうに賢が笑う。拓海は賢の手を引いて、お菓子売り場に向かった。お菓子売り場には子供から大人まで様々な客がいた。お菓子は幅広い年齢層が好む。拓海は小分けになったポテトチップスと、ファミリーパックになっているブラックイナズマをカゴに入れた。それからあれやこれや見てから会計を済ませ、二人は帰宅した。
「いやー、思ったより高かったな」
拓海は食材を冷蔵庫に片付けて家計簿を付けている。パートナーである慎吾は正規だが、自分は非正規だ。給料という点ではどうしても低くなってしまう。
「うーん、出来れば貯金は削りたくないしなぁ」
拓海がぶつぶつ独り言を言っていると、絵を描いている賢が目に入る。賢は去年のクリスマスに買ってもらった色鉛筆で絵に色を塗っているようだ。お気に入りの物には「まさる」としっかり名前を書く賢だ。当然その色鉛筆のケースにもサインペンで「まさる」と名前が書いてある。
「賢くん、今日はカレーライスにするけどいいかな?」
賢と普段視線が合うことは滅多にない。だが今日はバシッと視線が合った。お、と拓海が思っていると賢が笑った。
「お姫様はカレーライスを作るねぇ」
どうやら大好きなもふくんの絵本の中身について話しているらしい。拓海も笑った。
「そうだったね。あのさ、賢くんにお手伝いしてもらいたいんだけど」
「おしごと?」
「うん、お仕事。お給金は100円なんだけどどうかな?」
「わぁ、すっぱガムが3つ買えるねえ」
賢がすっくと立ち上がる。どうやらやる気になったようだ。拓海が賢にエプロンを渡すと自分で着けている。賢は自閉症スペクトラム障害と、軽度の知的障害を持っているが、手がかからない方だと拓海は今までのカウンセラーとしての経験から実感している。それは亡くなった賢の母親、拓海からすれば叔母にあたる人の教育の賜物だ。叔母は賢に、優しくも厳しく寄り添い、賢の人生が良いものになるようにと願い続けた。その結果が今の賢である。
(叔母さん、賢くんは今日も元気で良い子です)
拓海はそっと心で祈った。
「野菜の皮を剥いてもらえる?」
一瞬泣きそうになってしまったのをぐっとこらえて、拓海は賢にピーラーを渡した。
「カレーライスにはどんな野菜が入るかな?」
拓海が尋ねると、賢はぱっと笑った。
「にんじん、とじゃがいもとたまねぎかな?」
「お、賢くんは良く分かってるね。じゃあ人参から剥いてくれる?」
「ん」
賢は慎重に皮を剥き始めた。その間に拓海は玉ねぎを刻み、サラダ用の野菜も用意する。
「賢くん、じゃがいもの芽は毒だから取ろうね」
「毒怖いねぇ」
賢は念入りに芽を取ってくれた。こうしてお手伝いをしてもらえると拓海も助かるのだ。
「ありがとう、賢くん。お仕事おしまい。お給金です」
「貯金箱に入れていい?」
拓海が百円玉を渡すと、賢が真剣な表情で尋ねてきた。貯金箱は自分で作った力作である。最近の賢は貯金にハマっているのだ。
「いいよ。賢くんのお金だもの、好きにして」
「うん」
賢は嬉しそうに笑って自室に向かっていった。拓海は再びカレーライスづくりを再開している。カレーライスには欠かせない米を研いで炊飯ボタンを押す。そして野菜を炒め、煮込み始めた。火が通ったら、あとはルウを溶かし入れるだけだ。
「ふう」
「休憩だねえ」
賢が容器に作ってあったお茶を注いでくれた。
「ありがとう、賢くん。あれ?課題するの?」
確か午前中に課題は終わったはずだ。
「分からない問題があったから」
「今分かったんだ?」
賢がはにかむ。
「ただいまー」
「あ!」
玄関の音に賢が反応する。拓海のパートナーである慎吾が帰ってきたのだ。賢は慎吾が大好きだ。よく二人でじゃれている。
「お帰りなさい!」
「お帰り、慎吾。お疲れ様」
「おう!カレーかあ。腹減ったー」
「もうすぐ出来るよ。ちょっと待ってて」
「ありがとな、拓海。お、賢は勉強か」
慎吾がどれどれと賢の横から課題を覗いている。そして溜息を吐いた。
「駄目だ、俺にはさっぱりだ」
拓海は思わず噴き出してしまった。
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