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子どもたちの様子を見守っていたルネシアはちらり、と翔吾を見上げた。翔吾は自分の背中に乗っている。

「ショーゴ、僕たちも行こうか」

翔吾は驚いたようにルネシアを見つめた。

「子どもたちが城から出てくるまで待つんじゃ?」

確かにそういう約束だった。ルネシアは笑う。

「ショーゴ、今回のことは君にも知っていて欲しいから」

「え?わわ!」

ルネシアは急降下し、城の入口前に着地する。翔吾が背中から降りたのを確認して、ヒトの姿に戻った。

「俺に知っていて欲しいことってなに?」

ルネシアは何も言わずに翔吾の右手を掴んで魔王城内に足を踏み入れた。子どもたちのいる最深部に二人も向かう。

「父さま?母さま?」

やって来たルネシアたちに子どもたちは驚いたようだった。

「悪いけど僕らも仲間に入れて?」

「やっぱり関係あるんだな」

シャナが呟く。翔吾はまだ混乱しているようだ。

「関係って?なにが?」

「ショーゴ、シャナ、マヨイ、壁に手を」

三人は驚いたようだが素直にそれに従った。翔吾は意識が飛ぶのを感じた。抗おうとしたがとても無理だった。翔吾は堕ちていく。本来生きるべきだった世界へ。

✢✢✢

ここは?俺は目を開けた。急に現実感がやってきて、辺りが蒸し暑いことに気が付く。そうだ、ここは終点か。どうやら仕事から帰ってくる途中で、寝過ごしちまったらしい。左腕に嵌めた時計を見る。まだ午後九時過ぎ。終電じゃなかっただけましだな。凝り固まった体を解しながらホームの反対側に向かう。なんかすごく長い夢を見ていたような気がするな。色々と大変な夢だった。
でもいい思いもいっぱいしたし、夢にしてはよかった方だった。電車はすぐにやって来た。都会の利点だ。俺はその電車に乗り込んで、おかしいことに気が付いた。他に誰も乗っていない?いや、誰かが近寄ってきている。男?制服を着ているみたいだ。高校生だろうか。

「とうさん」

彼にそう呼ばれて、俺は気が付いた。この子は、シャナだ。そうだ、俺は魔王城にいた。ルネ…。

「シャナ、それ…」

シャナが持っていたのは血塗れのナイフだった。
よく見ると腕まで血塗れだ。

「違うんだよ」

シャナは泣きそうな声で言った。確かに返り血は浴びてない。刺したのなら血が服のあちこちに飛び散る。
だがシャナの場合、右腕しか血がついていないのだ。まるで仕組まれたような不自然さがある。

「誰も俺を信じてくれない」

シャナは泣き始めてしまった。おいおい、こっちのシャナの方が大きいのに、頼られるのかよ。
俺はシャナの腕を引いて、電車の座席に座らせた。

「何があったか最初から話せ」

「マヨイとは兄妹なんだ。マヨイが刺されて…慌ててナイフを抜いて…」

なんだって?

「シャナ、ナイフは抜かずにすぐ救急車を呼ばないと」

シャナが泣きじゃくり始める。今は正論を言っている場合じゃないみたいだな。

「マヨイは?」

「生きてる。病院にいる」

俺はホッとした。

「で、お前はどうしたんだ?」

「刺したんだろうって周りから責められた。だから逃げてきた。マヨイもまだ目を覚ましてなくて…」

まあこの状態だし、そうなるのも無理はないか。残念ながらこの世界には名探偵なんて存在しないしな。

「よく逃げられたな」

感心して言うと、シャナがため息を吐く。暴れた、と彼は呟いた。おいおい。

「俺はこれからどうすればいい?」

俺は考えた。可能ならば、本物の犯人を探すのが一番だ。とりあえず俺の家に帰るか。幸いなことに電車は走っている。そして周りに人はいない。まるでそうなるように仕組まれているような。とりあえずあまり時間はない。俺はシャナの腕を掴んで引っ張った。

「俺はお前を信じる。だから、隠し事なんてするなよ?」

「分かったよ」

自宅にシャナを連れ帰るといつも通りに俺の部屋はあった。よかった。何も変わっていないぞ。

「わ、きたな!」

「文句言うなよ。独身おじさんなめんなよ?」

「なめてはいないけど…」

シャナが困っている。シャナも随分落ち着いてきたな。普段の冷静さを取り戻しつつある。

「とりあえず着替えだな。シャワー浴びてこい。これ着ろ」

「分かった」

シャワールームに向かったシャナを見送って、俺はお湯を沸かした。残念ながら料理なんて全然出来ないからなあ。カップ麺と菓子パンくらいしかない。まぁ何か食えば落ち着くだろう、多分。

シャナがやって来る。さっぱりしたのか、肌に赤みが戻ってきている。

「とうさん、あんまり俺らしくなかったな」

ようやくシャナは自分を取り戻したらしいな。お湯を入れて待機させておいたカップ麺を渡す。菓子パンも綺麗に完食していたから腹が減っていたんだろう。

「今日は寝ろ。マヨイの意識が戻るかもしれないし」

「ん」

布団を敷いてやると、シャナは横になって丸まった。変わらないな。俺はシャナの頭を撫でた。いつもなら振り払われていただろうけど、今日は受け入れてくれた。上からタオルケットを掛けてやる。暑いからな。

あれ?俺は気が付いた。スマートフォンがない。寝ている時に盗られた?慌ててあちこち探していると、ブブという聞き慣れたノイズが響く。

「ショーゴ、僕だよ」

「ルネ!」

音声を頼りに物をどけると、端末があった。
そうか、シャナが持ってるんだったな。俺は端末を耳に当てた。なるべく小声で話す。シャナを起こしたくなかった。

「なんか大変なことになっちゃった」

「うん、そうみたいだね。シャナもマヨイもショーゴと関わりがある人だったんだよ」

「え…?」

俺がモアグリアに召喚されてなかったら、この事件に巻き込まれていたのか?何も分からない状態で?

「君は選ばれたヒト。シャナもマヨイもね。だからこの事件は絶対に解決しなきゃいけない」

そんな無茶な。

「ショーゴ、君なら大丈夫。君はお父さんなんだから」

ルネにそう励まされると、出来るような気がするから不思議だよな。

「また連絡くれる?」

ルネは笑った。

「僕はお母さんで、ショーゴの奥さんだよ」

「ありがとう、ルネ」

俺ももう休もう。なんかどっと疲れちまった。俺はソファに横になって目を閉じた。

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