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クヴェール伯爵は忙しい方のようだ。
当然、キリト様もその手伝いで忙しい。

その間、私はロジェと一緒に勉強した。

「ねえ、ムギ。キリト様とキスした?」

「き…キス?!」

私は驚いてしまった。
私の中にいる紬も驚いている。
紬は男の子だし余計だろう。

「そう、キスだよ!そっかー、まだだったかー!」

にひひとロジェが楽しそうに笑う。

「しなくちゃおかしいのかな?」

ちょっと不安になりながら聞いたら、ロジェはんーん、と首を横に大きく振った。

「カップルによると思うよ。
キリト様、ムギを本当に大切にしてくれてるんだね!優しいし、かっこいいし、最強の彼氏だね!」

「うん、大好きなんだ」

「うん」

ロジェが嬉しそうに頷いてくれた。
私の幸せをこうして喜んでくれる人がいる。嬉しいなぁ。

『僕は愛されてる…?』

紬が私の中で戸惑っている。
こういうことも初めての経験なんだ。

(そうだよ。紬は愛されてる。本当なら愛されなくちゃいけなかったんだよ)

紬に言い聞かせるように言った。
紬は基本的に私に心を開いてくれていない。私を憎んでいる、そう思う時すらある。

(どうすれば紬に分かってもらえる?)

考えても分からない。

コンコン、とドアがノックされる。

「どうぞ」

私が応えると、キリト様だった。

「ムギ、窓の外を」

私は椅子から立ち上がった。窓の傍に寄る。今日はとてもいい天気だった。雲一つ無い青い空に気持ちが良くなる。

鳥たちが木に留まって鳴いている。
その可愛らしい姿に私は嬉しくなった。

「この時間、ここの辺りが一番暖かいんです。だから鳥を見るのにはぴったりなんですよ」

キリト様が言う。

「ロジェも来て」

「うん」

しばらく三人でさえずっている鳥達を眺めた。

『愛斗は自分を取り戻してる…なのに僕は…』

紬の声がする。こうしている今も、彼は憎しみを募らせている。

(どうすれば…どうすれば紬を止められる?)

私には分からなかった。
でもこのまま見過ごす事は出来ない。
このままでは紬は紬でいられなくなってしまう気がする。

「ムギ…大丈夫ですか?」

私はハッとなった。いけない、またぼんやりしてしまっていた。

キリト様が私に顔を寄せる。

「紬のことですか…?」

彼の質問に私は小さく頷いた。

ーーー

「私、ドキドキしたー!」

お昼ご飯を食べて借りている部屋に戻ると、突然ロジェが言った。

「どうしたの?ロジェ」

「さっきキリト様とムギがキスしちゃうのかと思ったの」

そう言われて、私は顔が熱くなった。
確かに事情を知らない人からしたらそう見えるかもしれない。

「キリト様ってやっぱり綺麗ー」

「うん、そうだよね」

「眼帯もかっこよく見えるし。
ムギ、絶対に幸せになってね!」

「ありがとう、ロジェ」

また身体に痛みが走り出す。
紬が私の中で暴れているんだ。
彼は私の幸せを望んでいない。

「ムギ?大丈夫?痛いの?」

ロジェがオロオロしている。

「待ってて!今キリト様を呼んでくる!」

私の意識が遠のいていく。

「紬…お願…い。私の話を聞い…て」

そう呼び掛けた。
紬は聞いてくれなかった。
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