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魔王城の階段には紺色の毛足の短い絨毯が敷かれている。

「ホテルとかにしたら金取れるかもな」

シャナの軽口にとびすけは静かに笑った。マヨイがジト目でシャナを見つめる。

「あたしにオーナーになれっていうの?」

「やなのか?マヨイオーナー」

マヨイはしばらく考えて呟いた。

「あんたが給仕係になるなら考えてもいいけど」

「おいおい」

六歳児のやりとりではない。ルーやチサトも噴き出しそうになるのをなんとか堪えている。

「みんな…」

チサトの声に子どもたちは身構えた。なにかくる。
マヨイは瞬時に姿を消す魔法を唱えた。

「今、ガキの声がしなかったか?」

「いんや、おらにはわからねかった」

それぞれ赤と緑の屈強そうな鬼である。赤い鬼は長身で痩せ型、緑の鬼は横幅が異様に広かった。
歩く度にぶるんぶるんと腹の肉が揺れている。

「ゴド様が魔王になろうとしてる大事な時期にガキどもに荒らされちゃ構わねえ。いいか、見つけたら捕まえろ」

「んだ」

鬼たちの脇をすり抜けて子どもたちは上階に向かった。その間も鬼があちこちにいる。
気は抜けない。マヨイとルーが二人で姿を消す魔法をなんとか保ち続けている状態だ。
魔王城は鬼の巣窟と化していた。
とびすけは見えないところに罠を仕掛けていた。
この鬼たち全てを相手にするのはさすがに無謀である。
勇敢と無謀を履き違えてはいけないと、エンオウからも言われていた。

「参ったな」

チサトの思念伝播によって子どもたちは頭の中で話ができる。シャナがそう呟くと、マヨイも同意を示した。

「こんなに鬼がいるなんてね」

ルーもため息を溢す。

「せっかくここまで来たのにね」

チサトも残念そうに呟いた。

「とびすけはどう思う?」

シャナに問われ、とびすけはこう答えた。思ったままのことを言ったのだ。出来るか出来ないかなんて全く考えていない。

「本当ならここはマヨイお姉ちゃんのお城なのに。横から魔王になろうだなんて許せないよ」

「マヨイの城…そうか」

シャナがにいっと笑う。なにか良くないことを思いついたらしい。

「シャナ、お願いだから、変なこと考えないでよ?」

マヨイが釘を刺すがもう遅い。シャナはこんな提案をした。

「なぁ、マヨイ。魔王になってくんねえか?」

✢✢✢

城に潜入した子どもたちの様子を空からルネシアと翔吾は見守っていた。

「ちゃんと魔王城内の図面も作っていたんだね」

ルネシアはのんびり呟くが、翔吾は黙っていなかった。

「あの子たち、本当に5.6歳の子なの?20歳の間違いじゃなくて?」

「ショーゴ、現実逃避しないで」

「スミマセン」

「とりあえず様子を見守ろう」

二人はその場で待機している。

✢✢✢

「今日こそ、私が魔王になる!」

ゴドはなんとか玉座に近付こうとするが、魔王城はそれを結界で撥ね付ける。ゴドは体格のいい黒い鬼だが、それでも近付けないでいる。

「く、何故だ。この世に魔王はもういないはず。何故私を受け付けん!!」

「ゴド様!!侵入者です!本物の魔王だとか言っております!」

部下に言われ、ゴドは目を見開いた。そこにいたのは17歳ほどに見える少女だった。漆黒の長い髪の毛を揺らめかせながら、彼女は玉座に近付き、すっと座ってしまう。足を組む優雅な仕草。ゴドはそれに言葉も出なかった。少女からオーラは感じない。だが、ゴドもそこまで愚かではなかった。オーラがないのではなく、オーラを自ら抑えているのだと察したからだった。

「ここはあたしの城。好き放題してもらっちゃ困るのよね」

「も、申し訳ありません、魔王よ」

「あたしはここを潰すつもりで来た。歯向かうなら相手になるけれど?」

「いえ!滅相もない!魔王のお好きなように」

魔王マヨイは笑った。その笑みの冷たさにゴドは冷や汗をかいている。いつ殺されてもおかしくない。そう確信できる笑みだった。マヨイはただいつも通りに笑っていただけなのだが。

「子どもたちはどこ?」

ゴドは一瞬返事に遅れた。魔王マヨイは不機嫌そうな表情を浮かべる。

「まさか知らないなんて言わないわよね?」

冷たい響きにゴドはその場に平伏した。

「ひっ!あ、あの鏡の間に!!」

「解放しなさい、早く。そしてあなたたちもすぐにここから出ていくの。いいわね?」

「は…はいいいい!!!」

それからゴドの行動は素早かった。部下に城から退出するように告げ、囚えていた子どもたち(怪我はしていなかった)を解放し、自らも逃げ出すように城を出たのである。マヨイは魔力を使い、隠れているものがいないかを確認した。

「マヨイお姉ちゃん、もう大丈夫だよ」

とびすけの声掛けを合図にマヨイは姿を元に戻した。ルーがぜいぜい言っている。この姿はマヨイとルーが力を合わせて作り上げた体なのだった。時間を操作する魔法は転移魔法の数十倍は難易度が高い。さすがのマヨイもまだ未習得の魔法だった。

「ありがとう、ルー」

「ううん。姉さんのことを玉座が認めてくれてよかったわ」

それは思いがけない幸運だった。もし、玉座がマヨイと合体したルーを拒みマヨイが座れなかったら、ゴドたちと戦闘になっていたのは間違いない。一種の賭けだったがそれに子どもたちは勝利したのだ。

「罠は必要なかったね」

とびすけはトラップボックスを回収しながら笑った。
だが、シャナの表情は暗い。とびすけはそんなシャナの手首を握った。

「シャナお兄ちゃん?」

「まだ俺たちはこの城の最深部に行っていない。そうだよな?マヨイ」

マヨイが頷く。彼女は図面を広げた。杖を振り最深部の様子を窺っている。

「駄目ね、魔法じゃ探査できないわ」

「やっぱりな。行くしかないってことか」

とびすけは今更寒気を覚えていた。何かが起こる。だが自分にそれを止める術がないこともよく分かっている。

「行こう」

シャナの言葉にとびすけ以外が頷く。子どもたちは城の最深部へ向かった。
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