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山道

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「ムギ、もう体は大丈夫なの?」

次の日の朝、部屋にやってきたロジェが心配そうに尋ねてくれる。
私は頷いた。

「一晩眠ったら大丈夫になった。ありがとう、ロジェ」

「そう、よかった。
あのね」

ロジェがそっと耳打ちしてくる。

「ユイがすごくカッコよくなっててびっくりしたの」

私は笑った。
ユイ兄様はまだ身長が伸び盛りとはいえ、どんどんたくましくなってきている。
やっぱり男の子なんだなぁなんて特に最近思っていた。

「ロジェ、ユイ兄様と結婚してあげてよ」

「わ…私でいいの?」 

「ユイ兄様はロジェ以外の女の子の相手は出来ないと思うし」 

「そ、そうなのかな?」

ロジェが嬉しそうにはにかんでいる。
誰かが幸せそうにしているのは嬉しい。

でもその後ろで暗い気持ちが湧き上がってくるのも事実だ。
紬の抱く願望や周りに対する憎悪。
私の中でだんだん大きくなってきている。
抑えきれなくなってきている。

(紬、ごめん。ごめんね。悲しかったんだよね、辛かったんだよね)

私は紬に心の中で話しかけた。
彼にももう、どうしようもできないことは分かっているのだ。
だからこうして表出してきてしまう。

「ムギ…」

ぎゅ、とロジェが私を抱き締めてくれた。

「なにか私に出来ることある?」

「ロジェ、ありがとう」

私の瞳から涙が一筋こぼれる。
ロジェの優しさに紬が癒やされたのだ。
紬の傷を治してあげたい。
完治は無理でもだ。

転生した今、私にできることはそれしかない。

コンコン、と部屋がノックされる。

「どうぞ」

「ムギ、おはよう」

入ってきたのはキリト様だった。

「おはようございます、キリト様」

「今日、朝食を摂ったら軽く山を歩きませんか?俺の日課なんです」

「わぁ、素敵!ムギ、行ってきたら?」

ロジェが歓声を上げる。
私は二人に頷いた。

「一緒に行きたいです」

「ムギが来てくれると嬉しい。そろそろ食事も出来るようなので行きましょうか」

キリト様が手を差し出してくれたので、私はその手を握った。

朝ご飯はサンドイッチと温かなスープだった。
キリト様と過ごす内に分かったけれど、キリト様はいっぱい食べる。
締まった体をしているのにどこに消えているんだろう。

私はサンドイッチを咀嚼しながらキリト様を見つめていた。
そうしているうちに、キリト様と目が合う。
彼が微笑んだ気がする。
私も彼に笑いかけた。

食事会の時もそうだったなぁ。
あれから色々あった。

『愛斗…』

紬が愛斗さんの名前を呼んだ。

(会いたいんだね)

私はそれに応えた。


ーーー

「ムギ、足下に気を付けて。今朝は雨が降ったので滑りやすくなっていますから」

「はい。気を付けます」

私達は二人で山道を歩いていた。
あたりの木々が赤く紅葉している。

「ムギ…静かに」

「?」

キリト様が指をさした方を私は見た。
リスが何かの木の実を一生懸命食べている。

「可愛い」

小声で言ったらキリト様に緩く手を引かれた。
足音を立てないように気を付けて歩く。しばらくしてキリト様は口を開いた。

「この前は鹿を見かけました。
動物たちはこの寒さの中でもたくましいですね」

「本当ですね」

「ムギ…」

ぎゅ、とキリト様に抱き締められた。

「ずっとこうしたかった」

「私もです」

キリト様に抱き締められて、私はホッとしていた。やっぱり紬も嬉しいのだろう。
嬉しいという感情が私の全身に広がった。
紬は確実に私の中にいる。
ずっと悲しい思いをしてきた彼は、私の暗い感情とリンクしているようだ。
それに負けるわけにはいかない。

「ムギ、とても辛いですよね」

「紬が可哀想で」

「そうですね。でも大事なのはあなたもですよ。あなたは今を生きているのですから」

「はい。ありがとうございます」

それからキリト様と手を繋いで帰った。
それは、温かくて優しい一時だった。
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