10 / 21
2
送別会
しおりを挟む
もう三月も終わる。そんなある日の夜、送別会は行われている。
異動するのは、田中を含め三名いる。
それぞれが一言挨拶をして会は盛り上がりのピークを迎えていた。
真司も異動する職員全員と、ちらほらと話をした。
「なぁ、山下」
田中がこそっと話し掛けてきたので、真司は首を傾げた。
田中の視線の先には、林田がいる。林田の周りには職員が集まり、その場はものすごく盛り上がっていた。
「林田さん、好きな人がいるんだって」
「え?」
そんな話、初めて聞いた。
田中がより声を潜める。
「その相手が課長らしいんだよ」
「えぇ、課長?」
真司は静かにワインを味わっている課長をそっと盗み見る。
課長には高校生くらいの一人娘がいたはずである。妻は若い頃、病気で亡くしたのだと誰かから聞かされたのを思い出していた。
「林田さん、課長に告白すりゃいいのにな」
田中はなんとももどかしそうだ。
今更、お前がそれを言うかと言いたくなったのをなんとか堪える真司である。
「まぁ本人達が決めることだから」
真司がそう濁すと、まぁなと返ってきた。
「そうそう、山下。俺の実家、農家だから今度米送るわ」
「いいのか?」
「美味いかどうかはともかくだけどな」
ふふん、と田中が笑う。
「そこー、二人で飲んでないで一緒に飲みましょうよー!課長もー!」
若い女性職員に言われたら断るわけにはいかない。二人はそれに従った。
課長も微笑んでグラスを持つ。
明日は土曜日だ。
少しくらいなら飲み過ぎても平気だろう。
(あれ?千晶はどこ行った?)
きょろきょろしていると、くい、と袖をひかれる。
千晶だった。
『千晶、大丈夫か?』
小声で尋ねると頷かれる。
『林田さんとお話してました』
こんな答えが返ってきて驚く。
『そうか』
詳しい話は後で聞こう、真司はそう決めた。千晶もそのつもりらしい。
ビールのグラスをぐいと傾けている。
(本当、美味そうに飲むよな)
思わず感心してしまった真司だった。
ーーー
「いやー、飲み過ぎたな」
「美味しかったですね」
二人は手を繋いで夜道を歩いていた。
街灯もない暗い道だ。
狭い道のせいか、車もあまり走らない。
時折するエンジン音を頼りに二人は歩いている。
「林田さんと何話したんだ?」
千晶は一瞬考えて、話し始めた。
「林田さんに、どうやってあのお店を知ったのか聞いたんです。
そしたら」
「そしたら?」
「俺が林田さんを嫌ってるのかと思っていたって言われちゃって」
へへ、と千晶は笑う。
「俺、前は皆に冷たかったですもんね」
「千晶にだって事情があったんだし、仕方ないよ」
「それで林田さんに、昼間にあの店に行くと美味しいスイーツが食べれますよって教えておきました。
それだけです」
「十分じゃないか!」
「そうですか?」
千晶が首を傾げている。
「林田さんもきっと嬉しかったと思うぞ」
「だといいんですが…」
千晶は確実に前進している。
真司はそれが嬉しかった。
「今度女性陣とケーキバイキングに行く約束もしていて。真司さんが一緒に来てくれたら嬉しいんですが…」
「あぁ、行く。
千晶はすごいな」
「全部、真司さんのお陰ですよ」
そんな千晶を真司は抱き締めていた。
小さい細い体で千晶はしがみついてくる。
(千晶が好きだ)
少し雪が降ってきている。
だがすぐに雨に変わるだろう。
このままでは風邪を引いてしまう。
「帰ろうか」
「はい」
二人は家路を急いだ。
異動するのは、田中を含め三名いる。
それぞれが一言挨拶をして会は盛り上がりのピークを迎えていた。
真司も異動する職員全員と、ちらほらと話をした。
「なぁ、山下」
田中がこそっと話し掛けてきたので、真司は首を傾げた。
田中の視線の先には、林田がいる。林田の周りには職員が集まり、その場はものすごく盛り上がっていた。
「林田さん、好きな人がいるんだって」
「え?」
そんな話、初めて聞いた。
田中がより声を潜める。
「その相手が課長らしいんだよ」
「えぇ、課長?」
真司は静かにワインを味わっている課長をそっと盗み見る。
課長には高校生くらいの一人娘がいたはずである。妻は若い頃、病気で亡くしたのだと誰かから聞かされたのを思い出していた。
「林田さん、課長に告白すりゃいいのにな」
田中はなんとももどかしそうだ。
今更、お前がそれを言うかと言いたくなったのをなんとか堪える真司である。
「まぁ本人達が決めることだから」
真司がそう濁すと、まぁなと返ってきた。
「そうそう、山下。俺の実家、農家だから今度米送るわ」
「いいのか?」
「美味いかどうかはともかくだけどな」
ふふん、と田中が笑う。
「そこー、二人で飲んでないで一緒に飲みましょうよー!課長もー!」
若い女性職員に言われたら断るわけにはいかない。二人はそれに従った。
課長も微笑んでグラスを持つ。
明日は土曜日だ。
少しくらいなら飲み過ぎても平気だろう。
(あれ?千晶はどこ行った?)
きょろきょろしていると、くい、と袖をひかれる。
千晶だった。
『千晶、大丈夫か?』
小声で尋ねると頷かれる。
『林田さんとお話してました』
こんな答えが返ってきて驚く。
『そうか』
詳しい話は後で聞こう、真司はそう決めた。千晶もそのつもりらしい。
ビールのグラスをぐいと傾けている。
(本当、美味そうに飲むよな)
思わず感心してしまった真司だった。
ーーー
「いやー、飲み過ぎたな」
「美味しかったですね」
二人は手を繋いで夜道を歩いていた。
街灯もない暗い道だ。
狭い道のせいか、車もあまり走らない。
時折するエンジン音を頼りに二人は歩いている。
「林田さんと何話したんだ?」
千晶は一瞬考えて、話し始めた。
「林田さんに、どうやってあのお店を知ったのか聞いたんです。
そしたら」
「そしたら?」
「俺が林田さんを嫌ってるのかと思っていたって言われちゃって」
へへ、と千晶は笑う。
「俺、前は皆に冷たかったですもんね」
「千晶にだって事情があったんだし、仕方ないよ」
「それで林田さんに、昼間にあの店に行くと美味しいスイーツが食べれますよって教えておきました。
それだけです」
「十分じゃないか!」
「そうですか?」
千晶が首を傾げている。
「林田さんもきっと嬉しかったと思うぞ」
「だといいんですが…」
千晶は確実に前進している。
真司はそれが嬉しかった。
「今度女性陣とケーキバイキングに行く約束もしていて。真司さんが一緒に来てくれたら嬉しいんですが…」
「あぁ、行く。
千晶はすごいな」
「全部、真司さんのお陰ですよ」
そんな千晶を真司は抱き締めていた。
小さい細い体で千晶はしがみついてくる。
(千晶が好きだ)
少し雪が降ってきている。
だがすぐに雨に変わるだろう。
このままでは風邪を引いてしまう。
「帰ろうか」
「はい」
二人は家路を急いだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる