上 下
15 / 18
第三話「トウマの想い〜イヴの過去」

妖精の泉

しおりを挟む
「こっち」

イヴを先頭に一行は森の中を歩いていた。
レイラの手をイヴは引いている。
イヴは歩くペースをレイラに合わせてくれているらしい。
おかげで、レイラの持病である喘息の発作は出ずに済みそうだった。こんな芸当ができるのは、今のイヴが大人だからだ。
いつものイヴではとても考えられない。

「もう少しだよ。れいら」

「ああ。ありがとうなイヴ」

前に見えてきたのはぽっかりと口を開けた洞窟である。
レイラは前にもここに来たことがある。そこでイヴと初めて出会った。
中に入るととても暖かい。南の地方であるサヤトでもさすがに今は涼しくなっている。
どうやらここは前となにも変わっていないらしい。

「ここが妖精の泉か」

カヤがきょろきょろしながら言う。

「だれ?」

イヴが鋭く叫んだ。
レイラはそっと彼女の様子を窺う。なにかあったんだろうか?、レイラには分からなかった。

「いるんでしょう?出てきて」

イヴが囁くように言う。
そういうと小さな綿毛のようなものが沢山降ってきた。


「これは・・・」

ラウがその綿毛を手の平で受け止める。
レイラも同じことをする。その綿毛はすぐ手の平から消えてなくなってしまう。

「ここは暖かい、わたしのあたらしいおうちなの」

誰のものか分からない声がする。
レイラは辺りを見回した。
近くにいるのは間違いない。

「誰なの?」

イヴの問いかけにぼんやりと小さな綿毛が現れた。

「わたしここにいたいの」

「あなたは?」

綿毛がふよふよと漂う。

「私はポム。あなたがここの女神様?」

綿毛はそうイヴに尋ねた。

「あたしはもう女神じゃない。普通の人間だよ」

「でもここにも力を分けてくれているでしょう?」

その言葉にレイラは驚いた。イヴはずっと自分の力をここに注ぎ込んでいた。
泉の力の根元はイヴだったのだ。

「ねえポム。あなたからは計り知れない魔力を感じる。きっとあなたが成体になればここを管理できるはずよ」

どうやらポムはまだ子供らしい。イヴのそんな言葉が嬉しかったのか、ポムはぴょこんと跳びあがった。


「だからあなたが大人になるまでまであたしがここに力を分けてあげる」

「本当?」

「うん」

イヴがはっきり言う。彼女の面倒見の良さにレイラは改めて彼女をすごいと思った。
こうして彼女は沢山の幼い命を救ってくれていた。
そしてこれからも。

「女神様、その人たちは誰?にんげん、だよね?」

ポムが言う。

「あたしの家族だよ」

「家族、いいな」

「ポムももうあたしの家族だよ」

「嬉しい・・・」

ポムが消えていく。
イヴはそれを静かに見つめていた。

「イヴ、あの子は・・・ポムはどこに行ってしまったんだ?」

レイラが尋ねるとイヴが笑った。

「あの子はもともと実体がない。今もここにいる。大丈夫だよ」

「かー、なんか不思議な場所だなあ」

カヤが呻く。それにみんなで笑った。

「れいら。あたし、まだここを消すのはやめる。もしかしたらここを残すことがあたしの役目なのかも」

「イヴ・・・。そう、かもしれないな」

イヴがそう決断できたことがなによりもよかった。レイラがイヴの頭を撫でると彼女はくすぐったそうに笑う。


「ねえトウマ、あたしのこと怖くない?また仲良くしてくれる?」

イヴがトウマを見つめた。
トウマもイヴを見つめる。

「怖いわけない。イヴはずっと可愛いイヴだよ」

イヴはトウマに抱き付いた。ラウはやはりもどかしそうにしていてレイラは思わず吹き出してしまった。
まだ慌てなくていい。彼らは若いのだから。

「さあ、帰ろうか」

「うん!」

レイラは帰り道、考えていた。
もちろん自分のこともだが、イヴやトウマのこと、そしてラウのこともだ。
まだ物語は始まったばかりである。

レイラの実家に一行が戻ってくると、大きな籠を背負った青年が駆け寄ってくる。彼の髪の毛は鳥の巣のようだ。

「女神様!!」

彼はイヴの前に跪いた。

「えーと…あなたは?」

レイラが尋ねると、彼はハッと気が付いたように後ろへ下がった。

「貴族様に失礼なことを…申し訳ありません。
俺はトミー、親父と二人で山芋を作ってるんです。昔、女神様に助けて頂いて」

イヴが息を呑む。
どうやら思い出したようだ。

「あの、トミーなの?」

トミーは嬉しそうに頷く。

「そうです!子供の頃、動物避けの罠に足を取られちまって動けないところを助けて頂きました!」

子供では自力で罠を外せないだろう。

「トミー、大人になったんだね」

「はい!今の俺がいるのは女神様のおかげです!」

ここにもイヴに助けられた人がいた。
改めてイヴのすごさをレイラは思い知る。

「女神様、どうしてここに?」

トミーが首を傾げる。
イヴは笑った。

「あたしも人間になったの!」

「えぇー!」

トミーはひとしきり驚いたあと、泣き始めた。
なんだか忙しい人である。

「女神様、一人は寂しいって言ってましたもんね!本当によかった!ぐすっ」

トミーが籠を背中から降ろして中から立派な山芋を数本取り出した。

「これ、召し上がってみてください!
いつも市場に卸してるんです。女神様に食べてもらいたいから」

レイラはイヴの代わりに山芋を受け取る。
それは、ずっしりと重たかった。

「トミー、これからも元気で頑張ってね!あたしも頑張るから!」

イヴの言葉にトミーは何度も何度も頷いていた。
トミーを見送る。

「イヴはすごいな…」

こうトウマが呟くのをレイラは聞いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

俺のソフレは最強らしい。

深川根墨
BL
極度の不眠症である主人公、照国京は誰かに添い寝をしてもらわなければ充分な睡眠を得ることができない身体だった。京は質の良い睡眠を求め、マッチングサイトで出会った女の子と添い寝フレンド契約を結び、暮らしていた。 そんなある日ソフレを失い困り果てる京だったが、ガタイの良い泥棒──ゼロが部屋に侵入してきた!  え⁉︎ 何でベランダから⁉︎ この部屋六階なんやけど⁉︎ 紆余曲折あり、ゼロとソフレ関係になった京。生活力無しのゼロとの生活は意外に順調だったが、どうやらゼロには大きな秘密があるようで……。 ノンケ素直な関西弁 × 寡黙で屈強な泥棒(?) ※処女作です。拙い点が多いかと思いますが、よろしくお願いします。 ※エロ少しあります……ちょびっとです。 ※流血、暴力シーン有りです。お気をつけください。 2022/02/25 本編完結しました。ありがとうございました。あと番外編SS数話投稿します。 2022/03/01 完結しました。皆さんありがとうございました。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

処理中です...