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式典の前に

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「逸花、お前はなかなか聡明だし、そろそろ泰やその周辺国の動向を知りたいだろうと思ってね」

次の日、僕がひとり図書室で本を読んでいると、父がやってきてこう言った。

それはありがたいな。
本だけでは知識の吸収に限界を感じていた。

「お父様、ぜひ教えてください」

「うん。では教えることにしよう」

父さんは手を打つ。

「失礼いたします」

入ってきたのは眼鏡をかけたいかにも知的そうな女性だった。紺色のワンピースを着ている。彼女は身長が高かった。170はあるだろうか。

「逸花、彼女が君の家庭教師で護衛だよ」

「私、シズクと申します。姫様のため一生懸命務めさせていただきます」

「シズクさん、よろしくお願いします」

僕が彼女に笑いかけると、彼女はさっと視線をそらした。
いけない、なにか気に障ったかな?

「ではシズク、早速この子に講義をしよう」

「はい、殿下」

図書室の真ん中にある大きな机に地図が広げられる。
わあ、思ったより大きいなあ。
僕はまじまじと地図を見つめた。

「逸花、泰はここだ」

父さんが指をさす。
泰は大陸の西側にある。ドラムはその隣だ。
にしても泰って結構な大国だ。今まで移動玉で移動していたから広さなんて全然意識していなかった。

「うちは大国だが、余っているのは土地ばかりで、資源もあまりないんだ」

ってことはだよ?僕は考えた。

「私にこの国の土地の調査をさせてもらえませんか?」

「逸花のような小さな女の子が?」

確かに僕はまだ七歳だ。でもできないことではないはずである。
それに。

「トキ様にお手伝いしてもらいます。シズクさんも手伝ってね」

父さんはトキの名前が出た瞬間吹き出した。

「あの放蕩息子のトキにやらせるだって?本気なのか逸花?」

僕は笑って頷いた。

「ドラムの式典の後であれば構わないでしょう?お父様?」

「まあいい。やってみなさい」

「ありがとうございます」

僕は地図を再び眺めた。

「周辺で争っている国はないのですか?」

父さんは唸る。

「今は目立って争っている国はないが、東の国々でテロが多発している」

「そうなのですね」

そのことは頭に入れておいたほうがいいだろう。

「今はざっとこんなもんだ。逸花、いいかい?」

「はい。勉強になりました」

父さんは図書室を出て行った。シズクと二人きりになる。

「シズクさん、また国の動向で何かあれば私に教えてください」

「かしこまりました」

シズクが丁重に頭を下げる。
よし、今読んでいる本を最後まで読んでしまおう。

僕は講義中に新しいスキルを作っていた。

【反射鏡】 相手のステイタスを視ることができる

シズクのステイタスをこっそり覗いた。
僕を裏切らないか確認する必要がある。
裏切ってもいいけど、やっぱり切ないもんね。

シズクのステイタスはどれも並み以上だった。
ただ一つ気になるスキルがある。

【酒乱】というものだ。なんだろう、これ。
彼女にお酒を飲ませないように気を付けよう。

「姫様、トキ様のことですが」

シズクが言う。

「本当にあの方を調査に同行させるのですか?」

どうやらシズクもそこが気になっていたらしい。トキの評判は本当によくない。
僕は彼女を励ますように笑った。

「私に任せてください」

シズクはう、と声を詰まらせてようやく頷いてくれた。

それからしばらく、僕の生活に大きな変化はなかった。変わったことといえばシズクと泰の土地の調査計画を決め始めたことと、基礎の学問について改めて学び始めたことだろうか。
転生前から、僕は勉強がそこそこできた。
でも今ほど勉強が楽しいことはない。
知識を得ることがこんなに幸せだとは思わなかった。

「姫様、私に教えられることはもうありません」

ある日シズクが言った。

「根気強くずっと教えてくれて本当にありがとう」

「姫様の優秀さには驚かされます」

シズクはお世辞を言うような性格じゃない。
彼女は自分の直感を信じて生きている。
だからこそ余計に嬉しかった。


そして数日が経っていた。
いよいよドラム国での式典の日が迫っている。泰とドラムが同盟を結んで10年目なのだそうだ。
シズクに教えてもらったことだけど、ドラムの科学力はこのあたりでは群を抜いているらしい。
うちの国は軍事力が唯一高いから、ドラムを守る代わりにその科学力を提供してもらっているようだ。
僕とシズクはドラムまで車で向かった。
馬車では10日はかかってしまう。
車という便利なものがあって本当によかった。

「姫様、疲れていませんか?」

「ちょっと眠たくなってきちゃった」

さすがに移動に飽きてきて、僕はうとうとしてきた。
シズクが僕を横にさせてくれる。

「少し眠っていけばいいですよ」

「うん、そうする」

シズクの膝の上で僕はまどろんだ。
気が付くと僕はベッドに寝かされていた。

いつの間にかネグリジェに着替えている。
誰かが着替えさせてくれたようだ。
ベッドサイドに置いてある時計を見ると六時だった。
ここがどこなのか、朝なのか夜なのかすらもわからない。
確かめるため僕は部屋からそろり、と抜け出した。
長い暗い廊下は静かだった。
外で風が吹いている。

「逸花」

しばらく歩いていると、名前を呼ばれた。
僕は振り返る。そこにはトキがいた。
この前といい、今回といい、トキは暗がりが好きらしい。
僕は彼に近寄って腕を掴んだ。
とりあえず今は落ち着いて話がしたい。
トキの腕を引っ張ると彼も黙って付いてきてくれた。
部屋に戻って二人ベッドに並んで座る。当然僕の足は宙ぶらりんだ。

「トキ様、私のことを知っているのですか?」

トキは頷いた。

「そりゃあ知ってるよ、泰国の姫君...って、ええ?君はあの時の?」 

トキはようやく僕に気が付いたようだ。
僕はにっこり笑ってみせた。
ステイタス確認もついでにしてみる。

トキはとても強かった。なんて頼りになるんだろう。

「逸花、君は何者なんだ?」

トキが呟くように言う。
茶色がかった金髪をオールバックにしたトキはとても大人びて見えてかっこよかった。 

「私は逸花。トキ様のために居ます」

「っ、逸花。やめてくれ、俺はそんなんじゃ」

「トキ様は力を持て余しているだけです。
一度泰国に来られてみては?」

トキはうつむいたきり、黙ってしまった。
よく考えたら年下の女の子に説得されるなんて、年頃の男はいやだろうな、なんて今更思った、もう遅いけど。

「逸花はどうしてそんなに俺を買ってくれるんだ?」

トキの声が震えている。なにかあったのかな。

「私はトキ様が大好きです。
他の方も、トキ様を勘違いされてるんですよ」

「逸花」

あの時みたいに笑ってほしかった。
トキに惹かれたのはあの笑顔からだ。
眩しい太陽みたいな笑顔。

トキは拳で涙を拭って立ち上がった。彼が笑う。

「逸花がそう言うなら俺、泰に行くよ」

「本当ですか?」

願ったり叶ったりだ。
トキに土地調査の話をすると、楽しそうだと快諾してくれた。

「俺、びっくりしたよ。逸花がこんなに可愛いなんて」

僕は首を傾げた。
あれれ?僕って今までちゃんと鏡を見てこなかったかも!
転生前の僕は自分の容姿に自信なんてなかったからろくに鏡なんて見てこなかった。

僕、どんな顔をしてるんだ?
気になってきた!

「逸花、俺、そろそろ戻るよ。明日は式典だし」

トキが言う。
僕は彼の言葉に曖昧に頷いていた。
鏡のことがこんなに気になるなんて初めてだ。

トキを見送って、僕は部屋の鏡を覗いてみた。
鏡の中には金髪の美少女がいた。
僕ってこんなに可愛かったんだ。
知らなかった。
トキはこんな僕を気に入ってくれたみたいだ。外見ってやっぱり大事だよね。

式典が明日だということもわかったし、ここはドラム城内のようだ。

「姫様!」

シズクが駆け寄ってくる。

「よかった。なかなか目を覚まさないから」

「大丈夫だよ」

どうやら僕は疲れがたまっていたらしい。
休めてよかった。

シズクにトキとした話をする。

「ではもう計画を実行するだけなんですね」

「うん、頑張ろう!」

さあ、土地調査までもう少しだ!
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